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「偏差値なんか無くなってしまえ!」と思った時に読む話

城繁幸人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

茂木氏の魂の叫びが大きな反響を呼んでいます。筆者も基本的に氏の主張に同意します。これからの日本は間違いなく脱偏差値教育の方向に舵を切るべきだし、偏差値の重力を振り切った人達が引っ張っていくことでしょう。

とはいえ、筆者は全ての人が偏差値の重力を振り切って活躍できるわけではないとも考えています。そして、それはそのまま、社会人になってからのキャリア開発にも通じる話です。

自分は偏差値なんてなくても活躍できる人材かどうか。そして、これからの日本社会で活躍できる人材になるには何をすればいいのか。まずは、茂木氏がスーパーサイヤ人化して偏差値をぶっ壊してしまう前に、自分自身を冷静に振り返ってみることをおススメします。というわけで今回は偏差値とキャリアの関係について簡単にまとめておきましょう。

偏差値で伸びる人、偏差値に押しつぶされる人

当たり前の話ですが、偏差値というのは、全員が何らかの共通テストのようなものを受けることで、同じ物差しによってランク付けされることです。それにより「自分がどの程度お勉強が出来るか」ということが皆にわかるので受験の際の参考になります。教える側も偏差値を元にどこの学校を受験すればいいのかアドバイスしやすいです。

そして受験してもらう側も、偏差値のおかげである程度レベルの揃った母集団が自動的に形成出来て助かります。そう、こうしてみると偏差値はすべての参加プレイヤーをwinwinにしてくれる素晴らしい仕組みに思えます。

さらに言えば、偏差値にはそれ自体、皆を成長させる秘められたパワーもあります。誰だって一度くらい、偏差値で一喜一憂したことくらいあるでしょう。友人と放課後の図書館で勉強し、偏差値を競いあったこともあるはず。そうやって多くの人は(とりあえず与えられた物差しとはいえ)一つの方向に向かって成長しているわけです。

でも、実は偏差値には恐ろしいデメリットもあります。共通テストという物差しに固執することで、本当は花開いていたかもしれない天賦の才能が受験で消費しつくされているかもしれません。こうした弊害は直接的な被害の自覚がない分、あまり意識はされないでしょうが、実はボディブローのように日本社会の活力を奪っているかもしれません。筆者が茂木氏のスタンスに同意する理由です。

では、実際にどれくらい“偏差値に押しつぶされている人”がいるんでしょうか。仮に、RPG風に東大生の知的水準レベルを30くらいとしましょう。筆者はこれまで500人くらいの東大生&出身者を見てきましたが「この人、受験制度が無くても自力でレベル30くらいにはなっていたorむしろもっと高レベルにレベルアップしていたろうな」と思えるのは、まあせいぜい数人といったところですね。

そのうちの一人は、自分の興味のあることだけを追求していたら東大理学部に入って卒業して、今度は法学部に入りなおして卒業、それから理学部大学院で博士号取って、現在は複数の大学で教鞭を執りつつソニー研でシニアリサーチャーまで勤めている茂木さんです。

氏みたいなスーパーマンからすれば「いちいちくだらないペーパーテストなんかやらせるんじゃないよ、黙って俺の勉強したいことやらせてくれよ」というのが偽らざる本音であり、受験がなかったらもっとやりたいことに効率的に時間配分できたろうというのは真実だと思いますが、筆者の見たところ、99%の東大生は偏差値が無ければとても今のレベルには到達できなかったはずです。東大自体の平均レベルも-10くらいは下がるはず。だって、みんな何やっていいのかわからないですから。

ペーパーテスト廃止やらなにやらの議論で、よく大学の先生が「ペーパーテストはやっぱり必要だ」といった意見を主張していますが、あれは要するに「偏差値が無ければほとんどの奴は今より勉強しなくなって教養課程での自分達の負担が増えるから」というのが理由ですね。筆者はこれもまた真実だと思います。

偏差値を無くす前に、偏差値を必要としない人達を増やすべき

ただし、筆者がそうはいってもやはり茂木氏の意見に賛成するのは、やはり今のままではダメだろうと感じているからです。現在の日本の教育システムは、明治の富国強兵時代に「効率的に国民の教育水準を引き上げる」ことを目的にしたもので、まあ先進国に追いつけ追い越せの高度成長期にはそれなりに機能したのでしょうが、新興国に追い立てられている現在、明らかに時代遅れの面が否めません。ワンクリックでコピペ出来る時代、平均の高さよりも飛び抜けた才能をいかに育てるかのほうが重要なのは明らかです。

ではどうすべきか。それは、入試の多様化や飛び級といった柔軟なルールをもっと整備することで、偏差値を必要としない人向けのパス(こみち)を作ってあげることです。飛び級はごく一部の大学でしか実現していませんが、入試多様化については、既に多くの大学で推薦入試によって門戸は開かれています。あの東大もついに推薦入試を開始する予定です。

少子化による定員不足とも相まって、既に「受験戦争のせいで本来伸ばせる才能が押しつぶされている」というのは(絶対国立大!とかこだわらない限りは)既にフィクションとなっていると言うのが筆者の意見です。本当に意欲と能力があるのなら、それを伸ばしつつ高等教育機関に入学するくらい、今の日本ではそれほど難しいことではないでしょう。

従来の偏差値=受験は残しつつ、選抜方法や進級の幅を広げて柔軟にする。同時に「受験以外にもこんなに学問って面白いんだぞ」という事実を茂木氏のようなスーパーマンに伝道してもらったり「世界はこんなに凄いんだぞ」とタムコー先生みたいなグローバルマッチョに布教してもらっていれば、まあ自然とそちらの方向に社会全体が進んでいくのではないでしょうか。そして、その方が、いきなり予備校ぶっ潰して「どの学校を受けたらいいか目安がわからないんですけど」的な偏差値難民を量産するよりは健全なのかな、というのが筆者の意見です。

余談ですが「AO入試でバカが増えた」という声をしばしば耳にします。それが事実だとすれば、パスは作ったけど、学生自身が成熟していないために単なるバカの近道になっているということです。偏差値をぶっ壊すぶっ壊さないの議論は、AO入試経由で凄い人材がいっぱい輩出されるようになってからでいいんじゃないでしょうか。

以降、

筆者自身のケース紹介

“脱偏差値”の先行モデルとしてのリクルート

22歳から“キャリアの義務教育”がスタートする

※詳細はメルマガにて(ビジスパ夜間飛行BLOGOS

人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。08年より若者マニフェスト策定委員会メンバー。

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