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ソチ五輪見据えた カミングアウト   LGBTに対する人権侵害を非難する画期的宣言採択の中で

土井香苗国際人権NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ 日本代表
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国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチの土井香苗です。みなさんは、サッカー元独代表のヒッツルスペルガー選手を知っていますか。

ヒッツルスペルガー氏は、2000年にアストン・ヴィラに加入し、プロ選手としてのキャリアの前半をプレミアリーグで過ごし、2004年からはドイツ代表に選出され、2006年ワールドカップ、EURO2008もメンバー入りし、A代表のキャップ数は52試合としている有名選手でした。

先日のあるインタビューで「自分はゲイなんだ」と発言し周囲を驚かせました。「プロアスリートにおける同性愛についての議論を前進させたい」からカミングアウトしたとのこと。カミングアウトのタイミングは慎重に選び、間もなく開幕のソチ冬季五輪にあわせた、と発言。「複数の政府が反同性愛キャンペーンを行っているが、もっとはっきり反対の声を上げるべきだと思う」と、ヒッツルスペルガー氏は述べました。

サッカーの世界は男性的で、同性愛を攻撃する言葉も珍しくありません。ヒッツルスペルガー氏が、ドイツサッカー界でカミングアウトした初めての(元)選手であることも、そんなサッカー界の雰囲気を表しているかもしれません。日本はもちろん他のサッカー大国でも、選手はカミングアウトをためらっているのが現実です。誰でも、差別され、拒否されるのは怖い。ヒッツルスペルガー氏のように、「周囲から反対され」ながらもカミングアウトする勇気のある人はまだ数少ないのが現実でしょう。

でも、ゲイであることをオープンにする選手が増えてくれば、サッカーのようなスポーツでも同性愛者が珍しくないことがわかってくるはず。もちろん、性的指向についてもちろん何ら恥じるべきことではないことは言うまでもないでしょう。ヒッツルスペルガー氏のカミングアウトは、性的指向で悩む若者に、自分らしくいる勇気を与えたのではないでしょうか。彼のような勇気ある人が今後どんどん現れるといいですね。

(映像: ロシアで過激化するLGBTへの暴力)

そしてヒッツルスペルガー氏がソチ五輪前にカミングアウトしたもうひとつの意味を忘れてはなりません。ロシア政府は昨年、同性愛プロパガンダ禁止法を成立させた、ということです。未成年者の前で同性愛を肯定的に語ることを犯罪としたのです。もしロシアで、このようなブログを書いたりすれば、裁判にかけられて罰金の支払いを命じられる可能性があり、あるいは私のような外国人であれば国外退去されるかもしれないということなのです。

ヒッツルスペルガー氏のカミングアウトには、ドイツのメルケル首相や英国のキャメロン首相など、複数の政府首脳から声援が送られました。残念ながら日本の政府首脳が声援を送ったという話は聞きません。安倍首相や関係閣僚も、もし日本などアジア諸国の選手がカミングアウトしたら声援を送る準備をしておいてほしいと思います。

日本の首脳に性的指向による差別と対峙してほしいと私が期待するのには理由がないわけではありません。というのも、日本の新美国連大使は昨年9月国連本部(ニューヨーク)で行われた閣僚級会合で、米国のケリー国務長官やオランダ・ブラジル・クロアチアの外務大臣らとともに、「性的指向や性自認に基づく暴力や差別そして差別的刑罰などLGBTに対するあらゆる形態の人権侵害を撤廃すべき」とはっきり述べたからです。

新美大使やケリー米国務長官など世界のリーダーの発言は下の映像をご覧ください

国際社会で長年無視され続けてきたセクシャルマイノリティに関する問題に世界が声をあげたのは画期的なこと。この問題で閣僚級が一堂に会したのは初めてのことでした。LGBTの人権問題に関しては、かねてから潘基文国連事務総長も「きわめて重大で無視されてきた人権上の課題」とアピールを続けてきたという背景があります。

ロシアのLGBT活動家グループ「プラトーン」のメンバー
ロシアのLGBT活動家グループ「プラトーン」のメンバー

LGBTに対する締め付けが行われているのはロシアだけではありません。「愛」が処罰対象となる国は多く、合意に基づく同性愛行為が犯罪として処罰の対象となる国は七六以上に上がるのです。世界各地に同性愛憎悪がはびこり、暗殺もおきている実態を2011年の国連報告書ははじめて浮き彫りにした。日本を含む多くの国でも結婚できないことを含め差別が蔓延しているのは皆さんご存知のとおりです。

日本政府は実は、国連の「LGBTコアグループ」のメンバーで、アジアからは唯一の参加国。このほか、アルゼンチン、クロアチア、イスラエル、オランダ、ニュージーランド、米国、国連人権高等弁務官、さらにNGO(非政府組織)で私が日本の代表をつとめているヒューマン・ライツ・ウォッチなどが参加しており、昨年9月の歴史的な閣僚級会合もこのコアグループが主催したものでした。

日本政府がコアグループに所属し声を上げた意義は大きいと思います。今後は、カミングアウトした人に対する声援を送ることも含め、世界中のLGBTが愛を貫けるよう、今回の宣言を実行に移すリーダーシップを期待したいと思います。そして2020年の東京五輪は、LGBTを含めあらゆる人にフレンドリーな、そんな大会にして、世界にリーダーシップを示してもらいたいと思います。

★「プラトーン」のメンバー写真補足:(左上から順に) Konstantin Yablotskiy、Maria Kozlovskaya、Elvina Yuvakaeva、Anastasia Smirnova、Masha Gessen Copyright: 2014 Platon/The People's Portfolio for Human Rights Watch

国際人権NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ 日本代表

国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表。1998年東京大学法学部卒業。大学4年生の時、アフリカ・エリトリアにて1年間ボランティア。その後2000年弁護士登録。普段の弁護士業務の傍ら、日本の難民の法的支援や難民認定法改正に関わった。2006年にHRWニューヨーク本部のフェロー、2008年9月から現職。紛争地や独裁国家の人権侵害を調査し知らせるとともに、日本を人権大国にするため活動を続ける。

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