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桜満開観測「散った花も含めて良い」? どこまで認められる現場の裁量

片平敦気象解説者/気象予報士/防災士/ウェザーマップ所属
大阪市内で撮影した桜。4月11日撮影。すでに葉桜になりつつある。

東日本や西日本ではお花見シーズンも終わりを迎えつつあり、先週はまだまだ見頃だった桜も、次第に葉桜に変わってきました。全国各地の気象台・測候所(気象官署)では桜(ソメイヨシノ)の「開花」や「満開」を毎年観測しており、その報せは各メディアでも大きく伝えられ、桜に対する世間の関心が非常に高いことを示しています。

■ 開花、満開を観測する基準は?

生物季節観測指針「さくら」の項目。開花・満開の基準が記載されている。
生物季節観測指針「さくら」の項目。開花・満開の基準が記載されている。

今年(2016年)も、東京の桜の標本木(開花・満開の観測対象となる木)がある靖国神社での観測のようすは、テレビなどで大きく報じられました。気象台の観測担当者が咲いている花の数を数え、「お待たせしました」の第一声とともに開花観測を発表した際、周囲から拍手が起こり歓声が上がったのは印象的でした。

この時にもテレビなどで詳しく紹介された「開花」観測の基準。ご承知の方も多いと思いますが、「標本木に5~6輪の花が咲いた」状態になったら開花となります。全国各地で気象台職員の方が標本木の隅々まで目を凝らし、「1、2、3…」と開いている花の数を数えていくわけです。

一方で「満開」を観測する基準は、あまり知られていないかもしれません。それは、「(標本木に)咲き揃ったときの約80%以上が咲いた状態となった」こととされています。100%が満開と思うかもしれませんが、桜のように全てのつぼみが比較的一斉に花開く植物であっても、1本の木のなかで、先に咲く花と後に咲く花の間には必ずタイムラグがあります。一番最初に咲いた花は一番最後に咲く花を待ってはくれず、先に散ってしまうものが少なからずあるわけで、最後の花が咲く頃には、早い枝からは葉が出てくるなど「散り始め」の状況になり、「満開」というイメージとは違ってくるのです。

生物季節観測指針に示された観測対象の動植物一覧。季節の遅れ進みを把握する。
生物季節観測指針に示された観測対象の動植物一覧。季節の遅れ進みを把握する。

こうした「開花」「満開」のほかに「紅葉」「落葉」「初鳴」「初見」など様々な動植物のようすから季節の遅れ進みを把握するために気象庁が行っている観測を「生物季節観測」と呼び、古いものでは1950年代から記録が残っています。生物季節観測は、気象庁が半世紀以上も前から各地で観測し、記録を残し続けてきた大切な業務のひとつなのです。

それを行うマニュアルとして「生物季節観測指針」という文書があり、ここに上記のような開花や満開などの基準が書かれ、全国共通の統一された基準で観測がされています。もし観測の基準が各地でバラバラだと、地点ごと・年ごとの相互比較が難しくなってしまうため、この指針を拠り所として全国の気象官署で日々、丁寧に観測が行われているということになります。

■ 「満開」を観測できない年も

桜は、実は前年の夏には翌年に咲かせる花のつぼみ(花芽)を枝に作り、花芽は眠りについています。やがて冬がやってきて一定期間・一定程度の寒さにさらされると、花芽は眠りから目を覚まし(休眠打破)、その後は暖かくなるにつれて生長して、春になると花を咲かせる、というのが開花に至るメカニズムとして知られています。

桜開花のメカニズムの模式図。気象庁HPより。
桜開花のメカニズムの模式図。気象庁HPより。

しかし、暖冬の年のように、冬の寒さが不十分で休眠打破がしっかりとなされないと、桜は順調に開花することができません。そんな場合には、春になって暖かくなってもなかなか開花に至らなかったり、枝・花芽ごとの生長の差が大きく、早く咲くつぼみから遅く咲くつぼみまでバラバラになったりします。後者の特徴として言えるのが「満開にならない」場合がある、ということ。先に咲いた花が次々と散っていってしまい、木全体として一斉に花が咲いてくれない、ということが起こり得るのです。

実際、いつまで経っても「約80%」に達せず、満開を観測できなかった気象官署が過去にはありました。暖冬になった2006~2007年の冬。2007年の春、八丈島測候所(2009年秋に無人化、現在は桜の観測は行っていない)の観測する桜の標本木は、だらだらと花開き、いつ見ても全体の2割程度しか咲いていない状態のまま移行し、全て散ってしまいました。この年はついに、八丈島では桜満開を観測できず、1953年の統計開始以降で初めての事態に至ったのです。また、種子島測候所(2007年秋に無人化)でも、桜が満開にならない年が過去に何年もありました。

もともと暖かい地域では休眠打破が十分に起こりにくく、開花から満開までの期間が大きくなる傾向が知られており、2007年の春には前シーズンの暖冬の影響を色濃く受け、八丈島で「桜満開無し」という状況に至ったと考えられます。

八丈島測候所(当時)の桜満開の観測記録。2007年は観測できなかった。
八丈島測候所(当時)の桜満開の観測記録。2007年は観測できなかった。

地球温暖化が進みさらに気温が高くなると、冬の休眠打破がうまく行えず、最終的には日本で桜(ソメイヨシノ)が咲けなくなるのでは…という研究もあります。木全体で一斉に咲く(約80%以上)満開も観測できず、私たちがイメージする春のイメージが変わってしまうような桜の咲き方になる年が、近い将来、現実にだんだんと現れてくるのかもしれません。四国や九州など、比較的暖かい地方では今後どうなっていくのか、桜の満開を観測できない年があるのか、私たち気象解説者は地球温暖化の観点からも非常に注目しているところでした。

■ 「散った花も含めて…」?!

ところが先日、驚きの報せが飛び込んできました。

九州各県の気象官署でも今年なかなか桜の満開を観測していなかった大分。4月8日(金)午前に、ようやく気象台から「桜満開」の観測通報があったのですが、その満開についての取材に対し、「散った花も含めて、咲いた花が8割に達したため、残るつぼみが2割になったと判断したので、満開とした」との回答があったのです。

また、四国で今年最も満開が遅かった徳島でも、同日観測した桜満開について問い合わせると、「今年は特につぼみごとの生長状況にバラツキが大きく、先に咲いた花は散っている。散ったものも含めて8割以上咲いたと判断したので、満開を観測した。」との回答でした。

次第に葉桜になる桜。散った花も多いがまだつぼみもある(4月11日大阪市内にて)。
次第に葉桜になる桜。散った花も多いがまだつぼみもある(4月11日大阪市内にて)。

「散った花も、80%に含める」というのは、「種子島や八丈島での観測方法と異なる」ということを意味します。すなわち「過去の記録と比較することができない」という重大な結論さえ意味しかねないのです。

そこで、「生物季節観測指針」を作成し全国に指導する立場である、気象庁本庁に尋ねてみました。すると、「散った花も含めるかどうかというのは、明確でない」との回答。「通常は、桜のような植物であれば一斉に花が咲き、先に散った花があったとしても『約80%』であれば容易に満開を観測をできるのだが、そうでない場合には観測が難しい。最終的には、現地の気象官署・観測者(当然ながら、難しい場合は複数人で協議する)の裁量、総合的な判断にゆだねられる。」とのことでした。

確かに、つぼみの数を実際に全部正確にカウントできるわけもなく、目視観測でざっくりと判断するのですから、「約80%以上」という見た目についての誤差・個人差はある程度許されることでしょう。観測方法の性質上、観測者による多少の差はあって当然のことだと思います。しかし、「散ったものも含めて良い」という裁量は、「満開」の観測方法を根本から崩すものになりはしないでしょうか。指針にも「咲き揃ったとき」(=国語辞書によれば「花が一斉に咲く」こと)と書かれており、その部分まで「裁量」として認めてしまっては観測の意義もゆらいでしまいかねないと感じてしまいます。

■ 「散った花」の取り扱いをしっかりと決めるべき

確かに私自身、普段生活している大阪の桜のようすが今年はいつもと異なり、枝ごと・つぼみごとの生長のバラツキ具合が相当大きいなとは、開花の頃から感じていました。今年はさらに、問題の「満開」観測の前日、4月7日(木)に各地で強い風が吹き荒れ、まだ80%に至っていない桜の花を一気に散らしてしまう荒天になったことも大きな要因かもしれません。

また、全国的に見れば種子島や八丈島のような例はあるものの、「満開を観測できない」という事態はもしかすると気象庁内でもあまり広く知られてはいないのかもしれないとも思います。

しかし、普段とは異なる事態こそしっかりと丁寧に正確に観測し、記録に残し、後世に伝えるということが「観測」という行為において大切ではないでしょうか。ある程度の裁量や総合的な判断は当然必要だと感じますが、そのどこまでが認められるのか、本来であれば可能な限り指針に例示するなど、できるだけ混乱が無いような方策を予め行っておく必要があるように強く感じます。

実際、桜の「開花」については、2002年以前は「数輪以上開いたとき」との基準でしたが、「数輪」だと「2~3輪」とも「5~6輪」とも解釈でき(広辞苑などの辞書で「数(すう)」の説明を参照)、全国の気象官署でバラツキがあった時代もありました。それを2003年からは「5~6輪」とより具体的にし、しっかりと全国統一した経緯があります。

また、生物季節観測指針の「落葉」の項目には、こんな記述があります。「秋に入って落葉の態勢になりつつあるときに、強い風が吹くと強制的に落葉することがある。この場合には通常の落葉日より早くなるが、このような場合にも(中略)落葉日とする。」 観測者が間違えないように、「どうなのだろう」と判断に悩んだ際のマニュアルとして指針があるわけです。

2008年4月の大阪の桜。満開観測となった標本木(大阪城公園)と大阪城天守閣。
2008年4月の大阪の桜。満開観測となった標本木(大阪城公園)と大阪城天守閣。

同じ生物季節観測指針の「観測者の心構え」には、「生物季節観測の実施は、観測の目的を十分に理解し、誤観測や欠測のないように注意しなければならない。誤観測を防ぐには、その対象の生物について十分な知識を持っていることが必要である。…(後略)」とも書かれています。

もちろん、目視観測であることや生き物を対象にした観測であることから、数値観測のように完璧にキッチリとできないことは当然です。しかし、特殊な事例の場合などを念頭にして、そうした場合にはどう観測するのがより適当なのか丁寧に定めて周知し、後世に残す貴重な記録としてできるだけ統一された基準による観測を行う姿勢が、いま改めて重要なのではないでしょうか。

桜開花の基準が具体的に決められたように、「散った花」の満開観測上の取り扱いが明確化され、気候変動などの分野でしっかりと活用できるよう、「桜の満開無し」が貴重なデータとしてより適切に集積される体制が整うことを心から期待しています。

【参考文献】

生物季節観測指針(気象庁、2011年1月)

【関連リンク】

大分地方気象台、ずれた桜「満開」宣言(大分合同新聞 4月8日配信記事)   

桜「開花」基準の変更について書かれた気象庁報道発表(2003年2月21日、pdfファイル)

なぜわかる?! 桜の開花予想のしくみ

(開花までのメカニズムなど(2014年の筆者投稿記事))

気象解説者/気象予報士/防災士/ウェザーマップ所属

幼少時からの夢は「天気予報のおじさん」。19歳で気象予報士を取得し、2001年に大学生お天気キャスターデビュー。卒業後は日本気象協会に入社し営業・予測・解説など幅広く従事した。2008年ウェザーマップ移籍。平時は楽しく災害時は命を守る解説を心がけ、関西を拠点に地元密着の「天気の町医者」を目指す。いざという時に心に響く解説を模索し被災地にも足を運ぶ。関西テレビ「newsランナー」など出演。(一社)ADI災害研究所理事。趣味は飛行機、日本酒、アメダス巡り、囲碁、マラソンなど。航空通信士、航空無線通信士の資格も持つ。大阪府赤十字血液センター「献血推進大使」(2022年6月~)。1981年埼玉県出身。

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