「リケジョ」は本当に差別用語なのか?「リケダン」や「草食男子」はどうかと、あえて言ってみる

研究室でを見て女性医療や科学研究者(提供:123RF)

細胞生物学者の小保方晴子さんの、今回の偉業に対してまずは敬意を表したい。同じ日本人として非常に名誉に思います。そして、過熱するメディア報道により、プライバシーが侵されないことを望んでいます。過熱する報道によって、今後の研究に支障をきたしては元も子もないありません。マスコミも(そしてネットでコラムなどを書く我々も)プライバシーの詮索や、旧態依然とした「女性」であることを、ことさら強調した紋切り型の報道は望ましくないと思います。

一方で、今、話題になっている「リケジョ」という言葉への批判に対して、私はそれほど、その言葉自体に「悪意」は感じていません。きょうはその事について書きたいと思います。

「リケジョ」という言葉は、もともと「理科系女子」を差別しようという意図で出されたわけではありません。むしろ理科系を選択する女子学生を応援するために生まれた言葉です。

今後も未来を担う理系女子を支援する活動を推進してまいります。(愛媛大学) リケジョみんなで記念撮影

出典:女子中高生の理系進路選択支援事業 夏休みサイエンス体験合宿を実施(筑波大学)

昨年度から,愛媛大学理系女子学生グループ「サイエンスひめこ」が中心となって同プロジェクトを企画・実施し,身近なロールモデルとしての理系女子(リケジョ)との交流が好評を得ています。

出典:教育活動トッピクス 詳細(愛媛大学)

同事業は、科学技術分野で活躍する女性研究者・技術者および大学生などとの交流の機会を設けることで、女子中高生の理系進路選択を支援していく取り組み。

出典:JSTが科学部&リケジョを支援、中高の参加校および参加機関の募集:独立行政法人科学技術振興機構(JST)/引用はReseMomより

また講談社では「理系に興味のあるオンナの子の為の支援サービス」として、「Rikejo」いう会員制サービスをこれまで運営してきました。

講談社「Rikejo」マガジン

この「Rikejo」には、2009年10月号に、学生時代の小保方さんを取材したことがあるそうです。

【万能細胞】STAP細胞作製の成功の小保方さんにRikejoが過去に取材していました!

「理科系の女子学生」を略して「リケジョ」と呼ぶことを「良い」か「悪い」かという究極の話になれば、当然、「軽い」「ふざけている」「バカにした感じ」「女性差別」・・・と、様々な反対意見が出てきます。「リケジョ」という言葉のウラには「理科」は「男子がやるもの」という偏見が、確かにあるかもしれません。しかし、仮にそうであったとしても、これは「理科系女子」に限った問題ではなく、「理科系男子」にも言えることではないでしょうか?(私が高校生の時に「男なんだから文系よりも理系に言ったら?」と親族に言われたことを思い出しました。)

ところで、「リケダン」(理科系男子)という言葉が存在していたらどうでしょう?

中学生までで決まる!リケダン、リケジョの育てかた(保育社)

現役小学校教諭が、理数科に興味を持つ子どもを育てる方法を出版しておりました。また、先ほど紹介した講談社の「Rikejo」の中の記事では、「科学本を語る女子会★ @芸工展(谷根千)」の記事で、「女子会」の中で、下記のような会話がごく普通に交わされています。

リケダン(理系男子)とブケダン(文系男子)の話となりました。結局、リケジョがリケダンと結婚したりするのは、結局は出会う場所がないからではないかということです。ブケダンとリケジョは、お互いに避けるとかそういうことでなくて、結局は知らないままに終わるという感じでしょうか。Tさんの大学では、理工系の学部は、他の学部と隔離されていたそうで、このような大学は多いですよね。

出典:科学本を語る女子会★ @芸工展(谷根千) 開催されました!

他にも、女性誌や情報誌の中で、モテる男性のタイプや、理想男性のタイプを「文系男子」と対比する意味で、実際に使用されているのを目にしたことがあります。「草食男子」「イクメン」や、古くは「イケメン」などと同様に、「リケジョ」も、もともとは「リケジョがステキ!」「やっぱりリケジョ!」といった感じで、男性メディアからばかりでなく、女性向けメディアからも多く発信された流行語(バズワード)ではないでしょうか。そこは「男性目線」「オヤジ目線」「女性差別的」というよりも、ごく普通に、内輪(理科系女子)ウケ(あるいはさらに広がって学生受け)した、よくある「ハヤリ言葉」だったのではないかと思います。そういう意味では女性自ら「女子会」という言葉を使い、女性だけの食事かを開くのをよく目にします。

今回の小保方晴子さんの偉業に対して、「正しく報道しているか」「正しく報道していないか」という点がマスメディアにとっては、最も重要なことです。正しい科学的な報道なしに、単に「リケジョの快挙!」で報道を済ましてしまうようのは論外です。(割烹着の取材ばかりでは、それは困ります。)

一方で、ことさら「リケジョ」という言葉のみを取り上げ、「女性差別だ!」「日本の新聞も技術的報道はしている」「オヤジ的視点だ!」とまで言い切ってしまうことも、ちょっと極端だと思います。

ところで、ここで話は大きく変わります。日本の大手新聞の発行部数を下記に記しました。

世界の新聞発行部数ランキング 読売新聞など日本が上位占拠

順位 新聞名 発行部数

1位 読売新聞(日本) 1000万部

2位 朝日新聞 (日本) 750万部

3位 The Times of India(インド) 380万部

4位 毎日新聞(日本) 350万部

5位 参考消息(中国) 310万部

6位 日本経済新聞(日本) 300万部

7位 The Sun(英国) 295万部

8位 Bild (ドイツ) 290万部

9位 中日新聞(日本) 280万部

10位 Daiinik Jagran (インド) 275万部

<注>出処は「世界新聞・ニュース発行者協会(VAN‐IFRA)」が2012年4月17日に発表した“World Press Trends 2011”の「2011年世界の新聞発行部数トップ10」で、発行部数は棒グラフからの目算だそうですので、正確なものではないでしょう。

世界の新聞の発行部数の上位を、このように日本の新聞がほぼ占めています。

1位 読売新聞(日本) 1000万部

2位 朝日新聞 (日本) 750万部

4位 毎日新聞(日本) 350万部

6位 日本経済新聞(日本) 300万部

日本の全国紙が世界の新聞の発行部数の上位を占めています。一方で、米国や英国の新聞の名が出てきませんが、これらの国の新聞の発行部数はどうでしょう?伝統的に地方紙の力が根強いアメリカでは、特定の都市や地域に偏らず、全米規模での購読を対象としているのは、「USAトゥデイ」と経済誌の「ウォール・ストリート・ジャーナル」です。

USAトゥデイ(米国) 183万部

ウォール・ストリート・ジャーナル(米国) 210万部

アメリカの新聞 発行部数ランキング(2011年)【ABC(部数公査機構)】

イギリスでの新聞の発行部数は以下です。

デイリー・テレグラフ(英国) 65万部

タイムズ(英国) 46万部

フィナンシャル・タイムズ(英国) 38万部

インデペンデント(英国) 19万部

イギリスの新聞 発行部数ランキング(2011年)【ABC(部数公査機構)】

なぜここで、日・米・英の新聞発行部数を取り上げたかといいますと、日本における、いわゆる「全国紙・一般紙」の購読人口が極めて多いのです。これは米国・英国と比べると歴然としています。

米国・英国においては、上記に記した「全国紙/クオリティー・ペーパー」の購読者以外の多くが、

1 タブロイド紙(大衆紙)を購読

2 地方紙を購読

3 新聞を購読していない

に、当てはまる可能性が高いと思われます。

日本のいわゆる「一般紙」の購読層には、米国・英国でいう、いわゆる「クオリティー・ペーパー」を購読する層よりも、はるかに広い購読者層(米英では、地方紙・タブロイド紙を購読する層、あるいは新聞を購読していない層)をも含んでいるものと考えられます。

テレビ番組もそうですが、BS放送や、有料チャンネルといった、ごく限られた視聴層を前提に「科学」について放送する場合と、子どもからお年寄りまで(古い言い方ですが)を含む、大勢の視聴者を前提に「科学」について放送する場合と、当然、内容の深さや、話題の扱い方など「伝え方」の手法は変わってきます。

あえて「語弊」を恐れずに言いますと、日本の「一般紙」の購読者の多くは、英米でいうところの「大衆紙」の購読者に、人口比や購読者数から換算する限りですと近いのです。(だからと言って、「内容の質が悪くて良い」とは言っていません。「そういう方々をも対象にして記事は書かれているであろう」と想像するという意味です。)

日本のいわゆる「スポーツ紙」の一面トップにおける大きな見出しと、キャッチーなタイトルを思い出してください。これを「良い」か「悪い」かという究極の話になれば、当然、「軽い」「ふざけている」「バカにした感じ」・・・と、様々な反対意見が出てきます。これを不快だと思う人々はスポーツ紙を買いません。これを買う人ももちろんいます。日本の一般紙は良くも悪くも、この両者の購読層を抱えています。一方で、米英の新聞社に比べますと、日本の新聞社のネット戦略は遅れをとっていると言われています。「紙の新聞」という限られたスペースに記事を掲載し販売していく上で、「硬軟織り交ぜた」記事構成にならざるを得ないこと自体は、わからなくもありません。

くれぐれも節度ある取材と報道が望まれます。