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日本にトランプ現象は起こるか(前編)

加藤秀樹構想日本 代表

アメリカ、イギリスという現代世界の政治経済の保守本流の国で、今年、トランプ大統領とBrexit (ブレクジット=イギリスのEUからの離脱)という私たちが全く想定していなかった異変が起きました。

これらのことを生み出した現代社会に対して、私たちはどう向き合わなければならないのでしょうか。

トランプ支持者を「愚か」で片付けてはいけない

トランプ現象とBrexitには「ポピュリズム」、「反グローバリズム」、「大衆対エリート」といったキーワードがついて回ります。私は問題の核心は、アメリカ、イギリス国民の投票者の半分がトランプ大統領とBrexitに、それぞれ「イエス」と言ったことにあると思います。メディアは、トランプ支持者の多くは教育水準の低い白人労働者だと言います。しかし、彼らも人生において、何十年日々働き家族を養ってきたのです。それに対し「愚かなことをやっている」で済ますのは傲慢であり、本質を見ないことになります。

40年前はEECへの「残留」を選んだイギリス

イギリスは1975年にも、当時のEEC(欧州経済共同体)からの離脱を問う国民投票を行っています。その時は3分の2が「残留」に投票しました。今回、「離脱」と言った人たちのかなりの部分、あるいは彼らの親世代は「残留」を選択していたのです。40年間で何がどう変わったのか。ポピュリズムは為政者なり政治を預かる側が国民に対して適切な回答を示せないために出てくるいわば「甘い言葉」です。トランプ現象もBrexitも、突き詰めると今私たちが直面しているグローバリゼーションの弊害に対して、政治が対応できてないことの結果だと思います。

2000年頃から激しくなった反グローバリゼーション運動

実は、グローバリゼーションの弊害は、1980年代から、環境、人権、紛争、南北問題などの形で議論されていました。それに対するオーソドックスな考えは、これらの解決には経済成長が必要で、そのためにもっと自由化、結果的には更なるグローバリゼーションをというもので、それが負のスパイラルになっていったのです。

1999年のシアトルでのWTO(世界貿易機関)閣僚会議は、ほとんど何も決まらずに終わりました。加盟国間での利害対立が埋まらなかったためですが、同時に、会場の周りで環境、人権など様々な団体による6万人、7万人の大規模な反グローバリゼーションのデモが行われました。日本の報道機関は大きくとり上げませんでしたが、この会議は歴史に残る大事件だと思います。その後WTOはほとんど機能不全状態が続いています。

2年後の2001年に、G8サミットがジェノヴァで行われました。日本からは小泉総理が出席しましたが、この時も20万人とも30万人とも言われる反グローバリゼーションのデモがあり、「8人で世界のことを決めていいのか」というセリフが残りました。

また、2000年頃からヨーロッパでは、反グローバリゼーションや反エリート・既存秩序、ナショナリズムなどの色彩を濃厚に持った急進的な右翼?政党が増え、今に至るまで勢力を拡大し続けています。

人類がグローバル化に向かうのは自然なこと

こうした動きに対し、資本主義の終焉とかグローバリゼーション反対という言葉が使われたりしますが、私はそういうことでもないと思うのです。人類はアフリカで出現し、世界中に広がって行きました。これほど大きな大脳を持ち、欲望、好奇心、知恵を持った生き物にとっては、グローバルに広がることはある種の必然だと思います。同様に人間が狩猟採集から牧畜、農耕、貨幣経済へという歴史をたどってきたことから見ても、資本主義の終焉という言葉も当たっていないと思います。そうではなくて、経済の自由化、グローバリゼーションを人為的、制度的に進めることの弊害と限界、そして、そのバックボーンである経済理論の問題だと捉えたほうがいいのではないでしょうか。

経済学の「不都合な真実」がトランプ現象に繋がっている

経済学の想定シナリオをごく大まかに言うと、自由化を進めると企業は費用や事業に関して自由度が広がりより効率的な生産活動ができる。消費者は世界中から安くて良いものが買え豊かな暮らしができる。そしてそれらが所得の上昇、人々の幸せにつながるというものです。しかし、現実には、その一方で企業は競争激化にさらされ、庶民の中での格差が広がり、移民などによる文化的な軋轢や社会の画一化が進むというマイナス面も大きく出ています。そしてその状況が何十年も続いた結果がトランプ現象やBrexitの大きな背景になっているのです。

科学者たちは、「科学では仮説が実験か観察によって検証されれば理論や定理として定着する。しかし、経済理論は何十年も理論と違うことが起こっていても、一向に現実に向き合わない。あれは科学的な態度ではない」とよく経済学を批判します。理論や予測に反することが起こると、「あれは特殊な要因による」「日本ではこうだ」と言ってあたかも、理論と異なる現実が特別なケースだという言い方をエコノミストはよくします。経済学はもっと謙虚にならないといけないでしょう。(後編につづく)

*後編は2017年1月5日に配信予定です。

構想日本 代表

大蔵省で、証券局、主税局、国際金融局、財政金融研究所などに勤務した後、1997年4月、日本に真に必要な政策を「民」の立場から立案・提言、そして実現するため、非営利独立のシンクタンク構想日本を設立。事業仕分けによる行革、政党ガバナンスの確立、教育行政や、医療制度改革などを提言。その実現に向けて各分野の変革者やNPOと連携し、縦横無尽の射程から日本の変革をめざす。

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