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消滅に向かう日本漁業 ~生活できる漁業への構造改革が急務

勝川俊雄東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

日本の漁業は、何十年も衰退の一途を辿っています。その衰退は、皆さんの漠然としたイメージよりも遙かに深刻な状態です。過疎化が進む漁村に行くと、若手漁業者が50代、60代というようなところも少なくありません。高齢漁業者の子供たちは、すでに別の職業に就いています。多くの漁村が、縮小再生産どころか消滅に向かっているのです。

漁業者「17万人」、実はかなりの過剰推定

かつては漁業が花形産業であった時代もあります。下の写真は1936年のおさかなカルタです。漁船40万隻、漁業者200万人だそうです。「昭和13年統計によれば、漁業年額496773000圓、製造年額245774000圓、世界全産額の50%を占む」とあります。

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平成27年現在の漁業者は16.7万人ですから、当時の10分の1以下です。この数字には、実際に漁業で生計を立てていない人が大量に含まれています。地方の漁村に行けば、何年も使われていないような朽ち果てた漁船が、漁港に放置されているのを良く目にします。漁業には定年がありません。引退をしても、退職金が出ないどころか、船をスクラップにする経費がかかります。ほとんど海に出ない高齢者が、そのまま組合員を続けているケースが多くみられます。

現状を放置すると、漁業者はどこまで減るのか?

漁船の性能は日進月歩ですから、若者を中心にバランス良く17万人の漁業者がいるなら、それほど心配する必要はありません。17万人という数字以上に、未来につながらない状態が継続しているということが、日本漁業が直面している危機の本質です。

下の図は漁業従事者を年齢別に分けた統計です。2013年までが実測値で、それ以降は、現在の新規加入のトレンドを元に簡単なモデルで予測をしたものです。漁業者を年代別に分けてみると、29歳以下の新規就業者が途絶えた状態が何十年も続いた結果として、高齢化が進んでいることがわかります。

年代別漁業就業者数
年代別漁業就業者数

儲からないどころか赤字の漁業

若者はどうして漁村から去って行ったのでしょうか。「若者が贅沢になって、きつい仕事を嫌がるようになった」ということがよく言われるのですが、筆者は生産性が低すぎる今の漁業の仕組みに問題があると考えます。漁業の生産性があまりにも低いために、若者が漁業を継ぎたくても継げなかったのです。

漁業経営調査報告によると、平成26年の個人経営の海面漁業は、年間の漁労所得が225万円となっています。一家を養って行くには厳しい金額です。

個人経営漁業では、家族総出で労働をすることが前提になっています。この無償の家族労働に対して、その土地の同等の労働賃金を支払うと317万円の支出となります。つまり、家族労働の価値を考慮すると93万円の赤字なのです。

筆者の知り合いの岩手県の牡蠣生産者が、自分の労働時間と手取りから時給を計算したところ、200円に届かなかったそうです。彼の場合は黒字の分だけ、まだましなのですが、土木工事をすれば日当14000円がもらえます。いくらやりがいがある仕事でも、漁業をやる人が減ってしまうのは仕方がないと思います。

漁業の高齢化と生産性の関係

すべての漁村で過疎高齢化が進行しているわけではありません。大勢の若者が元気に働いている漁村も少数ながら存在します。そういう漁村には、必ず安定して収入が得られる漁業が存在します。漁業の生産性と高齢化の関係を、統計から見てみましょう。生産性の指標として「販売金額が300万円未満の経営体の割合」、高齢化の指標として「65歳以上の漁業従事者の割合」を市町村別に計算して、漁業従事者が50人を越える市町村についてプロットしたのが下の図です(データは漁業センサスから引用)。

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販売金額が300万円未満の経営体の割合が高い自治体ほど、65歳以上の割合が高いという正の相関関係があります。漁村の過疎化を食い止めるには、若者が希望を持って参入できるように、漁業の生産性を改善することが重要なのです。

漁業を断念せざるを得ない若者達

「息子に跡を継いでほしいのだけど、漁業がこれでは継がせられない」と忸怩たる思いを抱えている漁業者も少なくありません。先日、19歳の若者から手紙をもらいました。底引き網漁船の息子として育ったので、高校を出たら漁業を継ぐつもりだったのに、両親から「燃油代は上がり、魚価は安くなる一方。漁業には未来がないから大学に行け」と説得されて、大学に進学したそうです。しかし、漁業への夢を捨てきれず、私の本を読んで、日本の漁業が復活する可能性があるかを質問してきたのです。

離島などの若者と話をしてみると、地元志向が強いことに驚かされます。こういう場所では高等教育機関が無いために、多くの若者は高校や大学に通うために村を離れます。その後、村に帰りたいと思っても仕事がないのです。安定した職業といえば、役場、小中学校の先生、農協職員ぐらい。これらの職は、毎年、求人があるわけではないので、狭き門なのです。もし、漁業で地方公務員並みの安定した収入が得られるなら、地元に戻って漁業をしたい若者は大勢います。

労働力不足にあえぐ養殖業

漁業人口の減少と高齢化は、すでに一部の漁業の存続を厳しくしています。日本の養殖の現場では、繁忙期には村総出で作業をすることが前提でした。漁村から人がいなくなると、人海戦術が成り立たず、生産自体が立ち居かなくなりつつあります。

たとえば、牡蠣の養殖では、殻剥きをする職人が集まらず、苦労しています。先日訪問した宮城県のある養殖業者は、「剥き子さんは皆80歳を超えている人ばかりで、あと何年、生産を継続できるかわからない」と心配そうでした。すでに人手不足が生産のボトルネックになっているのです。わかめの芯取り作業や牡蠣の殻剥き作業などは、一ヶ月ほどの季節労働なので、それだけでは生活できません。

漁村では人手不足と過疎化が同時に進行しています。労働力は欲しいけれど、安定した生活を保障するだけの生産性がないのです。漁業の存続には、省人化と生産性の向上が求められているのですが、現状では期待薄です。沿岸漁業の場合はほとんどが家族経営です。父ちゃん、母ちゃん経営体には、一般企業では当たり前な研究開発(R&D)という概念がありません。漁業者は良くも悪くも職人です。道具や手順を自分なりに改良することはできても、イノベーションを起こして産業構造を変えるのは苦手です。

焼け石に水の漁業就業者フェア

漁村の人手不足解消のために、漁業就業フェアなどが頻繁におこなわれています。こういったフェアの実績は、何人が会場に訪れたかで評価されており、実際に漁業に参入した人数は公開されていません。これらの取り組みを否定するつもりはありませんが、毎年、8千人の漁業者が減少している状況で、数百人をフェアに動員しても、問題の解決にはなりません。非生産的な漁業の現状を変えない限り、部外者の参入は容易ではないからです。

テレビなどのマスメディアは、若者が新しく漁業に参入してきた成功事例ばかりを伝えます。新しく漁業に参入して頑張っている若者を大々的に取り上げる一方で、「なぜ漁村の過疎化が進んでしまったのか」という構造的な話には触れません。地元の漁業を応援したいという気持ちはわかるのですが、結果として、漁業が上手くいっているような印象を国民に与えて、漁業の現場の深刻な問題を見えづらくしてきました。

漁村の活性化には、生産性の改善が不可欠

漁業の生産性の低さを放置しておけば、漁村の衰退はどこまでも続きます。生産性を改善して、新規参入が出来る状況をつくることが急務です。

一次産業の生産性の話をすると、「大切なのはお金ではなく、やりがいだ」と反論されるケースもあります。筆者は「やりがいがある仕事だから、生産性が低くても構わない」という考えは間違えていると思います。いくらやりがいがあっても、生活できなければ職業とは呼べません。「やりがいがあるけど食えない漁業」よりも、「やりがいもあるし、利益も出るような漁業」の方が良いとは思いませんか?

次回予告

前回、今回と、重たい話が続いたので、読んでいて疲れたのでは無いでしょうか。次回以降、日本漁業の生産性をどうすれば改善できるかについて話をします。日本漁業には無限のポテンシャルがあり、構造的な問題にきちんと取り組めば、魅力的な産業に生まれ変わります。

東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

昭和47年、東京都出身。東京大学農学部水産学科卒業後、東京大学海洋研究所の修士課程に進学し、水産資源管理の研究を始める。東京大学海洋研究所に助手・助教、三重大学准教授を経て、現職。専門は水産資源学。主な著作は、漁業という日本の問題(NTT出版)、日本の魚は大丈夫か(NHK出版)など。

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