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「脱・自分たちのサッカー」の時代、「古き市船」と「新しき市船」の融合が夏の栄冠を呼ぶ

川端暁彦サッカーライター/編集者
終了直後、市立船橋イレブンは飛び出してきたベンチの選手たちと喜びの抱擁を交わす

55校の戦いは千葉県決勝に

平成28年度全国高等学校総合体育大会。「高校生の五輪」とも言われ、「インターハイ」の通称で知られるこの大会の男子サッカー競技は8月2日、エディオンスタジアム広島での決勝戦を迎えていた。

夏の高校総体は、冬の高校サッカー選手権、そして年間を通してのリーグ戦で争われる高円宮杯と並ぶ高校サッカーにおける3大タイトルの一つ。「3冠」と言えば、この3大会を指すのが通例だ。完全ノックアウト方式(いわゆるトーナメント戦)で争われる大会の特徴はいくつかあるが、一つは47都道県から55校が出場できる点が挙げられるだろう。予選の参加校数が多い都道府県と開催地に「+1枠」が与えられる形式で、東京のみ2校出場で48校が出場する冬の選手権よりも「広き門」と言える。

そして今年度の決勝も、そうした大会の特質を象徴するような決勝カードとなった。対峙したのは共に千葉県勢。前年度準優勝の名門・市立船橋高校と、その市船を県予選決勝で破っていた流通経済大学附属柏高校の2校による決勝は、千葉県に2つの枠が与えられる総体ならではのものであり、実に3年ぶり3度目の決勝対決となった。

前評判は完全に市船優位。Jリーグのユースチームも参加する高円宮杯プレミアリーグEASTで首位を走っていることでも分かるが、実際に大会で矛を交えた各校の指導者からも「間違いなく、いま日本で一番強いチーム」(関東第一・小野貴裕監督)などと畏怖させ、別格の印象さえ残していた。3年前の総体決勝では4-2の乱打戦を制して優勝していることからも分かるように、イタリアのような堅守のイメージばかりが強かった市船を、朝岡監督は「支配して攻め勝つチーム」へと変えてきた。この大会も戦術的なポゼッションで圧倒的に相手を押し込み切ってしまうサッカーで異彩を放ち続けた。

一進一退のライバル決戦

前半終了間際、村上(左)の得点で先制した市船だったが……
前半終了間際、村上(左)の得点で先制した市船だったが……

「自然と熱くなってしまう」(市船DF原輝綺)ライバル対決だけに、試合は序盤から過熱していった。やや慎重な試合の入りをした市船に対して、流経は「ウチにはプレスしかない」(榎本雅大監督代行)と32.5℃の暑さにも折れずに前線から激しくボールを追い続ける。市船はビルドアップ時にMF金子大毅が二人のセンターバックの間に落ちて両サイドバックを押し出す形のポゼッションプレーで対戦各校を圧倒してきたのだが、この試合はそのベースが機能しない。流経の執拗なプレスをはがせない。「(プレスを)かいくぐれず、蹴るしかなくなってしまっていた」(市船DF杉岡大暉)。

蹴り合いのような試合になったのは、「ある程度、覚悟していた」(市船・朝岡隆蔵監督)とはいえ、ここまでボール支配率が落ちるとは思っていなかっただろう。それでも「あの時間帯だけ足が止まってしまっていた」(榎本監督代行)という流経のスキを逃さずに先制点を奪い取ったのは見事だったが、引き上げてくる選手たちを迎える朝岡監督は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたのは何とも印象的。そして、この流れのままに迎えた後半は「彼ら(流経)の得意分野にお付き合いして、堪え忍ぶだけのゲームになってしまった」(朝岡監督)。

「両方できる」強さを求めて

劣勢に強く、崩れない。単にボール支配に長じているだけではない強さがそこにあった
劣勢に強く、崩れない。単にボール支配に長じているだけではない強さがそこにあった

ただ、ここから「もう一つの市船」が顔を出したという見方もできる。

「この展開で無理にボールを持とうとしてリスクを負うより、勝つことを優先して考えた」(MF高宇洋)

「自分たちのやりたいサッカーをやって負けるより、勝つために我慢する時間になってもいいと思った」(原)

予想以上の劣勢にも選手たちは冷静だった。「ゲームの流れを感じながら対応できるのが今年のチームの良さ」と高が振り返ったように、悪いなら悪いなりに、我慢するしかないなら徹底して我慢する。自然と形成される共通理解の中で反撃の機会をうかがいつつ、雨あられと放り込まれるロングボールに対しては、ひたすら粘り強く対応していく。終盤には原が驚異的なシュートブロックを見せていたが、それもすべて個人戦術。「僕たちには先輩たちが残してくれた、OBの皆さんが作ってくれたモノがある」と主将の杉岡が胸を張ったように、終盤の「カテナチオ」はまさに市船の伝統そのままの光景だった。

試合後、朝岡監督は「昔の市船っぽくなっちゃったね」と苦笑いを浮かべていたが、決してネガティブな意味ばかりではないだろう。昔ながらの伝統的な強みを残しながら、現代的なサッカーにトライできていることこそ、市立船橋が「頭一つ抜けているんじゃないか」(青森山田・黒田剛監督)と評される理由だからだ。難しい状況で指揮官のバトンを受け取って6年目を迎える伝統校の若き指揮官は、古き良き伝統と現代サッカーのメソッドを融合させながら素晴らしいチームを作り上げている。

間もなく開幕するリオ五輪に臨む手倉森誠監督のチームが象徴するように、ひたすら「自分たちのサッカー」を貫くことが尊ばれた時代を経て、日本サッカーは少し違ったアプローチがスタンダードになりつつある。「耐えるサッカーと支配するサッカー。両方できないといけない」(黒田監督)という共通認識が高校サッカー界にも広がる中で、市船が今大会で見せた「昔ながらの強さ」と「新時代のスタイル」という二つの顔は、何とも示唆に富むものだった。

真夏の高校総体を制したのは「古き良き」、そして「新しき」市立船橋。その勝利は決して偶然ではなく、明確な強さに裏打ちされたものだったのは間違いない。

サッカーライター/編集者

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカークリニック』『Footballista』『サッカー批評』『サッカーマガジン』『ゲキサカ』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『2050年W杯日本代表優勝プラン』(ソルメディア)ほか。

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