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「陰のMVP」は唯一の出場ゼロ? U-16日本代表の世界切符獲得を支えた第3のGK、大内一生

川端暁彦サッカーライター/編集者
練習中の一コマ。腐った態度は微塵も見せない(写真:佐藤博之)

唯一の出場ゼロ

UAEとの死闘を制し、来年のU-17ワールドカップへの出場を決めたU-16日本代表。ここまで登録メンバー23名中22名が時間の差はあれ、出場の機会を得ている。だが、コーチングスタッフたちの間では「陰のMVP」として、ここまで出場時間0分の第3GK、大内一生(横浜FCユース)の名前が挙がっているという。高桑大二朗GKコーチにその話を振ると、「いや凄いですよ、彼は。本当に凄い」と称賛の言葉があふれ出してきた。

「悔しさがないはずもないんです。自分だけ出場できていないんですから。でも本当に腐らずやってくれている」

世界切符出場を懸けたUAEとの準々決勝を前にした練習で印象的な一コマがあった。「仮想UAE」の実戦形式の練習をするのだが、負傷者が出ている関係でフィールダーの数が足りなくなっていた。そこで控え組のセンターバックに大内が入ることとなったのだ。極めて特殊なポジションであるGKとして招集された選手が、あえて悪い言葉を使うと「人数合わせ」で配置されたわけである。

「あれは僕が選手だったら絶対に嫌だと思います。でも彼はそれを表に出さなかったですよね」(高桑GKコーチ)

プレーぶりも見事だった。本気でセンターバックになり切って、適当にお茶を濁すのではなく、しっかりフィールダーとしてプレー。元よりGK離れした足技やキックの精度が売りの選手だけに、しっかり「仮想UAE」の選手を演じてみせていた。

練習終わりに、大内へその話を聞いてみると、「チームのためにできることをすべてしたいと思っていたし、それがチームの勝利に繋がるのならばとやっていただけです」と笑顔で返してきた。

そう言えば、チームがゴールを決めるときにベンチで人一倍の喜びを表すのも、大内だった。「もちろん、(出られないことへの)悔しさはあります。本当に悔しい。でも落ち込んでいても仕方ないし、出られるように練習するだけでしょう」と言う。

初めて全国区の選抜に選ばれたのは中学2年生のときに参加したU-14 Jリーグ選抜のスウェーデン遠征。ゴシアカップというタイトルを獲得したそのチームでも「僕は控えでずっと出られなくて、そのあとも悔しい気持ちをいっぱい経験してきました」と言う。しかし、それでも腐らないのが大内のスタイルということだろう。高桑GKコーチも横浜FCユースの練習を観に行って、大内の練習へ取り組む姿勢に見惚れたというから、筋金入りである。

GKという天職で

大内にとって「GK」は、小学6年生の10月になって正GK負傷で急きょやることになったという「たまたまのポジション」だったというが、まさに天職だったのだろう。「やってみたら、意外と面白いな」と。いきなりPKを止めまくって注目され、小学生も終わろうというギリギリのタイミングで横浜FCジュニアユースにスカウトされたと言う。

細かい技術について語らせ始めれば止まらないし、「キックのところは絶対に負けたくないし、自信がある」と言うように、まずFWを視野に収めるような判断のところも含めて、自分の武器とすべく「とにかく練習してきた」と言う。

出られるか、出られないかは選手にとって極めて重要でセンシティブな問題だ。まして第3GKとなると、そのチャンスは限りなく低い。だが、その位置にいる選手が諦めたら他のGKが進歩しなくなるし、チームは腐ってしまうだろう。それがなかったどころか、第3GKの選手が真摯に練習へ向き合い続けたことは、間違いなくチームの雰囲気を良化し、決戦での勝利へと繋がった。「陰のMVP」と言われるゆえんである。

父親がイタリア人で、母親が日本人という生い立ちの影響から、大内は以前「将来はセリエA(イタリアの1部リーグ)でプレーしたい」と目を輝かせて語ってくれたことがある。良質なGKを数多く輩出してきた国でいつか自分の力を試すために、大内は今日も練習に打ち込む。未来の飛躍を固く心に誓って。

サッカーライター/編集者

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカークリニック』『Footballista』『サッカー批評』『サッカーマガジン』『ゲキサカ』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『2050年W杯日本代表優勝プラン』(ソルメディア)ほか。

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