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道はまだ遠い? ホンダの燃料電池車、クラリティ・フューエルセルに乗る。

河口まなぶ自動車ジャーナリスト

一般化の道はまだ遠い…というのが、ホンダの燃料電池車「クラリティ・フューエルセル」に試乗してまず感じたことだ。

もちろん、クルマとしての仕上がりは素晴らしい。燃料電池車ゆえにエンジンを搭載せずにモーターで走るだけに、静かで滑らかで気持ちよい走りを味わえる。そして高い静粛性がとても印象的。これはいくら高級なガソリン・エンジン車でも実現できない、独自の価値観であり、新たな時代の高級を想わせるフィーリングだといえる。

もっともそれは、先に登場しているトヨタの燃料電池車「ミライ」でも同じように感じることでもある。そして同じように、走りはこれまでにない上質さを感じさせる。重い車両重量と前後の重量バランスの良さによって曲がるときのフィーリングも優れている。もちろんこれもトヨタ・ミライで感じたものと似ている感覚だ。

そんな具合にして走りには魅力がある。これは動画でも同じように報告しているので参考にしていただければ幸いだ。

しかし実際に我々がこれまでの自動車と同じように生活の中で使う…と考えると、まだまだ「誰もが」という感じにはなっていないのが現実だ。例えば航続距離はJC08モードで750km。あくまでもベストの航続距離であり、実際にはエアコン等も使えば加減速でモード測定時より運転はラフになるだろうし、渋滞等もある。ライトも点けるし音楽も楽しむ…となると、ホンダいわく実際の航続距離は500km程度、というがこれもやはりメーカーがいう数値。実際には500kmを割っても不思議ではない。つまり、通常のガソリン車よりも少ない航続距離となるし、最近のハイブリッド等ではイメージで倍の800kmくらいは走るモデルもザラにある。

同時に水素を充填するには、専用の水素ステーションで行うことになるが、これも当然ガソリンスタンドのように存在するわけでもない。都内でもまだ数か所であり、営業時間も限られているのが現状だ。いや2020年には…といっても、まだまだ限られた場所にしか存在しないのが実際だろうし、EVの充電ステーションを上回るほどではない。

つまり実際に生活のなかで使うことを考えると、まだ現実的ではない、というのが本音だ。

加えて今回のクラリティ・フューエルセルの場合は、まず官公庁を中心としたリース販売であり、一般のユーザー向けには半年後からの販売をイメージしているという。現状、車両価格は766万円で、リースで使う場合は「月に10万円支払うイメージ」だという。この辺りの価格感もまた、一般的な自動車を買うのとは乖離しているのが現状である。

トヨタのミライとともに、ホンダのクラリティ・フューエルセルも将来の自動車としての可能性を存分に感じさせる仕上がりなのだが、やはり実生活の中で使う、という話になると素直に勧めることができるモノにはなっていない。いや、モノにはなっているのだが、運用をするための環境が整っていないのが実際だ。

もちろんその辺りの問題を払拭するために、今回ホンダはスマート水素ステーションを見せたりするなど意欲的に燃料電池車の普及につとめる姿勢を見せているが、これが大衆に理解されるにはまだ時間がかかるだろう。

そして何より筆者が感じる燃料電池車の一般化への道の遠さは、水素を充填するためのタンクがレイアウトに大きな制約を生んでいること。JC08モードで750kmを走るクラリティには水素タンクが2つ搭載される。うち1つはリアシート後方に搭載されるが、その巨大さゆえにトランクスペースは限られる。これだけ全長が長いクルマながら、ラゲッジスペースはゴルフバックが3つしか入らないのだ。そしてもちろん、タンクがあるがゆえにリアシートを倒すことはできない。となるとクルマの形状としてもセダン系の、トランクと車室が完全に分離されたものしか作れないわけだ。そう考えると今回、クラリティはミライの4人乗りに対して5人乗りを実現してはいるものの、通常の内燃機関車はもちろん、EV以上にレイアウトに制約がある。ここは大きなポイントといえる。

トヨタのミライもそうだが、やはりこうしたレイアウト上の制約を払拭するには、クルマをさらに大きく作るか、タンクをよほど小さくしなければならない。その意味でも現状ではセダンタイプでないとレイアウトが成立しないわけだが、大衆への広がりを考えるとそれも微妙だ。

我々自動車ジャーナリストとしても注目すべき技術でありプロダクトであるが、生活者の視点から改めて見るとまだ「何だか良くわからないもの」であることも事実。これがいかに優れたモノであるかを説明しろ、と言われたとして走りの良さや新しさが魅力であることを説明できる。が、クルマに興味がない方にエクスキューズなしで納得していただけるような、生活の道具として魅力的であるという説明はできないのが本音である。

2020年の東京オリンッピックで世界からたくさんの人が日本にやってくる。その時に今回の燃料電池、そして自動運転がどこまで進んでいるだろうか? 大きな期待を寄せる一方で、抜本的な改革が登場するかどうかは悩ましいところだろう。

自動車ジャーナリスト

1970年5月9日茨城県生まれAB型。日大芸術学部文芸学科卒業後、自動車雑誌アルバイトを経てフリーの自動車ジャーナリストに。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。YouTubeで独自の動画チャンネル「LOVECARS!TV!」(登録者数50万人)を持つ。

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