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BMW M2に見る、巧みなモデル・ラインナップ術【動画あり】

河口まなぶ自動車ジャーナリスト

BMWのスポーツモデルには代々、「M」という車名が与えられる。BMWのモータースポーツを受け持つM社が送り出すスポーツモデルであり、モデルラインナップの頂点に位置する。

かつてから「M3」という、BMWの基幹車種である3シリーズをベースに、ハイパワーなエンジンを搭載しサスペンション等をスポーティに仕立てたモデルが存在しており、これは今M3とM4(そのクーペ版)が存在する。その他に、5シリーズをベースにしたM5や、6シリーズをベースとしたM6、さらにはSUV(BMWではSAVというが)であるX5やX6をベースにしたX5MやX6Mというモデルも存在する。これらは全て、ベース車両に対してハイパワーなエンジンを搭載して、サスペンション等をスポーティに仕立て、内外装に専用のパーツ等を与える仕立てが共通している。そうした「M」モデルの中で、末っ子となるのが今回試乗したM2というモデルである。

M2はそのネーミングから分かるように、コンパクトなクーペである2シリーズ(1シリーズのクーペ版が2シリーズだ)をベースにしており、ここに3.0Lの直列6気筒ターボ・エンジンを搭載。このエンジンは最高出力370ps、最大トルク47.4kgmを発生させ、1580kgのボディを軽々と加速させる。0−100km/h加速は4.3秒という俊足を誇る。

M2はBMWのラインナップの中ではコンパクトなボディに、パワフルなエンジンを搭載した実に魅力的な1台だ。実際に運転すると圧倒的なパワーで痛快な走りを提供してくれる。その上で適度なサイズなので普段の足としても使える感覚を備えており、クーペゆえに2ドアがやや不便だが乗員も4名となっている。つまり一級のスポーツカーにも関わらず実用性も備えている。安全装備等に関しても、アダプティブクルーズコントロール等も備えている。

このM2の価格は770万円。サイズからすると高額なことに間違いはないが、その性能と走りの実力および質の高さ、そして作り込みや実用性、ブランド性等を様々に考えあわせるとむしろ高くないといえる1台だ。

それにしても関心するのは、BMWの巧みなモデル・ラインナップ術だ。このM2、サイズや価格でいえば、かつてのM3に相当するモデルである。つまりかつてのM3の立場に、そっと入れ替わったと言っても良い存在である。

ご存知のように(特にドイツ車は)、自動車は代を追う毎にどんどんサイズアップして車格を向上させていく。そうした流れの中にあって、かつてはBMWのエントリーモデルという感覚さえあった3シリーズは今や、ミドルクラスのモデルへと成長を果たした。BMWが抜かりないのは同時にその下に1シリーズというハッチバックモデルを用意したことで、これによって顧客層を拡大して成長を果たしている。もちろん今回は割愛するが、同時にSUVモデルも幅広くラインナップして選択肢を増やしている。

こうした流れの中にあって、かつてクルマ好きが夢見たM3は今では1000万円をオーバーする価格のモデルへと位置付けられるようになった。その成長の様は、ファンにとっては嬉しさもある一方、身近さを捨てて自分から離れていく感も覚えたものだろう。

が、BMWはしっかりとそこに後釜であるM2を用意して、我々を再び悩ませるのである。そうして見ているとドイツ・メーカーは市場を巧みに開拓していく能力に長けていると感じるわけだ。名車としての実力と名声を高めるための成長を施す一方で、次の戦略的モデルを配していく。こうすることによってユーザーにとっては選択肢が増えるメリットがもたらされ、メーカーにとっては市場の拡大が実現していく。

この辺りには、戦略的先見性が存分に感じられる。ノーマルモデルですら徐々にパワーアップさせ、徐々に装備をリッチにしていく。そしてマトリクスを常に見て、空いたマスに入れるモデルを作ると同時に、巧みにその市場を開拓していく様は見事だ。

事実、こうしてクルマ好きにとって魅力的なM2を提示する一方で、そこまで高性能・高価なモデルは無理、と考える人にはM235iというモデルが用意されている。こちらは3.0Lの直列6気筒ターボを搭載し、最高出力326ps、最大トルク42.6kgmを発生。そして価格は613万円からとなっている。そしてさらにその下には…といった具合で、様々なラインナップが用意されているのである。

しかも罪作りなのは、どちらに乗ってもその乗り味走り味、見た目や装備の満足度が高い、という点である。この辺りの実にきめ細やかで購入意欲を煽るラインナップ術は、残念ながら日本のクルマには真似できない部分でもある。

自動車ジャーナリスト

1970年5月9日茨城県生まれAB型。日大芸術学部文芸学科卒業後、自動車雑誌アルバイトを経てフリーの自動車ジャーナリストに。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。YouTubeで独自の動画チャンネル「LOVECARS!TV!」(登録者数50万人)を持つ。

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