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トヨタ86やスバルBRZにこそ(スポーツカーにこそ)、必要なもの

河口まなぶ自動車ジャーナリスト

自動車専門webサイトである「Carview!」に、トヨタ86の試乗記を記した。その記事の後半のページにおいて、私はこのように記している。

ただ、登場が4年前のクルマであり、抜本的な改革をするには難しい作りのためある意味仕方ないとはいえ、例えば安全装備では最近のトレンドである自動ブレーキ等は全く入っていない(入れられない)。また、2012年登場にもかかわらずUSBポートは未だ標準装備されないなど、どこか昭和な感じが漂うのも実際だ。

出典:Carved!

するとコメント欄には案の定、スポーツカーには自動ブレーキなどは不要…といった論調が多く見られたのだった。

引用からもわかるように、トヨタ86とスバルBRZはビッグマイナーチェンジとはいえ、「抜本的な改革をするには難しい」と私自身が記しており、この2台に自動ブレーキをつけるのは難しいことはわかっている。だが、今後はたとえスポーツカーであってもこうした装備は必須になる可能性があるし、86とBRZへの装着は無理だとわかっていてもあえて提言しておく意味はあると思っている。

なぜならまず、世界ではもちろん日本政府も今後は新型車に自動ブレーキを義務化するかを検討している段階であり、今後の自動車は等しくこれまで以上の安全を担保する必要がある。そしてそれは例え走りが命のスポーツカーであろうと今後、間逃れないのは明白だ。

さらに記しておけば、ここ数年で自動車の暴走による一度に多数の死亡事故が何件も発生しており、その中にはスポーツカーによる暴走も含まれていたことは皆さんも記憶に新しいはず。そうしたことを考えても、スポーツカーとはいわず、全てのクルマにこうした装備は必須になってくるといえる。というかならなければならない。技術的に可能であれば、それは必ずなされるべきだ。

スポーツカーは走りを楽しむ存在でもあるがゆえに、確かに全ての操作を自分自身で行いたい欲求がユーザーの側にあることは私もわかっている。しかし、自動ブレーキや前車に追従してアクセルやブレーキを自動制御するアダプティブ・クルーズ・コントロールは、そうした走りの楽しさを犠牲にしたり、削いだりするものでもない。レーダーやセンサー、カメラといったパーツが必要となるが、これらは義務化されればスケールメリットでコストはさらに低くなり、小型軽量化も時代とともにどんどん進んで行く。そうした流れならばコストも重量もそれほど増えず、軽量で安価なスポーツカーの根本を脅かさない。また制御自体も主にブレーキを作動させるものだから、何か走りを害するようなものが付加されるわけではない。さらに今後を考えれば、スポーツ走行時にはそうした制御を限定的に解除する方法だって容易く考えられるはずだ。

私は個人的に、スポーツカーのような存在にこそ自動ブレーキやアダプティブ・クルーズ・コントロールは備わっていて欲しいと思う。なぜならばスポーツカーの本質は、「走りを楽しむ存在だと考えている」からこそなのだ。

例えば週末にワインディングやサーキットに走りを楽しみにいく…というのはスポーツカーのオーナーにとっては十分にありうるシチュエーションであり、多くの方はそうやって楽しむのだろう。が、残念ながら週末の道路は混雑することも多く、特にワインディングやサーキットへの行き帰りの道すがらは渋滞があって不思議ではない。また昨今、こうした行き帰りの道すがらでスポーツカーの走りを楽しむ…というのは、なかなか難しいのが実際。それにそうした行き帰りの道中において、スポーティな排気音を響かせて走ることは眉をひそめられる要因にもある。ただでさえ目立つスポーツカーはそんな状況ではむしろ、周りのお手本となり尊敬されるくらいの慎ましさが求められる気がしている。

だから週末の渋滞のようなシチュエーションはむしろ、スポーツカーにとっては我慢して過ごすべき時間だろう。中にはそうした我慢をしてこそスポーツカー…と考える方もいるのかもしれないが、こうした状況ならばむしろアダプティブ・クルーズ・コントロール等にまかせて走行する方が楽だし、安心・安全である。さらにいえば、こうしたシーンは”走りを楽しめない”状況なのだから、むしろクルマ側に任せた方が賢明だろう。その方が、走りを楽しめるシチュエーションでしっかり楽しむというメリハリも効くはずだ。そしてそうした割り切りを備えている方が遥かに「走りの楽しさを追求する」存在ではないかと私は思う。

また自動ブレーキやアダプティブ・クルーズ・コントロールは、大きなパワーを備えて、一瞬にして鋭い加速や挙動を生むようなスポーツカーにおいては、万が一の誤操作を担保してくれるともいえる。例えば以前に起こったスポーツカーの暴走による小学生多数の死亡事故は、ドライバーがクルマを操れなくなったことに起因していた。そうした時、クルマの側に安全装備が充実しており、何かしらの制御がなされれば不幸な事故も防ぐことができる。

事実、少し前までスポーツカーに余計な電子制御は不要という考えもあったが、いまや新車で買えるスポーツカーは全てブレーキロックを防ぐABSも、横滑りを防止するESPも標準装備している。そしてこれらによってクルマは、そしてスポーツカーは、かつてとは比べものにならないくらい安全になった。事実ESPの装着による自爆事故は、普及後は自動車事故を44%も低減したというデータもあるほどだ。

自動車ジャーナリストである私自身も、走りの楽しさ気持ち良さを存分に味わえるスポーツカーは大好きであり、ワインディングやサーキットを走るのも大好きだ。そして実際に自分自身でもスバルBRZを所有している。だが、そうした装備を後付けできないようなクラシックカーでなく現代のクルマやスポーツカーをであるならば、安全装備は充実していることに越したことはないと考えているし、それがあってこその現代の最新スポーツカーだろうとも思っているほどだ。

そして何よりこうした安全装備は、今後の商品としての魅力というよりデフォルトとしてあって然るべきと考える。この先数年を生きて行く商品であれば、自動車メーカーとしてそのあたりを想像するのは当然の話でもある。

もちろんトヨタ86とスバルBRZが、そうしたものを備えていないからダメだというつもりはさらさらない。が、今後も販売していく商品であるならば、そうした部分は意識して欲しいというのが私の想い(もっともメーカーサイドは当然そんなことは分かっているのも承知で書いている)でもある。

そして何より我々ユーザーが、もっともっとそうした部分に敏感でなければならない。実のところ、自動車メーカーは非常に良くその辺りをリサーチしており、コストとニーズを天秤にかけて「トレンドではあるけれど省いていいもの」を正確に割り出している。特にひと昔前は、日本のユーザー向けならばこのくらいの装備をしていれば大丈夫、という考えがあったのが実際なのだ、安全装備等で。

だから、スポーツカーは軽量であるべし!シンプルであるべし! という理想論や原理主義を抱くのも良いのだが、果たしてそんなものはどの自動車メーカーも商品として出さないのが実際。スポーツカーの原理を極めて他の追随を許さないマツダ・ロードスターですら、この時代に必要な安全装備をしっかり用意している。そうしながらライトウェイトな重量も、コストもクリアして、アフォーダブルな価格を実現してきちんと利益を出していることを忘れてはならない。昔は良かったという価値観にしばられてその場所に止まっていては、現代のクルマやスポーツカーはいつまで経っても面白いと思えないだろう。そうした流れ等を把握して、この時代においての自動車、そしてスポーツカーに求められるものをしっかりと理解した上で、走りの楽しさ気持ち良さや美しいデザイン、クルマとしての様々な味わいを求めるようなエンスージアストがもっといても良いのではないか? と思う。

少なくとも私は、そうした地平を見出して求めていかなければ日本のスポーツカーはどんどん、世界のライバルから遅れて魅力のないものに成り下がってしまうと思うのだ。

自動車ジャーナリスト

1970年5月9日茨城県生まれAB型。日大芸術学部文芸学科卒業後、自動車雑誌アルバイトを経てフリーの自動車ジャーナリストに。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。YouTubeで独自の動画チャンネル「LOVECARS!TV!」(登録者数50万人)を持つ。

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