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「ミスは絶対悪か?」-ミスを“正義”で裁く現代社会

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著作者: blinkingidiot

謝罪会見を見る度に、

「いったいダレに、謝っているのだろう?」

「なぜ、こんなに謝らなきゃいけないんだろう?」

そんな釈然としない気持ちになる。そして、ミスを犯すことへの恐怖心が植えつけられる。ここ数年、幾度となく、『ミスる→叩かれる→謝る→また、叩かれる』という謝罪会見が繰り返されている。特に小保方さんの“会見”後の世間の反応のあれこれは、寒心に堪えなかった。 あの会見の目的が、「わからなかった」という思いもあるが、今回ほど「ミス」の怖さを思い知らされる出来事はなかった。

で、今。「ミスをしない能力」を求められる傾向が、ここ数年で、高くなっていることが、独立行政法人 労働政策研究・研修機構が行った調査で明らかなった(全国の2万6586名を対象に、昨年10月に実施)。

調査では、「最近(ここ5年程度)、重要になっている行動や能力は何ですか?」という設問を設け、意欲・やる気、積極性・主体性、粘り強さ 、ミスがないこと、計画性、協調性、気配りなど、約70個の選択肢から選んでもらう形式をとった。

その結果、「ミスがないこと」がトップで、「意欲・やる気」、「コミュニケーション能力」、「責任感」が続いたのだ。

また、「働く人たちの状況」を把握するために用いた18個の設問では、7割以上が、「ミスが無いように気をつかうことが多い」と答えトップだった。

一方、働く人たちの職場の状況は、「仕事のテンポが速まったにもかかわらず、仕事の範囲が拡大し、高い専門性やスキルが必要となった(仕事の高度化)」、「チームでの仕事が増え、メンバーとの関係性が重要になった(対人処理の重要性)」、

「課せられるノルマや債務が重くなった(成果主義化)」の3つの傾向が示された。

仕事の高度化、対人処理、成果主義。これらの職場環境は、いずれもミスを誘発する危険因子といっても過言ではない。にもかかわらず、個人に求められる能力としての、「ミスのなさ」への要求が高まっている。

「ミスをしないこと」が求められる世の中でありながら、ミスが起こりやすい環境で働かされている。とんでもない状況に、私たちは置かれているのである。

おまけに、世間のミスに対する許容度は、年々厳しくなっているので、たった一回でもミスをすればダメなヤツと烙印をおされ、トカゲの尻尾切りの対象になる。

そんなとき振りかざされるのが、「正義」という善魔だ。今回の小保方さん事件では、いろんな正論や正義が飛び交っていた。やっかいなことに正義は、問題の本質をついているようでいて、すり替える。正論は、道理にかなっているので、「確かに、そうだね」としか言えなくなる。そして、その「正義」に乗っかる人々を心地よくさせるのだ。

「シャーデンフロイデ」――。

これはドイツ語で「欠損のある喜び」「恥知らずの喜び」を意味し、他者の不幸、悲しみ、苦しみ、失敗を見聞きした時に生じる、喜び、嬉しさといった快い感情、と定義される。平たく言うと、「他人の不幸は蜜の味」に近い感情である。シャーデンフロイデは嫉妬心や妬みと強く関連し、自己愛の強い人ほど強い。

シャーデンフロイデは “正義”の裏の感情である。つまり、ミスが起きるとやたらと正論を吐く人がいるが、正義という綺麗な言葉で、シャーデンフロイデという自分のブラックな部分を隠すのだ。

不思議なもんで、人間というのは嫉妬する自分を恥ずかしいと思うらしい。必死にその嫉妬心を隠すために、一瞬でも“あら”を見つけると、正義を振りかざす。

これって、倫理的にどうなのよ? 研究者としてどうなのよ? 責任とってないでしょ? といった具合に、だ。

「でも、そうはいっても、最近は信じられないケアレスミスをする、大バカものが増えたじゃん」

そう苦言を呈する人は多いに違いない。

でも、時代に関係なく若者は未熟だし、「信じられないミス」は、昔も起こっていたんじゃないだろうか。もし、違いがあるとすれば、昔はそれが「ミス」になる前に防ぐことができていたんだと思う。

例えば、携帯がなかった時代には、電話のやりとりを聞いているだけで、「おい、さっきの大丈夫か? ○○したほうがいいんじゃないか?」なんてアドバイスを、先輩社員がすることもできた。

パソコンがなかった時代には、顔を突き合わせて仕事をしていたから、なんかちょっとでも部下が変なことをやっていたら、簡単に見つけることもできた。

互いが何をやっているのかが嫌でも視界に入った時代は、先輩のやり方を自然と覚えることだってできた。

ネット検索がなかった時代には、先輩に聞くしかなかったし、コピペができなかった時代には、手書きで書いているうちに、「あれ? これって変だな?」と自ら気付くこともできた。

「昔はよかった」とか、「昔に戻ろう!」と言うつもりはない。

ついつい私たちは、ミスが起こると「対策を立てねば」と躍起になり、「ミスを事前に見抜く、チェック体制」ばかりを整備しようとするが、部下を思いやる上司の行動が、部下の「ミスをしない能力」を作るんじゃないかと思ったりもする。

ミスをして叩きのめされる世の中よりも、ミスが成長につながるような世の中を目指したほうがいう。

だって、人はミスを犯すもの。どんなに優秀な人でも、どんなに気を付けていても、ミスが起きてしまうことはあるのだから。

参考記事

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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