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ウツも自殺者も切り捨てる、“自己責任至上主義”の恐怖ーOECDからの警告ー

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著作者: martinak15

いったいいつからこんなにも、自己責任至上主義が、蔓延するようになったのだろうか。

「日本は、精神障害者に対する社会の認識を変える必要がある」ーーー。

こんなちっとも喜ばしくない指摘を、OECDから受けた。

先進国34カ国が加盟する経済協力開発機構 (OECD)が、各国の精神医療に関する報告書をまとめたところ、日本の精神科病床数は、OECD平均の68床の4倍の269床もあり、突出していることが明らかになった。その根底にあるのが、精神障害者への理解不足だ。

「和」を重んじ、「親切」と評される日本で、

「精神障害者への偏見が、患者の地域生活を支える人的資源や住居の不足につながり、病院での生活を余儀なくさせている」

と厳しく指摘されたのである。

また、報告書では年間の自殺率についても触れられ、日本の自殺率はOECD平均の10万人あたり12.4人の、倍近い20.9人で、「要注意に値する数値」だと警告された。

日本では、「自殺者が3万人を切った」などと平然と報道されているが、まだまだ異常な状態が続いているのだ。

今から2年程前、「大企業の8割に『メンタル不調』の従業員 理由の過半数は『本人の性格』」という結果が報じられたことがある(平成23年労働災害防止対策等重点調査)。

メンタルヘルス不調者が増えている背景を踏まえ、その理由を聞いたところ(複数回答)、「本人の性格の問題」という回答が64%と6割を超え、「家庭の問題」(35.2%)、「上司・部下のコミュニケーション不足」(30.6%)などを大きく引き離して最も多かったのである。

それまではもっぱら、「コミュニケーション不足」とか、「仕事量の増加」といった理由が上位を占めていたのに、いつの間に、「本人の性格」などという、自己責任とも取れる回答がトップになってしまったのだ。

「だって、厳しい状況にあるのはみんな同じだし~」

そんな思いがあるのだろうか。

あるいは、

「コミュニケーションの問題とか、仕事の負荷を減らすとか、いろいろと取り組んできたけど、ダメな人はダメなんだよ~」

そんな思いもあるのかもしれない。

いずれにしても、メンタル不調になった原因を、「本人の性格の問題」と、堂々と回答する人が6割強も存在しているという現実は、「ウツになるのは、自己責任」と考える人が増えていることを意味するのではないか。

少々大袈裟な解釈かもしれない。

でも、誰だって、ウツになる可能性があるのに。誰だって、いつ、なんどき、どうにもならない状況になるかもしれないのに。

「性格の問題」と6割以上が回答するという事実は、

「ウツになるのって、結局は個人の問題でしょ?」

そう言っているのと変わらないのではないだろうか。

誰でも必死に働いてれば1回や2回は心の病になりかけたことがあるはずだ。

だって、メンタル不全に陥るのは「性格の問題」だけでもなければ、「個人の努力不足」によるものでもない。その多くは、その個人が置かれた環境に大きく左右される。

少なくとも私にはある。毎晩、夜になると蕁麻疹に襲われ、パソコンに向かう度にめまいがした……。自分でも気が付かないうちに、相当のストレスがかかっていたときがあったのである。

当時を思い返すと、「ああ、ウツの一歩手前だったのかも」と思っている。

だが運よくメンタル不全にはならなかった。

『キミは十分に頑張ってるよ。自分に自信を持ちなさい』と、ある人に言われ、ス~っと楽になったのだ。「今のままでいいんだ」――。彼の一言で、そう思えるようになり、救われたのである。

もちろん環境をどんなに変えたところで、ウツの人やメンタル不調を訴える人がゼロになることはないかもしれない。

だが、「本人の性格の問題だから」──。

そう個人の問題にしてしまった途端、すべてが放棄され、ちょっとだけ弱い人、ちょっとだけへなちょこな人、ちょっとだけ仕事がうまくできない人、ちょっとだけ人間関係を築くのが下手な人。そういった人たちは切り捨てられる。

ストレスは人生の雨だ。誰の頭の上にでも、雨は降り注ぐし、誰1人として、雨を避けて通ることはできやしない。

雨にびしょ濡れにならないためには、傘を差すしかない。だが、自分の傘ではどうすることもできないストレスの雨に降られることだってある。

そんな時に、「傘を貸してもらえませんか?」と頼める心の距離の近い人がいたらどんなに心強いだろうか。

「でも、それって依存するってことでしょ?」

そう思う人もいるかもしれない。

だが、傘を借りることは、決して、依存することではない。

「傘を貸してください」と傘を借りたら、必ず自分の手で持ち、自分の足で雨の中を歩く。もし、自分1人では重たくて傘を支えられなければ、「一緒に手を添えてもらえませんか」とお願いする。自分1人で雨道を歩く勇気が持てなければ、「すみませんが、背中を押してもらえませんか」と頼んだりする。

つまり、傘を借りるという行為は、ストレスの雨を歩ききるための“伴走者”を得ること。

どんな人でも、自分ではどうにもならない事態に遭遇することがある。そんな時に伴走してくれる人がいたらどんなに心強いことか。人間には不思議な底力があって、「どうにもならない時には、あの人の傘を借りよう」と思える人が“いる”と確信できるだけで、ギリギリまで自分の力で踏ん張ることだってできる。

精神障害者への理解不足。

高すぎる自殺率。

「性格の問題」と回答する人々。

その背後に潜む、自己責任至上主義。

いつの間にか、傘を貸すことを嫌う人が増えてきているように思えてならない。

できることなら、弱った人、雨にびしょ濡れになっている人に傘を差し出す人がいる会社や、社会であってほしいと思う。

だって、「必死に働いていれば、1回や2回はそんなこともある」のだから。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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