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“働かないオジサン”を増殖させるステレオタイプの脅威-“お荷物オヤジ社員“の遠吠えー

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者:*mjranum-stock

お荷物ミドル、お荷物エルダー、働かないおじさん、使えないバブル世代……。

「追い出し部屋」という言葉が、世間に知られるようになってからだろうか。組織のイス取りゲームから外れた40代以上の人たちに対して、ネガティブなネーミングがされるようになった。

「高い給料だけもらって、何もやらない給料泥棒!」

「組織にしがみついて、逃げ切ろうとして。いい加減にしてほしい」

「あの人たちがいるおかげで、若い世代がしんどい思いをするんだよ。どうにかしてくれよ」

と、働かないお荷物となったオジサンは、批判される。

だが、当たり前の話ではあるが、“お荷物”と揶揄されるオジサンの中には、「もう一仕事、がんばろう!」とラインを外れようとも、役職を取り上げられようとも、頑張っている人たちはいる。ところが、カテゴライズ化されたキャッチーなネーミングの存在が、彼らの“気持ち”を揺るがせる。

「自分も働かない、お荷物オヤジと思われているんじゃないか」と。

直接ダレかに言われたわけでもないのに、気が滅入る。

「最初は、どうにかしようって、あれこれ試してみたんですが、ダメですね。そんなわけで、私…、心療内科に通ってます」

こう切り出したのは、某大手企業に勤めていた50代の男性である。

彼は昨年、系列会社に出向になった。役職定年して、1年後の出来事だった。

「自分が心療内科にお世話になるなんて、想像したこともなかった」と、肩を落とす彼を疲弊させた、ストレス豪雨の正体はナニ?

ということで、何かと非難されることの多い、「お荷物オジサン」が、なぜ、ホントに働かないオジサンになるかを今回は書こうと思う。

「辞令が出た時には、やはりショックでした。ただ、役職定年になってからと、私には明確な仕事がなかった。そんなとき人事に呼ばれ、“営業を強化したいので、これまでの経験を生かしてください” と、関連会社に異動になった。

実際は、“もう、うちの会社にはアナタの居場所はない”という人事だったんだとは思います。でも、こういう時が来るのは、役職定年になったときに覚悟していたので、 “よっし、やってやろう!”って、むしろリセットできるチャンスだと思えたんです」

「ところが異動してみると、現実はそんなに甘くなくて。営業強化って言われていたのに、実際は事業を縮小させるのが自分の役目。負債部門をなくして、人員も減らす。1つも前向きな仕事がない。しかも、その関連会社の社員は役職定年になった人や、グループ会社から追いやられた人もいて、ほぼ全員やる気がない。50過ぎた人たちは、そう簡単には変わりません。誰1人、やる気を出さない。働かない。動かない」

「で、ふと思った。あれ? ひょっとすると、私も、彼らと同じような、働かないお荷物オヤジなのか? って。自分ではアレコレやってるつもりでも、客観的にみると、私は何もしていないんじゃないかって。私がここにいること自体が、お荷物なのか?って。で、気が付いたら、心療内科のドアを叩いていた。サラリーマン人生の最終章で、お医者さんのお世話になるなんて、想像したこともありませんでした」

こう男性はため息交じりに話してくれたのである。

そう。前述の男性を苦しめたストレス豪雨の正体とは、“お荷物オジサン社員”という、レッテル張り。彼は、「ステレオタイプ脅威(Stereotype Threat)」の雨に、びしょ濡れになっていたのである。

ステレオタイプ脅威は、「自分と関連した集団や属性が、世間からネガティブなステレオタイプを持たれているときに、個人が直面するプレッシャー」と定義され、その脅威にさらされた人は、不安を感じ、やる気が失せ、パフォーマンスが低下することがわかっている。

例えば、「女性は数学が不得意」というステレオタイプが存在した場合、その“世間のまなざし”を意識した女性は、本当に数字が不得意になる。「老人は物忘れがひどい」というステレオタイプは、本当に老人の記憶力を低下させる。

「ウチの部下は使えない」と上司が、あっちこっちで言い続けていると、ホントに部下が「使えなく」なってしまうように、だ。

「でも、それって、周りの視線とか気にする人の場合だけでは?」

答えは、ノー。

その当人が、「女性は数学が不得意なんてあり得ない。男性とか、女性とか性別によるもんじゃない」とステレオタイプに否定的であろうとも、世間から「女の人って、数学苦手だよね~」と言われ続けると、まるで魔法にかかったように、「数学が苦手」になるケースが度々観察されているのである。

しかも、彼のようにステレオタイプどおりの行動をとる、「働かない、やる気のないおじさん」に囲まれると、ストレスタイプ脅威は威力を増す。行動が伝染するのだ。ストレスタイプ脅威は威力を増し、その集団が孤立した状況に置かれているほど、“伝染力”は強まるとされている。

つまり、この男性は、まさしくそのステレオタイプの負のスパイラルに彼は引き込まれつつあったのである。

ステレオタイプ、恐るべし!

もちろん、侮蔑的なステレオタイプだけが、パフォーマンス低下の原因ではない。が、世間のまなざし=ステレオタイプは、個人の行動をも左右する、実に厄介な代物。

たかがステレオタイプ、されどステレオタイプ。ステレオタイプ、恐るべし! なのだ。

でも、オジサンたちって、ホントにお荷物なのだろうか?

労働政策研究・研修機構が、昨年4月に施行された改正高年齢者雇用安定法を受け、企業の対応状況(高年齢者雇用確保措置の整備状況等)や人事労務管理制度等への影響について調査した結果、雇用延長をポジティブに受け止めている企業も結構あった。

「総額人件費が増える」といった否定的な意見と同程度の割合で、「ベテラン社員の残留で現場力が高まる」などの好意的な意見が、上位を占めたのである。

さらに、インタビュー調査では、

「人手不足の状況の中で、経験もあり技能も高いベテラン社員を確保できるので、再雇用社員が増えることは、むしろプラス面の方が大きい」

「わが社では、再雇用社員の賃金水準を引き上げた。その代わり、年齢にかかわらず現役同様に働いて欲しいというのが会社の考えであり、勤務形態はフルタイムしか認めない。また、役職を継続するケースもある。賃上げによって、再雇用社員だけでみれば人件費増となったが、同社は若年社員が多く、会社全体でみれば賃金の内転が起きたような状況であり、大きな影響ではないとしている」

と、会社側が「もっと働いててください!」とメッセージを送っているケースも存在した。

つまり、「使えない」とか、「お荷物」とか、「働かない」というシンプルでキャッチーな言葉では表現できないほど、現実は複雑で、ゴチャゴチャに入り組んでいるのである。

実は、同じステレオタイプでも、ポジティブなモノは、パフォーマンスを向上させるとの研究もある。

男性の平均寿命が80歳を超えたこのご時世では、「ラインは外れたし、役職もなくなったけど、65歳の最後の日まで元気に務めあげよう!」と、誰もが、笑顔でいれるようなポジティブなステレオタイプが広がったほうがいい。

さて、どんなネーミングが、今回の男性のようなやる気あるオジサンが悲鳴をあげなくなるのだろう。

忍者オジサン、ダメよ~ダメダメオジサン、こまわりクン……。

あれ? なんか違う?? とにかく私も……、考えてみます。うん、考えよう。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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