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テロで空いた“心の穴”は、フランス人やアメリカ人だけのモノなのか?

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者: A. Pagliaricci

アメリカ、フランス、イラク、シリア……。国も違えば、宗教も違う。文化も違えば、言葉も違う。でも、そこには“人”という、切なくて、愚かで、弱くて、強い、同じ“人間”がいる。

大切な人を失ったとき、とてつもない恐怖に襲われたとき、理不尽な人生に翻弄されたとき、心には“穴”があく。

2001年9月11日。世界中を震撼させたニューヨークで起きた同時多発テロ。約3,000人が死亡し、生存した人たちの心にも、ポッカリと穴が空いた。

PTSDー外傷性ストレス症候群。

親しい人が死んだり、死を意識するような強い体験によって、心理的なトラウマ(外傷)が生じ、フラッシュバック、悪夢、幻覚、うつ傾向、不眠などの症状を生じる障害である。

※(PTSDの症状が3つ以上、少なくとも1カ月以上続き、かつ生活や仕事に大きな影響を与えているものをPTSDと認定)。

ニューヨークのテロ発生時にビルの中にいて、避難して生き延びた民間人の、3年後の心の穴を調べた論文がある。タイトルは、Long-term Posttraumatic Stress Simptoms Among 3,271 Civilian Survivors of the 9.11,2001 Terrorist Attacks on the WTC。

論文によれば、対象者の95.6%に、PTSDに関係する症状が一つ以上あり、対象者の15.0%が、PTSDの疑いと判定できることがわかった。男性より女性、富裕者より貧困者で、その割合は高かったという。

さらに、PTSDのリスクを高まる要因として、次の5つがあることが分析の結果が明かになっている。

  • 飛行機が衝突した階より上の階にいた
  • 避難が遅れた
  • ビルの崩壊で生じた粉塵を浴びた
  • 他者の負傷や死亡などの恐怖を目撃した
  • 自分自身がやけどや骨折などの負傷をした

15%のPTSDと判定された人と、80.6%(95.6ー15%)のPTSDの症状はありながらも、PTSDではなかった人。

その境目はなんだったのか?  衝撃の強さか? それとも穴の大きさの違いか?

答えは、どちらでもない。

「一緒に生きて行こう」と心の距離感を縮め、共に歩いてくれる他者を得ることができたか、どうか。そっと温かい手を差し伸べてくれた人と、出会えたか否かだ。

勘違いしてはいけないのは、一度あいた“心の穴”は、どんなに時間が経とうとも埋まるものではない。ましてや、その死に対して自分がどうすることもできず、死から救ってあげることができなかった時の、心の痛みはとてつもなく大きい。悲しみに自責の念が重なるのだ。

健康社会学では、この“心の穴”を、グリーフ(grief)という。

グリーフ(=ポカリとあいた心の穴の痛み)は、他人から見えるものでも、一生埋まるものでもない。

だが、埋まらない穴を持ちながらも、そっと温かい手が差し伸べられたとき、その穴があることを受け入れる強さを人間は持っている。

生きる力。

そう、「一緒に生きて行こう」と心の距離感を縮め、共に歩いてくれる他者を得ることができたとき、悲しみを乗り越え、前を向いて歩いて行こうと、人間の強さが引き出されるのだ。

人は、どんなに悲しくても、生きて行かなきゃならない。でも、1人ではどうすることができない。踏み出そうという勇気も、顔をあげる力も、どうやっても出てこない。だが、そこに他者の温かい手があったとき、その手を頼りに前に歩き始める。

せつない。そして、強い。それが、人間という存在なのだ。

イラン、シリア、の人も同じだ。空爆で、大切な人を失った人たちもいる。日々、一秒単位で死を意識せざるおえないような恐怖にさらされている人たちがいる。

心の穴は、テロ、だけで空くものでも、欧州の人だけが空くものでもない。イランやシリアの人たちも、子どもたちも、穴がぽっかりあき、はてしない悲しみと戦っているのではないか。

彼らの“心の穴”に、手を差し伸べる人たちはいるのだろうか?

何人も罪のない人たちの命が奪われているにもかかわらず、報道されることも、世界から花を手向けられることもない人たち。その側で、ポッカリと心の穴が空き、悲しみのどん底にいる人たちがいる。

もし、、そう、もし、その人たちにISが手を差し出したら……。飴と鞭を使い分けるのが上手い彼らが、そっと優しく手を差し伸ばしたら? 

その手を握ってしまうかもしれない。

つい、頼りにしてしまうかもしれない。

憎むべき対象がいる、ということは、ネガティブな生きる力のエナジーを高める魔物だ。その魔物の罠にはまったとき、人は他者の心に穴をあける狂気となるのである。

「じゃ、アンタは今、この日本で、何を、どうすればいいと思ってるんだい? テロとどう向き合えばいいんだい?」

残念ながら、私にはそれを即座に答える知能も、知識も持ち合わせていません。当然ながら、テロリストを正当化しようなんて気持ちもさらさらない。

でも、国も違えば、宗教も違う。文化も違えば、言葉も違う。でも、そこには“人”という、切なくて、愚かで、弱くて、強い、同じ“人間”がいて、同じように、心の穴が空く、ということを伝えてくて、書くことにしました。それが私なりの向きあい方。

そして、できることなら、みなさんにも、心の穴のこと、ほんの少しだけ、考えてみて欲しいと願っています。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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