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「40代以上のひきこもり」を見捨てた、役人たちの“いいわけ”

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著者:Miss Sydney Marie

“大人のひきこもり”平均22年、支援途絶える」との見出しで、読売新聞が1月23日付の朝刊で報じた内容はネットでも話題なった。が、その“ウラ”の許し難い情報は報道はされていない。

実は「40代以上はどうなってもいい」ーーー、と受け止められても仕方がない“国の姿勢“が存在していたのである。

今から4ヶ月前の9月7日、内閣府は「若者の生活に関する調査 報告書」を公表。

この調査は、6年前に内閣府が初めて行った「ひきこもり」に関する全国調査の2回目で、国内の約5000世帯(本人3,115人、家族2,897人)に向けて行われた。

その結果「ひきこもり群」の出現率は1.57%、推定約54万人で、前回調査した2010年の推定69万人(出現率は1.79%)に比べて約15万人減少していたことが明らかになった。

そこで内閣府は「約15万人も減少した」と記者発表し、「ひきこもりの人への支援がある程度効いたのではないか」と、成果を強調した。

ところが、である。

実は、この調査は15~39歳以下の5000人とその家族に行われたもので、既に社会問題化していた「40歳以上」を対象から外していたのである。

6年前の前回調査で、「ひきこもり」が最も多かったのは35~39歳で、その割合は全体の23.7%。全体の4分の1を占める「現在40歳以上」の人たちをカウントせず、「15万も減った」と豪語した。

これではただ単に「69万人から54万人に減りました!ひきこもり対策が進んだためです!」と、国の政策の評価を強調したいためだけに行ったのでは? と受け取られても仕方がない。

仮にこの調査を生かすのであれば前回調査と年齢別の比較し、その割合から39歳までの各年齢層の出現率を比較する結果にとどめるべき。

「39歳までの出現率は前回より、0.3ポイントほど低下したが、前回調査で全体の4分の1をしめた35歳〜39歳は40代に突入しており、その人数は把握できていない」

と、私が担当者ならこう正確に伝えたし、「約15万人も減少した」と発表した途端、その数字だけが一人歩きしていくことを、内閣府は懸念すべきたったのである。

そもそも「追跡調査」とは、因果関係や政策の効果を検証するための調査手法で、今回のような「ひきこもり」調査では極めて貴重となる。

1回目と同じ対象者を2回目で追跡できれば、「ひきこもりを長引かせる要因」や「ひきこもりを脱するきっかけとなる要因」の検討ができる。

また、同じ対象者の追跡でない場合でも、1回目と2回目に同様の質問項目を設定し調査を行えば社会的変化を捉えられるし、質問を工夫すればさまざまな考察を行うことが可能だ。

そのせっかくの追跡調査で、内閣府は1回目の調査でもっとも多かった35〜39歳(現40代)を、対象から外したのだ。

おまけに今後のひきこもりの支援策として、アウトリーチ研修(担当者が当事者の自宅に赴き、様々な会話を試みながら当事者が外へ出られるようにする手法)などを39歳以下のみに対象として行っていくと宣言した。

内閣府の担当者は記者から「なぜ、40歳以上をはずしたのか?」との質問に対し、こう答えた。

若者の生活に関する調査なので、対象は必然的に40歳未満になる。40歳以上は厚労省の管轄」だと。

なんというお役所らしい回答なんだ。こんな実態とかけ離れた社会調査に、どんな意味があるといのか。しかも、1回目の調査で155万人と推計した「ひきこもり親和群」についても、今回は算出しなかったのである。

社会調査は当事者たちの「声なき声」を社会に届ける重要な機会でもある。それを奪われた人たちの不安は募り、ますますひきこもりを長引かせる可能性は高い

調査に2000万円もの税金を使い、政策の効果を強調し……、40代以降の引きこもりが増加すれば、当然ながら生活保護や医療費増大に繋がっていくことくらい容易に想像できる。

すべて他人事。そう、すべて他人事なのだ。

そこで、先の読売の報道である。

9月の調査結果に憤慨した「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」が、昨年11月~今年1月にかけて40代以上のひきこもりの実態を調査。

「引きこもりの相談を受け付けている全国の自治体窓口」のうち、150カ所を調べたところ、40代のケースに対応した経験があるとの回答が62%に上ることがわかった。50代も多く、高年齢化の深刻な状況が明らかになった。

さらに、40歳以上の61人について家族らへの聞き取りを実施。

その結果、

・ひきこもりの平均期間は22年

・一度は行政や病院の支援を受けたのに、その後に途絶えていたケースが半数

・ひきこもりの間に見られた行動は、昼夜逆転(49人)や家庭内暴力(15人)などが多かった

ことが明らかになったというわけ。

ちなみに「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」とは、1999年、埼玉岩槻にて故奥山雅久氏(2011年3月、肺がんのため66歳で死去)によって創設され、ひきこもりに取り組む唯一の全国的な組織として活動を重ねてきた団体である。

奥山氏は自身も引きこもりの長男を持つ親の一人だ。

10代の頃に骨肉腫を発症し足を切断していたうえに、2000年には肺がんで余命半年の宣告を受ける。それでも全国を奔走し、「ひきこもり」の子を持つ親や、ひきこもることになってしまった本人たちを勇気付けてきた。

氏の活動によって、甘えや怠け者といった「ひきこもり」の世間イメージが、「誰もが、なんらかのきっかけになる可能性がある社会的要因による状態」に変わり、国も2度にわたって「引きこもりガイドライン」を策定。実態調査を行うまで至った。

だというのに、国は「うちの担当じゃないから」といわんばかりに、40代を排除したのである。

KHJ全国ひきこもり家族会連合会は、1月15日「内閣府調査に対する緊急提言」を行っている。

(提言書から一部抜粋)

厚生労働省の福祉事業の一環として行った、KHJ 家族会を対象とした平成 27 年度の統計では、 全ひきこもり数349名の22.9%を40歳以上が占めていたことから、内閣府の推計数 から算定すると40歳以上が16万人存在すると考えられます。したがって、少なくとも 54万人+16万人=70万人という推計をひきこもり数として報告すべきところです。

(中略)

69万人から54万人への減少は「ひきこもり対策が進んだため」と説明され ていますが、この解釈も納得がいくものではありません。都道府県政令市にひきこもり支 援センターがほぼ行きわたったのはこの1年内外に過ぎませんし、ひきこもり支援が「即 効性」を期待できない性質を有し、実際の問題解決力が付くまでに数年以上を要すること を考えれば、上の解釈は根拠のない希望的観測に過ぎないといえます。

今回の国の調査が40歳以上を対象しなかったのは、若者を40歳未満と定義した「子ども若者育成支援推 進法」をひきこもり調査に用いてきたことにあるのかもしれない。

だが、これまでもさまざまな場面で「40歳以上」は排除されてきた。

40代の氷河期世代や40代の非正規社員への支援は後手後手だし、会社では40代後半になると「さっさといなくなってくれ」といわんばかりの扱いを受ける。そして、今度は「ひきこもり」の40代は、透明人間とされてしまうのか。

今、目の前にいる40代の実態を正確に捉え、彼らが「自立」するための施策なくして未来はない。

社会的動物である人間は、生まれながらに「個」として独立した生き物ではない。関係性の中にこそ個人は存在し、唯一無二の「自立した個(自己)」など、はなから幻想にすぎない。

人が前向きに生きるには、「信頼できる人たちに囲まれている」「いろんな人に依存して自己がある」という確信を手に入れることが必要不可欠。この確信こそが、人間の内部に潜む「たくましさ」を引き出し、生きる力を高める。

依存できる環境が「個の自立」を引き出す。人間は一人ではどうしても生きられない。だからこそ、孤立している人=ひきこもり の実態を正確に把握し、支援を検討することが必要なのに。

40代以上を透明人間とする社会。どこにすべての人が輝ける社会があるというのか。

※「ひきこもり群」「ひきこもり親和群」の定義は前回はこちら、今回はこちらをご参照ください。

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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