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オーストラリア戦の先制点につながった”好守からのカウンター”。その戦術的な価値と課題を考える。

河治良幸スポーツジャーナリスト

アウェーで1−1と引き分けたオーストラリア戦は試合を通すと[4−1−4−1]の時間で戦っていたが、立ち上がりは[4−4−2]だった。実際は高めからプレッシャーをかける時に[4−4−2]、自陣に引いた時は[4−1−4−1]で相手のダイヤモンド型に対する中盤のマーキングを明確にする形で併用していたのだが、前半の途中から、さらに後半にかけては守備を常に下げざるをえなくなり、[4−1−4−1]が固定される様な形になった。

[4−4−2]でミドルゾーンから組織的にプレッシャーをかける形がはまり、鮮やかなカウンターにつながったのが、原口元気が先制ゴールを決めた前半5分のシーンだった。香川真司の左からのクロスをファーで小林悠がヘッドに行ったが、スミスとの接触で体勢を崩す形で、ボールはGKライアンがキャッチする。そこからロジッチを起点に攻撃に出るオーストラリアを長谷部誠、さらに山口蛍が連動でチェックし、バックラインに戻させたところから、日本のカウンターにつながるボール奪取が成功する。

左サイドでバックパスを受けたスミスには3つの選択肢があった。1つは斜め前のジェディナクに縦のショートパスを通すこと、もう1つは中央のセンターバックに横パスを振ること、3つ目はGKへのバックパスだ。ここでスミスが選んだのは左センターバックのスピラノビッチへのパス。ジェディナクを香川がチェックに来ていたことを考えれば安全な選択だろう。

ここでサイドにボールを変えてくると見た日本は左に守備をスライドするが、ここからボール奪取のポイントになったのが香川の動きだった。ジェディナクのマークを本田に受け渡すと、原口が左に動くことでフリーになったムーイのチェックに走った。この間にスピラノビッチからショートパスを受けた右センターバックのセインズバリーはルックアップした時にちょうどムーイがフリーになったことを確認したのだろう。

右サイドの大外ではマッガワンもフリーになっていたが、そこに原口がワイドに流れて対応しようとしていた。しかし、セインズバリーがパスを出そうとした時には香川がムーイに素早く寄せようとしており、ムーイは利き足の左で受けるために右側を向いている。そこでセインズバリーが出したパスがやや右に流れたところで、原口がくるっと反転してボールをカットしたのだ。

原口がカットしたボールをタイミング良く中央に移動した長谷部が拾い、素早く守備から攻撃に切り替えた本田がジェディナクとセインズバリーの間に生じたスペースに動いて長谷部からの縦パスを引き出す。それと同時に原口が第三の動きで本田を左側に追い越し、ノートラップで反転した本田のスルーパスをスピラノビッチの背後で受け、そのままGKと1対1に持ち込んだ。

原口のカットを最初のパスとしても、3本のパスでゴールにつながった形で、練習中のミニゲームなどでも見られる形が試合のピッチで具現化されたものだ。ただ、願わくばこうした形を前半のうちに2つ、3つと作りたかった。一部報道では先制後にすぐ自陣に引いて守ったと伝えられたが、実際はしばらくミドルゾーンからプレッシャーをかけ、そこから組織的なカウンターを狙う戦い方は続けている。しかし、ボールを奪った後のファーストパスがうまくつながらず、すぐオーストラリアにボールを渡す展開が続いた。

例えば前半7分に香川がムーイにプレッシャーをかけたところから、FWのユリッチを制した森重真人がインターセプトした。そこまでは良かったが、一発で前線の本田に付けたパスはセインズバリーに潰された。結果的に相手のファウルとなったが、この時点で本田はセインズバリーに加えてジェディナクとムーイに囲まれており、代わりにもう1人の小林は右寄りでフリーになっていた。森重の横に長谷部が動いてショートパスを引き出そうとしていた状況を考えても、本田に無理に付けるべきではなかった。

このシーンに限らず、せっかく良い守備でボールを奪っても、そこから先のファーストパスの判断と精度を欠くことで、効果的なカウンターにつなげられず、効果的なカウンターが不発に終わったことで、オーストラリアの守備を下げさせることができなかった。速攻をベースにすること自体は悪くないが、その精度を欠くと相手にすぐボールを渡してしまうことになる。ファーストパスがしっかり通って相手陣内まで攻め上がれていれば、ポゼッションを使わなくても”守備一辺倒”とはならない。

後半の早い時間から専ら引いた形になったのは全体の疲労に加え、早い時間に同点にされプレッシャーがかかったこと、クルーズの投入により左サイドバックの槙野智章が直接マークをする必要が生じ、全体がラインを下げて対応せざるをえなくなったこと、さらにケーヒルを入れて早めのロングクロスを増やしてきたことなどいくつか理由はある。

しかし、前半から後半の早めの時間に関しては正確なファーストパスを起点に攻め上がる回数を増やせていれば、もっと効果的な速攻を仕掛け、相手をもっと後手に回し、日本にとって良いリズムを維持することができたはずだ。選手の動き出しを見ても、先制点のシーンに限らず選手はボール奪取からの攻撃イメージをある程度、共有できてはいるはず。ただ、効率よく相手のディフェンスを破り、決定的なフィニッシュにいたるには高い精度が不可欠。その起点がファーストパスとなるが、出し手と受け手の立ち位置の違いや相手ディフェンスにより応用が求められる。

オーストラリア戦の前々日と前日は非公開だったが、セットプレーを含めた守備に相当な時間を割いたはずで、ホテルでのミーティングを含め、その限られた期間で選手にオーストラリア対策を植え付けたことは見事と言うほかないが、そこから攻撃の構築、サブ組を入れたシチュエーションでの戦術的な共有までは手が回らなかったのかもしれない。そこはクラブで出場機会が少ない欧州組の試合感が上がってくれば、多少なり改善される部分かもしれない。

ただ、1つ確かなのは今回の戦い方が固定的になるわけではないということだ。対戦相手が変われば分析に基づくメンバーのチョイスや守備の仕方、攻撃の狙いも変わる。”デュエル”や”攻守の切り替え”、”裏を狙う意識”と言ったキーワードはあくまで多様な戦いをハイレベルに実現するためのベースであり、戦い方はあくまで対戦相手で決まるものだ。

「自分たちも回すのもそうだけど、結果それでW杯は勝てなかった訳で、今はそこから脱皮するじゃないけど、そこから成長するためにもこの戦いを、臨機応変さは必要だと思うんですけど、そういう戦いが必要な時に自信になる」

オーストラリア戦の前日に岡崎慎司はこう語っていた。今回はっきりしたのは守備的に戦うことでも、[4−4−2]と「4−1−4−1]を併用することでも、本田をFWで起用することでもない。”相手のストロングポイントを消し、ウィークポイントを突く”スタイル。ただ、そのためのスタンダードをもっと引き上げ、ファーストパスからの攻撃の精度を高めていかないと、相手によって”臆病なサッカー”とか”単調なサッカー”とか言われてしまうのが必定だ。

こうした方向性が高いレベルで確立されていけば、ブラジルでは行けなかった高みに行くこともできるかもしれないが、まずは最終予選を勝ち上がらなければならない。ホームのサウジアラビア戦、年をまたいでアウェーのUAE戦、ホームのタイ戦と続いて行く中で、守備的だろうが攻撃的だろうが、相手の対策に応じた戦い方をしていくはずだが、短い準備期間の中で高い質と精度を見せ、予選突破につながる結果を出すことでしか、ファンがスタイルを好むか好まざるかに関わらず、広く支持を得ることはできないだろう。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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