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「イスラム国」の陰にある本当の問題

川上泰徳中東ジャーナリスト
カイロのタハリール広場を埋めたサラフィー主義の大集会=2012年11月、川上撮影

中東情勢について大学や市民の会などで話をする時に、過激派組織「イスラム国(IS)」への関心が高く、「なぜ、あんなに残酷なのか」「イスラムの教えはテロを認めているか」のような質問を受けることもある。イスラムを考える上で、暴力やテロがイスラムの名のもとに「ジハード(聖戦)」として正当化される背景や暴力を許してしまう意識などを批判的に見ていかねばならない。それにしても、ISという存在は、突出している。

特に、アラブ世界から2万人、欧米からも5000人の若者がISに参戦しているのは、全く異常としか言えない。アラブ世界で反米のアルカイダを支持する若者がいることは珍しいことではないが、そんな若者たちがすべて過激派やテロリストになるわけではない。「アラブの春」の後、思想的にはISとつながるサラフィー主義(イスラム厳格派)が広がったが、多くはイスラム的な社会公正を唱える若者たちで、暴力的で戦闘的なISに合流するには、そうなる理由が必要となる。

日本人の犠牲者も出たチュニジアの博物館襲撃事件の時にも、チュニジアから3000人の若者たちがISに参加していると報じられた。日本人特派員もチュニスに入り、シリアで死んだ若者の家族の話などを聞いて事件の背景を書いていたが、出てきた理由の多くは「洗脳」だった。

親たちは「息子は洗脳された」と主張するかもしれない。しかし、いつ、どこで、誰が、どのようにして、若者たちをISに行くよう洗脳したのか、という記事は見たことがない。洗脳とは、集団キャンプや合宿など、物理的、精神的に強制して、正常な判断力を奪って、新たな思想や考え方を植え込むことである。インターネットでISが自分たちの社会活動などを映像を流すだけでは宣伝であって、洗脳とは言わない。

どのように考えれば、2万人のアラブ人の若者たちがISに入っていくことを説明できるのだろうか。その疑問に答えるために、私自身の中東での取材経験の中から出てくるキーワードは「救援」である。

ISが出現する前の2012年9月、シリア内戦に参加してアサド政権軍と戦って死んだエジプト人のサラフィー主義の若者の家族を、その年の11月に取材した。

若者は2011年のエジプト革命の後、地域でお金を集めて、食糧や薬品などを購入し、イスラエルの封鎖下のパレスチナ自治区のガザや内戦下のリビアに運ぶ人道支援活動をしていたという。大学では英語を専攻し、兄が経営するビジネス学校で英語を教えていた。兄によると武器の使い方も知らなかったが、シリアの反体制地域に人道援助活動で入った後、武器を購入し、戦闘訓練を受けたという。

私は、若者の兄に「弟さんは人道救援で入ったがジハード(武装闘争)に変わったんですね」と念を押したところ、兄は「アサド政権の攻撃から民衆を守るために戦ったのだから、人道救援で死んだんだ」と擁護した。その時は、違和感を覚えたが、ISに行く若者たちの意識が「救援」であることを考えれば、説明がつく。

そのように思ったのは、今年1月から3月の間、日本でIS報道が延々と続いた後で、独立系人権組織「シリア人権ネットワーク(SNHR)」が集計したシリアの反体制地域での1月―3月の死者集計を見てからである。

集計では1月/1354人▽2月/1547人▽3月/1697人の計4598人だった。そのうちアサド政権軍による死者は3410人(74%)で、そのうち戦闘員は583人(17%)、民間人2827人(83%)だった。民間人の中で子供の死者は495人、女性は316人で女性と子供を合わせて計811人(24%)を占める。

シリア人権ネットワークは「政治的に中立」と標榜し、政権軍、ISを含むすべての武装組織の人権侵害を調査、確認して記録している。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)でも主要情報源の一つとして採用されている。人権ネットワークは、「政権軍と政権系の民兵組織は国際人権法を侵害し、多くの証拠と証言から政権が民間人を標的にしていることは明確であり、戦争犯罪にあたる」と結論づけている。

一方、人権ネットワークによるISの攻撃による死者は3か月で計402人。全体の死者の9%。うち民間人は計329人で、女性と子供が58人含まれている。ISによる殺害は、イスラム法による処刑と、自爆テロによる市民の死者が目立つ。人権ネットワークは「戦争犯罪にあたる多くの超法規的殺人を冒している」としている。「超法規的殺人」とは正規の裁判を経ていない処刑やリンチを指す。

人権ネットワークは、アサド政権の暴力も、ISの暴力も、ともに「戦争犯罪」として非難する。しかし、統計を見るかぎり、政権軍による殺戮はけた違いに多い。住宅地に対する巨大な樽爆弾の投下や無差別の空爆、「シャビーハ」と呼ばれる政府系民兵組織の民間人の虐殺などの攻撃によって、3か月で毎日平均51人が殺され、そのうち民間人が38人を占める。日本でのIS報道の陰で、ほとんど表に出てこない現地の惨憺たる状況を、人権組織のデータによって知らされて愕然とする思いだった。

さらに5月はじめに出た、4月の死者数は2231人で、3月の死者数より、534人増えた。これは3割の増加。この中で、政権軍による死者は1884人(84%)で、うち民間人の死者は1519人(81%)。ISによる死者は、210人(9%)で、うち民間人は68人(32%)。大きな傾向は1月-3月と変わらないが、殺戮が増えている。1か月間で政権軍の攻撃によって、民間人が1500人が死んでいるのに、それはニュースにもならなかった。

このような“現実”からアラブの若者たちがインターネットを通じて、どのような情報を得ているかを想像して欲しい。人権ネットワークのサイトでは、ISの犯罪についても取り上げられているが、日々流れてくるのは、政権軍による住宅地への空爆や1トン爆薬を積んだ樽爆弾の投下によって、子供たちが死んでいるというニュースであり、動画である。アルジャジーラなどのニュースサイトでも同様である。

4月半ばには、ニューヨークの国連安全保障理事会の非公式会合で、反体制地域のシリア中部のイドリブ県サラミンで政権軍が2度にわたって爆弾を投下し、19人が死んだ事件が取り上げられた。爆弾には塩素ガスが充填されていた可能性が強く、地域の住民200人が、呼吸困難や吐き気を訴えて治療を受けた。

安保理会合では野戦病院で運び込まれた3人の子供が、医者や看護婦が必死で処置をしても手遅れになっている映像が流された。まだおむつをつけた男の赤ちゃんが、鼻から泡を出している画像や、看護婦から必死でマッサージをしてもピクリともしない2、3歳の女児の映像もある。この事件は3月半ばに起きたもので、国連での発表には、その時に治療にあたった医師が出席していた。安保理会合でも映像を見て大使たちが涙を流したと報じられ、米国のパワー大使も「冷淡に見ることができない」と語っている。

この野戦病院の悲惨な映像は、アルジャジーラをはじめとするアラブ語ニュースサイトで流れている。「もうだめだ」という医師のアラビア語の言葉など生々しい映像だ。イスラム系サイトでは、これらの悲惨な映像に、イスラム調の音楽をつけ、メッセージを組み合わせて流している。

これらの悲惨な“現実”を見る時、アラブの若者たちが「救援」としてシリアに行き、結果的にISに入ってしまうのは、自然なこととしか思えない。私はアラブの若者たちの心情を考えるうえで、2008年にサウジアラビアに入って取材した時に、リヤドからシリア経由でイラクに入り、米軍と戦おうとした若者の話を聞いたことを思い出す。その若者は、結局、イラク側に入ることができずに戻ったところで、サウジの治安当局に拘束されて、刑務所でイスラムの再教育を受けて、武装闘争の放棄を約束して、出所した。

若者に、「なぜ、イラクで戦おうと思ったのか」と質問したところ、若者は「イラクのファルージャで米軍が住民を殺す映像を見て、一週間眠ることができなくなり、イラクで米軍と戦うしかないと思った」と語った。非常に短絡的ではあるが、同じくアラビア語を話す同胞の悲劇にいたたまれなくなるという心情は理解しなければならない。

私は、ISは残酷で、残虐で、狂信的だと思っている。このような過激派が中東で影響力を持ち、アラブの若者たちをひきつけることは非常に危険である。しかし、いまのように悲惨なシリア内戦が続き、シリア政権軍による民間人の殺戮が続くかぎり、アラブの若者たちがシリアに向かう流れは終わらないというのは、より深刻な事態だ。世界はISの脅威だけに目を向けているが、より規模が大きい、政権軍による民間人殺害には目が向いていない。

昨年1月にスイスで行われたシリア国際会議「ジュネーブ2」に、私も記者として現地にいた。シリアの政権と反体制組織「シリア国民連合」との間で、停戦を合意し、移行政府を樹立することがテーマだったが、アサド政権は「政治プロセスよりも、テロとの戦いが優先されるべきだ」と主張した。会議を主宰した国連や欧米の立場は「政治的な合意をつくることが、テロ組織の抑え込みにつながる」というものだった。和平は挫折し、それから1年たって、「テロとの戦い」一色である。

ISの残酷さや暴力性は、これまでに例のないような「シリア内戦」の残酷さや暴力性の一部である。シリア内戦が始まって4年間で21万5000人が死亡し、370万人が難民となった。1975年から90年まで15年続いたレバノン内戦の死者は12万人から15万人だった。死者の数だけでもシリア内戦の異常さが分かる。

米国主導の有志連合が、ISを空爆で根絶することに全力を注いでいるのは、達成すべき目標の設定が間違っているというしかない。ISの影響力を弱めるためには、イラクのスンニ派部族やシリアのスンニ派勢力がISを支持しないような状況をつくり、アラブの若者がシリアに向かわないような状況をつくることである。

過激で狂信的なISは流血と暴力を自分のエネルギーとして肥大化している。流血と暴力のレベルが下がってくれば、シリアへの「救援」に向かうアラブの若者たちの流れも減ってくるであろうし、スンニ派部族やスンニ派勢力がISと一緒にいる理由もなくなる。求められるのは、シリア内戦を終わらせるために、国際社会が本気で政治的に動くことである。空爆は火に油を注ぐことにしかならない。暴力のレベルが下がれば、ISは孤立化し、存在意義を失う。有志連合の空爆もあわせて、即時停戦を実現することが第1歩だ。もし、いまのままシリア内戦の暴力が続くならば、ISをますます肥大化させることになるだろう。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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