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シナイ半島のロシア航空機墜落事件でISのテロ説浮上 事実なら深刻な脅威 

川上泰徳中東ジャーナリスト
シナイ半島で墜落したロシア航空機(写真:ロイター/アフロ)

シナイ半島のロシア航空機墜落事件について、米英が「イスラム国(IS)」による爆弾テロの可能性を示唆し始めた。現地からブラック・ボックを回収し、事故調査をするエジプトやロシアの航空当局からは公式の発表はないが、これまで可能性として出ていた「ISのミサイル攻撃」や「機体故障」に代わって、爆弾テロという新たな可能性が浮上してきた。真相の確定にはさらに時間がかかりそうだが、もし、ISのテロだとすれば、国際社会は深刻な危機に直面することになり、すでに最悪の事態を想定した対応が始まることになろう。

CNNは日本時間5日朝、米政府当局者がロシア航空機の墜落は「ISまたは関連組織による爆弾による可能性を示唆した」とするブレーキングニュースを流し、その後、CNNはそのニュース一色になった。英ハモンド外相も4日、「ロシア機に仕掛けれた爆発物によって引き起こされた可能性がある」としてロシア機が出発したエジプト・シナイ半島のリゾート地シャルムエルシェイクの空港からの英国航空機の離発着を停止することを発表した。

墜落直後に「イスラム国シナイ州」の名前で、「ロシア機を撃墜した」とする声明が出たが、ISには高度9000メートルを飛行中の航空機を撃墜する兵器も技術もない、というのが専門家の一致した見方だった。事故当初、エジプト航空当局からは「墜落前に機長から緊急着陸を求める通信があった」という話が出たこともあり、機体の故障によるという見方が強まっていた。

しかし、その後、雲行きが変わってきた。エジプト政府から「墜落前の機長との交信には異常はなかった」と訂正があった。さらに、ロシア連邦航空当局から「墜落現場で、機体の残骸は20キロ平方に渡って散乱しており、高い高度で機体が崩壊したことを示す」とする見方がでた。さらに3日にはCNNはロシア機の墜落直前に米衛星が現場上空で強烈な熱を観測したというニュースを報じ、上空での爆発した可能性が高いことを示した。

以上のような流れを経て、今回、ロシア機の爆発は「ISによるテロ」という可能性が浮上してきたと報道が出ている。もちろん、最終的な結論ではないが、深刻な懸念を抱かざるを得ない状況になったことは明らかである。

ここで最初に出たISの犯行声明に戻ってみると、アラビア語の声明には「カリフ国の戦士たちはロシアの飛行機を墜落させた」となっている。欧米、さらに日本の多くのメディアは、これを「ISの撃墜」と訳し、ミサイル攻撃を主張していると報じたが、実は、アラビア語では「墜落(ISQAT)させた」としており、撃墜とは書いていない。ISQATはアラビア語で「落とす」ことであり、撃墜の意味にもなるが、撃墜でなくても、飛んでいるものを「落とす」時には使われる。今年3月にドイツ航空機の副操縦士が航空機を故意に墜落させた時も、アラビア語ニュースでは「墜落(ISQAT)させた」であり、もし、ISが機内で爆弾を爆発させて墜落させていたとすれば、最初の声明文で問題ないことになる。

もし、実際にISの爆弾テロであれば、深刻な3つの脅威があげられよう。

脅威の第1は、9月末にシリア空爆を始めたロシアに対するISによる「ジハード(聖戦)宣言」を実行したことになる。ジハード宣言は10月13日にアブ・ムハンマド・アドナニIS広報担当の音声メッセージとして出され、世界のイスラム教徒の若者に対して、「ロシアと米国に対する聖戦を行う」よう求める内容だったという。もちろん、ロシアとともに標的とされた米国だけでなく、日本も含め、有志連合に参加する国々にとっては、重大な脅威となる。

第2は、もし、テロならば、ロシアが9月末にシリア空爆を始めてちょうど一か月、聖戦声明から約半月という極めて短期間で、ロシア機を標的として爆弾テロが実行されたことになる。シナイ半島にはISに忠誠を誓うイスラム過激派がいて、活発に活動していることは周知のことであり、半島の一角にある観光地のシャルムエルシェイクは最も厳しい治安対策が取られている。その硬いセキュリティを崩すテロが1か月弱で実施されたとすれば、空港にISの協力者がいるのではないかなど、エジプト治安当局にとっては、極めて深刻な疑問が突き付けられることになる。

第3は、もし、テロであれば、ISの聖戦宣言がイラクからシリアにまたがるIS支配地やその周辺ではなく、飛び地となるシナイ半島で実行されたことになる。ISに忠誠を誓う過激派は、シナイ半島だけでなく、サウジアラビア、リビア、アフガニスタン、北アフリカ、ナイジェリアのボコ・ハラムなど広がっており、テロの脅威は一挙に拡大することになる。

シナイ半島の「ISシナイ州」は、元は「アンサール・ベイト・マクディス(聖地エルサレムの信奉者たち)」というイスラム過激派で、シナイ半島に展開するエジプト軍への攻撃を繰り返してきた。ISが誕生してから、ISへの忠誠を誓い、「イスラム国シナイ州」を名乗っている。

ISと関連組織との間に、どの程度の連絡があるかは明らかでない。ISが直接、各地の関連組織に指令を与えるような上下の関係ではなく、今回のような「対ロシア、米国聖戦」などのインターネット上に出た声明を、各地の関連組織が、それぞれに実施するという緩やかな関係だとみられる。つまり、シリア・イラクのIS支配地に対して空爆を行っても、その跳ね返りが別のところで出現するという困難な状況となる。

まだ、ISのテロと判断することはできないが、上にあげたような脅威を意識しながら、日本を含めた国際社会が、ISのテロを想定したテロ対策を強化せざると得なくなるだろう。さらに、ISとの戦いを標榜するロシアの空爆が、結果的にはシリア内戦をさらに悪化させ、中東と世界に暴力や憎悪を蔓延させるというレジンマはすでに現実のものとなっており、ISとの戦いの在り方やシリア内戦への対応の仕方を根本から見直す必要が出てくる。

ロシアの空爆は、IS支配地域よりも、反体制地域がより頻繁に標的となり、特に病院やモスクなど民間施設への空爆によって、非戦闘員の死者が増えていることが、シリア反体制地域で活動する人権組織から報告されている。

シリア人権ネットワーク(SNHR)が発表した10月中の反体制地域での死者数では、死者総数1771人のうち政権軍の攻撃による死者793人(73%)に続いて、ロシア軍の空爆による死者が276人(15%)で、ISによる死者71(4%)をはるかに上回った。政権軍とロシア軍の攻撃で合わせて1056人(87%)を占める。さらにロシア軍による死者276人のうち民間人は263人と9割を占め、子供(86人)と女性(44人)が、死んだ民間人の半分を占める。

ロシアは病院などへの空爆を否定しているが、現地にネットワークを持つ人権組織からの報告は数少ない現地情報であり、ロシアの空爆参加が、シリア内戦の非人道性をさらに悪化させている事態を伝える。ロシア機墜落の解明にはしばらく事件はかかるが、それがISのテロであるか、ないかは別として、ロシアの空爆参加によって、シリア内戦だけでなく、中東と世界が、さらなる暴力の脅威にさらされることになったことは否定できない。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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