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シリア内戦:ホワイト・ヘルメットの人命救助を「ねつ造」とするプロパガンダのうそ

川上泰徳中東ジャーナリスト
シリア内戦で反体制地域で人命救助活動にあたる民間防衛隊(ホワイト・ヘルメット)(写真:ロイター/アフロ)

シリアの反体制地域で人命救助にあたる市民組織の民間防衛隊(ホワイト・ヘルメット=WH)について、「英国情報部のプロパガンダ」とか、「アルカイダの手先」などと貶める宣伝が激しい。そのプロパガンダの中には、欧米人のジャーナリストも加担し、国際的に広まり、日本人の間でも信じられているものさえある。そのプロパガンダの真偽について考える。

まず断っておくが、私はシリア内戦についてはアサド政権側とか反体制派とか、政治的な立場で内戦を見るのではなく、戦争の犠牲になる「市民の視点」で見るという立場である。反体制勢力によるアサド政権の打倒も、政権による反体制派の制圧も、それぞれの支配地域の市民をさらなる悲劇に追いやるだけで、問題の解決にはならないと考える。双方の市民が安心して暮らすことができる状況を回復するためには、15年間続いたレバノン内戦が90年に終結し、宗教・宗派間の権力分有のシステムが始まったように、全勢力の無条件の停戦による内戦終結しかない、と考える。

「市民の立場」で考えれば、最も大きな懸念は、反体制地域でのアサド政権軍とロシア軍による民間地域に対する無差別空爆・攻撃であることは、反体制地域で活動するシリア人権ネットワーク(SNHR)やシリア人権監視団(SOHR)の現場検証を経た報告書によって明らかになっている。これについても、私はアサド政権軍とロシア軍だけを批判するものではなく、米国が率いる有志連合による空爆も、民間人の犠牲を出していることは「戦争犯罪」の疑いがあると考えている。

※詳しくは、次の記事へ。

シリア内戦で民間人を殺している「空爆」の非人道性(ニューズウィーク日本版)

戦争する国や組織が己の正義を宣伝し、敵を「テロリスト」「無法国家」「悪の帝国」などと貶めるのは、支配下の民衆を戦闘や防衛に動員し、さらに国際的な支持をえるために、世界中どこにも、どの時代にもある「戦争プロパガンダ」である。しかし、シリアでのホワイト・ヘルメットに対する誹謗宣伝のように、市民の救助にあたる民間組織を「テロ組織」などと誹謗するプロパガンダの例は、あまり聞いたことがない。アサド政権側に独自の救助隊がいて、市民の人命救助にあたっているように、反体制地域で市民が独自に救護チームをつくっているのは自然なことである。

ただし、ホワイト・ヘルメットの活動が国際的に注目されたのは、崩れた瓦礫の下から子供たちが引き出される数多くの悲惨な画像、映像が、世界のメディアで取り上げられているからである。それに対抗するために、政治的に、または思想的に、または個別の利害によって、アサド政権やロシアを支援、支持する組織や個人が、反対宣伝をせざるをえなくなったということであろう。それは政権軍とロシア軍による民間地域への無差別空爆に対応するものである。無差別空爆がなければ、WHの活動がこれほど注目されることはなかっただろう。

このレポートでは、ホワイト・ヘルメットに対する反対宣伝の中で、「WHは3カ月の間に、3カ所で同じ少女を繰り返し救出した」とする”告発画像”に絞って検証する。この画像は、日本の中東専門家によって、異なる三つの空爆現場で救出されたとされる女児の写真が同一人物のものとしてホワイト・ヘルメットによる「ねつ造」の証拠と紹介され、日本人の間でもかなり信じられているためである。

”告発画像”のタイトルは「アルカイダ/ホワイト・ヘルメットは同じ少女を3カ月で3回救出している」である。ホワイト・ヘルメットによる3つの人命救助の現場の写真を寄せ集めている。上段の4枚の小さな画像は8月27日、下段の左は9月24日、下段右は10月11日の救助現場の写真で、それぞれ青い服を着て、栗毛色の髪の少女が救出されて抱かれている。確かに少女たちは似て見える。8月27日の画像には元のメディア名は出ていないが、9月24日の現場は「スカイ・ニュース」、10月11日は「UPI」と掲載メディアが示され、実際の西側の報道から画像をとったことを主張する内容になっている。

「ホワイト・ヘルメットは同じ少女を3カ月で3回救出している」とする”告発画像”
「ホワイト・ヘルメットは同じ少女を3カ月で3回救出している」とする”告発画像”

”告発画像”の真偽を探るためには、3カ所の救助現場が出ているニュースに当たらねばならない。見つかったニュースサイトは次の通りである。

▽8月27日

○メディア:カタールのアルジャジーラ

http://www.aljazeera.com/news/2016/08/syria-war-dozens-killed-attending-aleppo-funeral-160827133300221.html

○メディア:ワシントン・ポスト ※写真はAFP電

https://www.washingtonpost.com/world/airstrike-in-east-aleppo-hits-childrens-funeral/2016/08/27/2917db58-6c69-11e6-91cb-ecb5418830e9_story.html?utm_term=.8e5434dca895

○メディア:ロイター

http://uk.reuters.com/article/uk-mideast-crisis-syria-un-idUKKCN1120JN

▽9月24日

○メディア:スカイ・ニュース ※発生は9月23日

http://news.sky.com/story/syria-heavy-bombardment-hits-aleppo-for-second-day-10588993

▽10月11日

○メディア:UPI

http://www.upi.com/Top_News/World-News/2016/10/11/Images-capture-young-girl-calling-for-father-at-hospital-after-airstrike/9651476227991/

“告発画像”の中で8月27日の現場については、4枚の画像がある。その時のニュースはアルジャジーラやロイター、ワシントン・ポストなど様々なメディアに出ており、いずれも青い服を着た少女が登場する。

アルジャジーラでは私服の男性が青い服の少女を抱いている画像(写真左)。ワシントン・ポストに掲載されたAFPの写真は、救助隊員から同じ私服の男性が少女を受け取る画像(写真中央)。ロイターの写真は救急車に座る少女(写真右)。

画像
「ホワイト・ヘルメットが3つの異なる場所で同じ少女を使って人命救助を装っている」
「ホワイト・ヘルメットが3つの異なる場所で同じ少女を使って人命救助を装っている」

この一連の画像は、ビルの崩壊現場で救助隊員に助け出された少女が、異なる男性に受け渡され、リレー形式で救急車まで運ばれたことを示している。このことを強調するのは、この時の救助活動の画像と少女を使って「ホワイト・ヘルメットの”俳優たち”が3つの異なる場所で同じ少女を使って人命救助を装っている」という誹謗プロパガンダがツイッターなどで出回っているからである。

一方、“告発画像”で、9月24日と10月11日の画像のもとになっている「スカイ・ニュース」と「UPI」のニュースは容易に見つかる。共に記事に動画がついていて、“告発画像”の画像が、動画の中から一コマを取ったものであることが分かる。

ただし、“告発画像”では3人の少女の顔は小さくてよくわからない。元のニュースの画像や動画から、“告発画像”の画像を探して、少女の画像がより明確に分かるようにしてみよう。

三つの現場:8月27日(写真左)、9月24日(写真中央)、10月11日(写真右)
三つの現場:8月27日(写真左)、9月24日(写真中央)、10月11日(写真右)

元の画像を見ると3人の少女が着ている服はすべて異なることが分かる。同じ少女の写真を後からはめ込んで作った画像ではないということである。空爆と救助活動はそれぞれニュースになっていることから、実際に青い服を着た少女が現場にいたということにもなる。“告発画像”が唱えるように、3カ所の救助活動で「同じ少女」が使われたのであれば、人命救助自体が「やらせ」という可能性が出てくる。

9月24日の現場に登場する少女。動画の一コマを切り取っている。
9月24日の現場に登場する少女。動画の一コマを切り取っている。

“告発画像”では、8月27日と10月11日の画像には少女の顔は映っているが、9月24日のものは、顔がよくわからない。元のニュースから、9月24日の動画の一コマは確認できたが、横顔で、それも目がよく見えない。これでは顔が同じかどうか確認できない。この少女の画像と、他の3つの現場の少女に共通するのは、青い服を着ていることと、髪が栗毛色というだけである。青い服と言っても、他の2か所は半袖と袖なしだが、9月24日の少女だけ長袖の上衣を着ている。顔がよく見えず、服も異なるとなれば、共通するのは栗毛色の髪だけになる。しかし、シリアでは、栗毛色の髪の少女は珍しくなく、それで子供を特定する材料にはならない。つまり、“告発画像”に出ている9月24日の少女の横顔だけでは、他の二つの現場に登場する少女と「同一人物」と確定することは、全く不可能なのである。

“告発画像”は9月24日の少女の顔がよくわからないにも関わらず、「同じ少女」と言い切っている。 日付が明示され、実際のニュース画像を並べて、「3つの救助現場で同じ少女が繰り返し使われている」と題名がついているため、読者は、「青い服」「栗毛色の髪」「救助隊員に抱きかかえられた少女」という共通項から、9月24日の少女も含めて3つの現場の少女が「同じ少女」と思い込んでしまうのだろう。9月24日の横顔は、動画の中から、それらしく見える一こまを切り取って、読者をだます子供だましのトリックの手法というしかない。

実は、9月24日付のスカイ・ニュースの記事には、救助された少女がベッドに横たわる画像(写真下・左)が出ている。

救助されベッドに横たわる少女(写真左)。救助活動の動画から取った画像(写真右)
救助されベッドに横たわる少女(写真左)。救助活動の動画から取った画像(写真右)

その少女の顔は、8月27日の少女の顔とも、10月11日の少女の顔とも、別人だということは明らかである。この画像は、動画の一コマではないため、「別人を出しているのでは」と疑られる可能性もある。現場の動画の中から、男性に抱えられた少女の顔が正面から見えているコマを切りとってみた(写真上・右)。

同じ動画がもとになっているが、“告発画像”の横顔の一コマは顔がよく見えない。同じ動画から正面の顔をとった画像(写真上・右)は、“告発画像”の写真の少女と同じ色の長袖の上衣を着ていて、四角い顔の特徴など、ベッドに寝ている少女の画像(写真上・左)と似ている。画像が似ていることをもって「同一人物」を決めつければ、“告発画像”と同じことになるが、 動画から一コマを切り取る場合、様々な切り取り方ができるということである。“告発画像”をつくった者は、救出された少女の画像があることを知った上で、動画の中から、8月27日や10月11日の少女と似たように見える一コマを切り取って、「同じ少女が3回使われている」と決めつけていることは分かるだろう。

“告発画像”では、横顔の半分しか見えない写真を出して、「同一少女」と決めつけているが、問題は「似ている、似ていない」という問題ではない。なぜなら、9月24日の少女を取り上げたスカイ・ニュースの記事には、少女は5歳で名前は「ラワン・アローシュ」と明記されているからだ。本人だけでなく、父親は「モハンマド・アローシュ(28)」で、母親は「ケファエ・アローシュ(30)」で、両親は、その日の空爆で死んだと記述されている。

ニュースは9月24日付となっているが、空爆があったのは9月23日である。場所はアレッポ東部の「バーブ・ネイラブ地区」。アレッポ東部は7月初めからアサド政権軍による包囲攻撃が続いていた。9月12日に始まったシリアの停戦が19日に崩壊して政権軍とロシア軍による空爆が再開し、23日は一日で90人以上が死ぬ最悪の日となった。悲惨な状況があふれている中で、ホワイト・ヘルメットがわざわざ「やらせ」をする必要があるのかという、そもそも疑問があるが、ここでは置いておく。

この日、世界はアレッポ情勢悪化に注目していた。その中で、両親を空爆で失い、本人も瓦礫の下に埋もれて命からがら救出された5歳の少女は、悲劇の象徴となり、欧米のいくつものメディアに取り上げられた。そのニュースの中で少女の年齢と名前と、死んだ両親の年齢と名前が明示されている。アレッポ東部には欧米人のジャーナリストがおらず、現地の市民ジャーナリストが現場に行き、欧米のメディアにもニュースを送っている。スカイ・ニュースが少女や両親の具体的な情報をニュースに入れたのは、事実を「検証可能」にすることで、信ぴょう性を担保しようとしたためであろう。もし、ニュースに虚偽であれば、シリア人の中から「事実ではない」と指摘があるはずである。

“告発画像”は少女の服装や顔が似ていることをもって、「同じ少女を使っている」などと言っているが、そのような漠然とした話ではない。少女についての事実は公表されているのだから、それが虚偽だというのであれば、事実ではないと証明しなければ話にならない。ホワイト・ヘルメットの人命救助が、「ねつ造」というなら、「ねつ造」の根拠を示すべきである。

このように検証すれば、“告発画像”にある9月24日の現場に登場する少女が「他の二つの現場の少女と同一」という根拠は全く崩れてしまう。

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その上で、10月11日の現場について考察しよう。UPIのニュースの動画には椅子に座らされて、鼻や額から血を流している青い服を着た少女が登場する。アラビア語で名前を聞かれて少女は「アヤ(AYAH)」と答える。ニュース記事によると、少女は8歳であり、空爆で家族と離れ離れになり、少女は泣きながら父親を呼んでいる。

10月11日の現場に登場するアヤと、8月27日の現場に登場する少女は、画像だけでは別人か同一人物かは確定できない。しかし、“告発画像”のもとになったニュースをたどれば、“告発画像”には言及されていない重要な事実があることに気付く。人命救助の場所である。ニュースで確かめると、8月27日と9月24日の現場は、共にアレッポ東部である。一方の10月11日の空爆の場所はホムス県タルビーセであり、アレッポからは直線距離で170キロ離れている。

アレッポ東部は反体制勢力の支配下にあり、アサド政権軍に包囲され、25万人を超える市民が逃げ出すことも、国連が食料や医薬品を入れることも出来ず、人道危機に瀕していた。先に説明したように、9月19日に停戦が崩れて、23日にはアレッポ東部は激しい空爆に見舞われた。その包囲下のアレッポ東部にいた少女が、約2週間後の10月11日に170キロ離れたホムス県タルビーセの反体制支配地にいることは全くありえない話である。

「同じ子供が西側の宣伝に使われている」とするブログ。場所は「#シリア#アレッポ」
「同じ子供が西側の宣伝に使われている」とするブログ。場所は「#シリア#アレッポ」

アレッポ東部が包囲されていなかったとしても、政権軍とロシア軍の攻勢が激化する反体制地域で、アレッポからホムス県まで一人の少女を連れてくるのは至難の業である。 “告発画像”を引用しているブログなども見たが、地名として出てくるのは「#アレッポ」だけであり、ホムスは無視されている。ホムスを入れれば、「同じ少女を3カ所で使っている」という“告発”の根拠が崩れてしまうからだろう。

もし、ホワイト・ヘルメットが人命救助作業をでっち上げようとしたとしても、わざわざアレッポから一人の少女をホムスに連れてくる必要があるとは思えない。なぜ、アレッポとホムスの3カ所の救助現場にいる3人の少女を「同じ少女」というような見え透いた嘘をついたのだろう。このようなデマ画像が作られる背景を推測するならば、ホワイト・ヘルメットを誹謗する意図で、数百とあるホワイト・ヘルメットの救助活動の画像や動画から、一瞬でもいいから、同じように見えるコマを探して、「同じ少女が何回も使われている」と見る者に思い込ませるような組み写真をつくればいいと単純に考えたとしか思えない。

ホワイト・ヘルメットの行動に世界の注目が集まることは、アサド政権やロシアにとっては、自分たちの空爆・攻撃の非人道性が明らかになることであり、すでに出ている「戦争犯罪」として裁くべきだという国際世論を強めることになる。それに対抗するために、アサド政権やロシアを政治的に支援するもの、または何らかの利害を持つものが、ホワイト・ヘルメットの活動について事実を歪曲して誹謗するデマを生み出し、それを拡散させている。

しかし、デマとしてもいかにもレベルが低い。“告発画像”は「同じ少女が繰り返し使われている」と実際の欧米の報道から材料をとったような体裁をとりながら、その報道にあたって検証すればすぐに嘘がばれてしまう。問題は、そのような安直なデマを真に受けて、検証もせず、「ホワイト・ヘルメットのねつ造」として信じたり、拡散したりする人間がいることである。それは市民への無差別攻撃という「戦争犯罪」に加担していることになるだろう。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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