約8割が違法? ハローワークが指導に乗り出した「固定残業代」に気をつけよう

1,はじめに

先日、ブラック企業対策プロジェクトの記者会見で、ハローワークに「固定残業代」の対策を指示した厚生労働省の内部資料を公開しました。これはプロジェクトの活動を進める中で明らかになったもので、情報公開請求によって入手したものです。

聞き慣れない方も多いと思われますが、「固定残業代」はかなり広がっています。そこで、「固定残業代」にはどんな問題があるのか、どう対応したらいいのかを整理しました。

2,新手の「残業代節約術」

●固定残業代とは

「固定残業代」。一部の弁護士や社労士が「残業代節約術」としてしきりに宣伝しているものです。月給の中に一定の残業代を組み込むことで、賃金の時間単価を下げると同時に、残業が発生しても「もう払っているよ」と支払いを免れる口実に利用することができるとされています。

まずは具体的な例を挙げてみましょう。「リクナビ2015」に掲載されている大庄の営業職の給与です。

【大学院・大学卒】月給207,200円

(内訳:基礎給143,200円 職務給12,000円 ※OJT手当52,000円)

【短大・専門卒】月給199,300円

(内訳:基礎給143,200円 職務給6,000円 ※OJT手当50,100円)

※OJT手当とは時間外勤務45時間相当額として定額で支給する手当。45時間に満たない場合であっても支給する。

出典:「株式会社大庄」採用情報(リクナビ2015)

この場合、52,000円のOJT手当が「固定残業代」に当たります。名称は会社によってまちまちですが、月給として表示する賃金の中に残業代を紛れ込ませている点がポイントです。

これを踏まえて改めて大庄の基本給を計算すると、大学・大学院卒の場合には月に155,200円となります。時給にして900円前後です。本当に月の基本給が207,200円だった場合と比べて時間あたり300円もの差が生じることになりますから、残業を1時間したときの残業代にも差が生じることになります。「OJT手当とは時間外勤務45時間相当額として定額で支給する手当」という一言が入るだけで、契約の中身は大きく変わるのです。

●固定残業代は違法じゃないの?

固定残業代は端的に言って誇大広告なので、度が過ぎれば規制の対象となっておかしくありません。しかし、求人広告に関する法律上の規制は十分で無く、現在はいくつかの裁判で「こういう場合は無効」とする積み重ねがあるのみです。

そうした積み重ねの中で現在考えられている条件は、次のようなものです。

  1. 何円分が「固定残業代」なのかがはっきりしていない。
  2. 「固定残業代」が何時間分の割増手当なのかがはっきりしていない。
  3. 一定の残業時間に満たないと「固定残業代」が支払われない。あるいは、超過した分の残業代が支払われない。
  4. 最低賃金や法定割増率を下回っている。

これだけではわかりづらいので、それぞれ事例を挙げながら説明します。

(1)何円分が「固定残業代」なのかがはっきりしていない。

いくらが「固定残業代」なのかわからない契約は、固定残業代として認められません。

たとえば、「リクナビ2015」に掲載されている楽天の給与には、「固定残業代」と思われる記載があります。

学士 300,000円~(月給)

修士 310,000円~(月給)

※月40時間を超えた時間外労働には、別途手当あり

出典:「楽天株式会社」採用情報(リクナビ2015)

「月40時間を超えた時間外労働には、別途手当」とあるので、40時間までの賃金は30万円の中に固定残業代として含まれていると考えるのが一般的な解釈でしょう(※1)。

しかし、30万円のうちのどれくらいが基本給でどれくらいが時間外手当なのかは、この記述からはわかりません。こうした契約を交わしている場合は、「固定残業代」は無効となります。

(2)「固定残業代」が何時間分の割増手当なのかがはっきりしていない。

固定残業代の金額がわかっても、それが何時間分の割増手当なのかがわからなければダメです。

「残業代」ではありませんが、深夜手当を固定して支払っている例を挙げてみましょう(※2)。

やはり「リクナビ2015」から、ワタミフードサービスの給与例を見てみます。

月給190,000円(うち深夜手当30,000含む)+諸手当

(2013年4月実績大卒および専・短大卒) 

出典:「ワタミグループ」採用情報(リクナビ2015)

この記述からは、30,000円支払われる深夜手当が何時間分に相当するのかを判断することができません(※3)。こういう場合の「固定残業代」も、無効になるということになります。

誤解の無いように改めて付け加えておくと、大庄や楽天、ワタミがこのような形で人を募集することは直ちに違法とは言えません。規制する法律が無いためです。当然、取り締まりの対象でもありません。しかし、このままの内容で契約書を交わしていたとするなら、固定残業代は無効になりますし、それを口実に残業代を払っていないのであれば、労働基準法違反で取り締まりの対象となります。そういう関係です。だから私たちは、後述するように、こんな形で募集する企業を放置するのはやめよう、というキャンペーンを行っています。

(3)一定の残業時間に満たないと「固定残業代」が支払われない。あるいは、超過した分の残業代が支払われない。

かつて過労死を出した頃の大庄は、80時間にも相当する残業代を基本給に組み込んでいた上、月に80時間残業しなければ給料を減らすという労務管理を行っていました。現在の裁判例では、残業が無かったとしても「固定残業代」は支払われなければならないとされています。

たとえば大庄の給与に「定額で」と書いてあるのは、そういう意味です。「残業が45時間に満たない場合でも52,000円支払います」ということをはっきりさせないといけないのです。

※OJT手当とは時間外勤務45時間相当額として定額で支給する手当。45時間に満たない場合であっても支給する。

出典:「株式会社大庄」採用情報(リクナビ2015)(再掲。強調は筆者。)

一方、「固定残業代」に相当する残業時間を超過した場合には、当然残業代が支払われるはずです。しかし、「固定残業代」の分しか残業代を支払わない企業はたくさんあります。そこで、この超過した分の残業代もきちんと支払うことを求人に明記する必要があります。楽天の給与に書かれている「月40時間を超えた時間外労働には、別途手当あり」というのは、その要請に応じたものです。

学士 300,000円~(月給)

修士 310,000円~(月給)

月40時間を超えた時間外労働には、別途手当あり

出典:「楽天株式会社」採用情報(リクナビ2015)(再掲。強調は筆者。)

しかし、大庄も楽天も一方の記載しかなく、不十分なものとなっています。

(4)最低賃金や法定割増率を下回っている。

(1)と(2)をきちんと守っている会社の求人を見れば、基本給や固定残業代がそれぞれ1時間当たりいくらになるか計算することができます。これを計算してみて、最低賃金や法定割増率を下回っていれば、(1)~(3)の形式的な条件を満たしていてもダメです。いずれも法令に違反する内容の求人ということになりますから、当然です。

少なくとも以上の4つの条件を満たしていないと、ハローワークでは指導の対象になります(※4)。これまでは裁判例の積み重ねしか判断基準が無かったため、今回厚生労働省が「固定残業代」の適切な記述に関してこのような条件を示したことは画期的だと評価することができます。

●「適切な」固定残業代の求人はどのくらいあるのか?

では、これらの条件を満たした適切な「固定残業代」はどのくらいあるのでしょうか。これまで統計などのデータが存在しなかったため、ブラック企業対策プロジェクトとして初めて調査を行いました。詳しい調査結果はこちらからご覧になれます。

プロジェクトのメンバーでもある京都第一法律事務所の渡辺輝人弁護士の監修の下、京都府内のハローワーク求人を検索し、「固定残業代」を含む正社員求人約200件をすべてチェックしました。その結果、上記の条件(1)・(2)・(4)を全て満たしていた求人は、全体の23%しかありませんでした(※5)。77%の求人が、固定残業代としては違法な疑いの強いものだったのです。

3,「固定残業代」を無くそう

●厚生労働省も「固定残業代」を問題視

今回「固定残業代」の実態調査を行う過程で副産物的に判明したのが、厚生労働省の内部文書「求人票における固定残業代等の適切な記入の徹底について」(PDF)でした。先ほど紹介したようにこれは画期的な文書で、これまで事実上「野放し」になっていた「固定残業代」求人に歯止めをかけようとするものです。何より、基準が示されたことで、私たちも問題だと主張しやすくなりました。

ただし、これでハローワークの求人から「不適切な」「固定残業代」の記載が無くなったのかという実効性の面では疑問も残ります。今後も期待をもって監視していきたいと思います。

一方、就活生が利用することの多い民間求人サイトでは、未だに対応がとられていないようです。実は厚生労働省は3月14日に「求人受理時における求人内容の適正な対応について」という文書を全国民営職業紹介事業協会や全国求人情報協会など関係3団体に送っています(※6)。今回ハローワークが範を示したわけですから、リクナビやマイナビもこれに追随するよう規定を作るなどして努めてほしいところです。

●「固定残業代」は労働市場を撹乱する

きちんと運用されていない「固定残業代」は残業代を「払った」と強弁するためのまやかしにすぎませんが、きちんと運用した場合を考えてみると、「固定残業代」は企業側にとってもあまりメリットがありません。超過した分はその分を払わなければなりませんし、「固定残業代」である以上、残業が無くても固定残業代を払わなければならないからです。きちんと運用した際の「固定残業代」には、「一見して本来よりも高い賃金だと誤解させることができる」くらいの効果しか無いのです(※7)。

こうした「固定残業代」求人が広がると、誇張された求人を見て仕事を選ばなければならなくなります。たとえばハローワークの求人検索ページでは賃金を検索条件に加えることができるようになっていますが、ここに「固定残業代」が含まれているかどうかは実際の求人を隅から隅まで見なければわかりません。また、求人票には書かずに、契約書にだけ「固定残業代」の記載をする企業も少なくありません。これを放置すれば、労働市場のマッチング機能は著しく下がることになります。

●例外的な残業の恒常化

もう一つの問題は、定時を超えて働くことはあくまで例外的に認められるにすぎないため、「固定残業代」として基本給に組み込むのは脱法的だという点です。ですから、本当に〈適切な〉「固定残業代」など無い、というのが正確です。

実態としても、ひどいものになると80時間や100時間という過労死水準の残業時間に相当する残業代をあらかじめ基本給に含んでいます。こうした残業代を毎月支払う企業で、これに見合うような残業が行われていないと考える方が不自然です(※8)。

「働きすぎの防止」は成長戦略にも記された喫緊の課題です。厚生労働省には、引き続き、これに逆行する「固定残業代」の規制に前向きに取り組んでもらいたいところです。

●行政に期待すること

以上のことから、一定の残業代を含んだ形で人を集める「固定残業代」を保護する合理的な理由はありません。では、具体的にはどのような対策を講じればいいのでしょうか。ブラック企業対策プロジェクトは、次のような政策提言を行っています。

  • 新規学卒者の採用内定時における労働条件の明示に関する政策提言(PDF
  • 京都労働局への申入書(PDF

この記事で詳しく論じることはしませんが、法律を作ったり変えたりしなくても、行政として実効的な対策を講じることは十分可能です。たとえば、ハローワークとしては、今回の基準からさらに一歩進んで、「固定残業代」を基本給や定額の手当の記載から外すよう指導することができるはずです。また、労働基準監督署としては、「固定残業代」に関する重点的な監督を行うことが有効です。実態調査を兼ねることにもなるでしょう。

4,「固定残業代」に遭遇したら

最後に、「固定残業代」への対処方法を簡単に紹介します。

●「ブラック企業」ではないかと疑ってかかる

まず重要なのは、「固定残業代」を含む求人を出す会社は「ブラック企業」の疑いが強いということです。

実態を見てみると大抵の場合「固定残業代」に示される残業時間よりも長く働かされますし、「固定残業代」を求人に含む必然性は、労働者の無知につけ込むこと以外にありません。騙す意図が無いなら、別の記載方法でも対応できるからです。そのため、「固定残業代」を含む求人を見つけたら、「騙す意図があるのではないか?」「働きすぎが蔓延する職場なのではないか?」と疑っておく方が無難です。

ただし、「固定残業代」だとわかりづらい求人もたくさんあります。たとえば、リクナビを運営するリクルートキャリアの求人には、「追加割増手当」という記載があります。

【給与】 大学卒・修了卒 月給27万8,799円

【諸手当】深夜/休日勤務手当、追加割増手当、通勤交通費(当社規定による)

出典:「リクルートグループ」採用情報(リクナビ2015)

全体的な記述から判断するに、これは恐らく「固定残業代」です。まず自社の求人広告から適切な内容に変えてもらいたいところです。

このように、一見して「固定残業代」だとはわからないものもあるため、何だかわからない手当が紛れていたら、「固定残業代」ではないかと疑っておいた方が無難です。

●「固定残業代」が無効になる場合を知っておく

次に、「固定残業代」のある会社で働き始めた場合の対処法です。

ここまで見てきたような一定の条件を満たしていない場合、「固定残業代」は無効になります。無効になるということは、「固定残業代」が残業代として認められないということですから、残業代を請求することができるということです。

そして、「固定残業代」が無効になるような場合は少なくありません。もし「固定残業代」がある会社で働いているなら、たとえば退職時に残業代を請求することで、その後の生活の足しにすることができます。賃金の時効は基本的に2年なので、その分の残業代を取り戻すことができません。

個人でチェックできそうなものに限っても、以下のような場合には、「固定残業代」は無効になります。

  • 契約の際に「固定残業代」があることを伝えられていない。
  • 契約書を見ても「固定残業代」がいくらなのかわからない。
  • 契約書を見ても「固定残業代」がどれくらいの残業時間に対応しているかわからない。
  • 就業規則に「固定残業代」に関する記載が無い。
  • 「固定残業代」に対応する残業時間よりも短い残業時間の場合、受け取る金額が減る。
  • 「固定残業代」に対応する残業時間を超過してもその分が支払われない。

いずれかの項目に該当するなら、一度専門家に相談して、どうやって請求すればいいのか、どんな証拠を残せばいいのかなどを聞いてみましょう。日本労働弁護団やブラック企業被害対策弁護団などが無料労働相談を行っており、労働問題に詳しい弁護士に話を聞くことができます。

【労働問題に詳しい弁護士による無料労働相談】

03-3251-5363/03-3251-5364(月・火・木の15~18時)

03-3251-5363(土の13~16時)

03-3288-0112(平日の10~18時)

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※1 そうでなければ、「40時間までの残業には残業代を払わない」という違法行為の宣言と解釈する他ありません。

※2 このように、割増手当(時間外労働・深夜・休日)を基本給に組み込んだものも、広義には「固定残業代」と呼んでいます。

※3 深夜手当の法定割増率は1.25倍ですから、月給160,000円から時給を計算することで、「最大何時間か」は計算することができます。

※4 なお、厚生労働省の内部文書には(4)が記載されていません。これは改めて示す必要が無いためと思われます。しかし、最低賃金を下回る求人もあることが今回の調査でわかりました。今後はこの点についても厳しいチェックが必要です。

※5 今回の調査は厚生労働省の内部文書を見る前だったため、(3)は調査項目から外れています。ちなみに、調査した感覚としては、(3)についてきちんと記入している企業はほとんどありませんでした。

※6「労働条件偽装にメス ブラック企業の手口「固定残業代制」」(2014年4月16日付 しんぶん赤旗)参照。

※7 どうしても定額の残業代を労働者に支給したい真摯な企業があるなら、基本給や定額手当等の記載には含めずに別途支払う旨を記せば目的を達成できます。基本給や定額手当に含めなければならない理由はありません。

※8 残業は無いが手当を支払いたいという企業が万が一あるのなら、残業手当とは別の手当にすれば目的を達成できます。