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軽減税率は世界の潮流でない

小黒一正法政大学経済学部教授

1月11日付の日経新聞(電子版)に「軽減税率導入で一致 自公、時期では隔たり」というタイトルの記事が掲載された。

この記事によると、「自民、公明両党は11日、都内で与党税制協議会を開き、消費増税に伴う低所得層対策として食料品などの軽減税率を導入する必要があるとの認識で一致した。導入の時期ではなお溝があり、協議を継続する」(抜粋)という状況の模様である。

現在のところ、自民党・税調では、消費税10%引上げの2015年10月からの導入を目標に検討する方がよいとの意見が大勢で、政権内の調整が行われており、公明党が8%からの導入を要求している模様である。

だが、軽減税率は世界の潮流でない。というのは、Ebrill, et al.(2001) “The Modern VAT”という世界の付加価値税(消費税)を国際比較した専門書があるが、この中に興味深い図表がある(p.69のTable 7.2)。これをグラフにしたものが以下の図表である。

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この図表は、「1989年まで」「1990年-94年まで」「1995年以降」の3期間で付加価値税(消費税)を導入した国々のうち、「単一税率」で導入した国の数(青色の棒グラフ)と、「複数税率」で導入した国の数(赤色の棒グラフ)を表している。

図表をみると一目瞭然であるが、複数税率で導入する国は急激に減少し、1990年以降は単一税率で導入する国が大勢を占めている。つまり、軽減税率を導入する試みは、いまや世界の潮流ではないのである。

公共経済学では、最適課税理論で有名な「ラムゼイ・ルール」(個別の財に対する税率はその財に対する需要の価格弾力性に反比例するように決定されるのが望ましい)が存在する。この場合、付加価値税をかけても価格弾力性が低い生活必需品には高税率を適用し、価格弾力性が高い奢侈品には低税率を適用するのが望ましくなる。だが、このような対応は低所得層と高所得層の間の公平性を阻害する可能性があることから、現実には対応不可能である。

このため、低所得者対策として日本では時々、軽減税率の導入が検討課題となるが、生活必需品に軽減税率を導入しても、高所得層もその恩恵を受けてしまい、所得再分配の効果は極めて薄い。また、軽減税率の導入はどの財を軽減するかを巡って政治的な対立や新たな政治的利権を生み出す可能性が高い。さらに、欧州では、軽減税率の線引きを巡って税務当局と事業者との間で訴訟も頻発している。

このような事情から、「マーリーズ・レビュー」(Mirrlees Review)では、単一税率の付加価値税を導入しつつ、低所得者対策は給付付き税額控除で対応する方式が最も望ましいと提言している(注:マーリーズ・レビューは、イギリスのノーベル経済学賞受賞者であるジェームズ・マーリーズ卿を座長に世界トップクラスの経済学者チームによって作成された税制改革指針をいう)。

なお、日経ビジネス・オンラインに掲載したコラムでは、2%インフレが実現しても増税の幅は消費税率換算で25%を超える可能性が高いことを指摘した。このような現状で軽減税率を導入すれば、社会保障費を削減しても、増税を消費税で行う場合には相当高い税率となることを覚悟する必要がある。

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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