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旭化成建材・杭工事データ偽装問題の背景と改善試案

小黒一正法政大学経済学部教授
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

旭化成建材の杭工事データ偽装問題の波紋が継続しているが、この問題の背後には1998年以降に実施された規制改革の制度設計が不十分であったことも関係する可能性がある。

この意味を確認するため、規制改革や過去の事件を簡単に確認しよう。

まず、規制緩和という政治的要請で、1998年の建築基準法改正により、それまで地方自治体の建築主事が独占的に行ってきた建築の確認・検査業務を民間開放した。

筆者は、民間開放は間違った方向性ではないと思う。理由は、建築確認・検査の件数が増加する一方、現下の厳しい財政事情の下では行政側の定員増にも限界があり、民間活力を利用するのは政策的な選択肢の一つであるためである。

だが、約10年前の2005年11月、姉歯秀次1級建築士(当時)による耐震偽装問題、いわゆる姉歯事件が発覚し、建築業界に衝撃が走った。

姉歯事件は、同建築士が構造計算書を偽造し、耐震基準を満たさず、耐震強度が大幅に不足するマンションやホテルが建設されていたことが発覚した事件である。

このような問題の再発を防止する観点から、2007年6月、偽装に対する罰則強化や建築確認・検査の厳格化を含む、建築基準法や建築士法等の改正関連4法が施行された。

にもかかわらず、今回の杭工事データ偽装問題が発生した。今回の事件は、工事段階での偽造であり、設計段階での姉歯事件(耐震偽装問題)とは異なる偽装だが、偽装を見破る官民のチェック体制が十分に機能しておらず、被害が拡大してしまった点は共通する。

では、どうすれば問題を解決する方向に導くことができるのか。問題の解決は一筋縄ではいかないが、この解決を図る一つのヒントは、偽装を見破るチェック体制が民間活力で自律的に強化されるメカニズムを導入するよう、制度設計することにある。

まず、現状の建築確認・検査業務は、地方自治体の「建築主事」や民間の指定確認検査機関(国交大臣や都道府県知事が指定)の「建築確認審査員」が担っている(注1)。

このうち、民間活力という視点で期待できるのは、「建築確認審査員」であろう。だが、「指定確認検査機関」は民間といっても、「指定」という言葉が表すように、確認・検査業務の手数料は自由に設定できずに一定の制約がある。

また、最高裁決定(2005年6月24日)や横浜地裁判決(同年11月30日)等により、「民間の指定確認検査機関が行う事務は特定行政庁(地方自治体)の監督下にあるため、その事務で発生した第三者に対する賠償責任は、地方自治体に帰することを肯定する」旨の司法判断も存在する。

以上の制約の下、指定確認検査機関が収益増を図るには、できる限り多くの確認検査を行って手数料を稼ぐ必要があるが、限られた人員体制の下では、確認検査の質を低下させてしまう可能性がある。

この歯止めになるのは、確認検査の質を低下させ、杭工事データ偽装や耐震偽装といった偽装問題が発生すると、指定確認検査機関の確認検査に対する信用度が低下し、最終的には「倒産するリスク」であるはずだ(注:指定確認検査機関でなく、偽装業者の倒産リスクが上昇するのは当然)。

だが、上記の司法判断がある状況では、建築確認審査員が厳格なチェック(確認検査)を行うインセンティブが弱くなり、状況によってはモラルハザードが発生する可能性がある。例えば、横浜市都筑区のマンションの杭工事データ偽装問題では、当該マンションの「建築確認」「中間検査」「完了検査」は民間の指定確認検査機関が実施している。

したがって、厳格なチェックを行うインセンティブを高める一つの方法は上記の司法判断を是正することだが、最高裁決定などであり、その是正は容易ではなく、また、偽装を完全に見破ることは不可能なはずである。

そこで、もう一つの解決策の方向性として考えられるのが、杭工事データ偽装や耐震偽装といった偽装問題が起こって第三者に損害が発生した場合、その損害賠償を行うための専門保険を設定する(逆選択の回避のために強制保険とする)。その上で、この専門保険を指定確認検査機関に運営管理させることである(注2)。

何重にも連なる下請け構造の下では、例えば元請と下請の保険料負担の割合を50:50とし、住宅工事に関係する全業者の加入を義務付ける保険とすることも考えられる。

その場合、指定確認検査機関は保険料収入の一部を収益源として得ることができ、確認検査を行う人員の拡充が可能となる一方、何か偽装問題が発生すれば、損害を被った第三者は保険金の受取りで損害をカバーできる。

また、偽造問題を起こした業者は、保険料率が上昇する形で制裁(ペナルティー)を受け、それを繰り返すと「料率>工事利益」となって市場から退出を余儀なくされる

さらに、指定確認検査機関の確認検査が不十分で偽装問題が発生すれば、指定確認検査機関は保険金の支払いで収益が低下するので、偽装を見破るチェック体制を強化する自律的なインセンティブが働くはずだ。

なお、上記の専門保険の制度設計では、財務省が所管する地震保険制度の仕組みも参考となろう。地震保険制度は、地震リスクは民間保険会社のみでは負担の限界があるため、民間保険会社の負担力を超える部分を政府が再保険し、官民で保険責任を分担する仕組みとなっている。

この仕組みを参考に、上記の専門保険でも、保険料収入の蓄積のみでは賠償の負担能力に限界がある超過部分のみ、政府が再保険を設定する試みも考えられる。

(注1) 建築主事や建築確認審査員は、「建築基準適合判定資格者検定」という国家試験の合格者で国交省に登録した者

(注2) 関連制度としては、例えば住宅瑕疵担保責任保険もあるが、この保険の加入者は買主でなく、売主である。また、その補償対象は「補修に対する直接の費用や調査費用等」で、1住宅当たりの上限額は2000万円に過ぎない。

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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