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「ニッポン一億総活躍プラン」の鍵を握る「データ産業革命」~欧米を凌ぐ戦略に何が必要か~

小黒一正法政大学経済学部教授
(提供:アフロ)

時代は「ICT」から「データ産業革命」へ

欧米では「データ」を巡る動きが活発になりつつある。ドイツは第4次産業革命(Industry 4.0)、アメリカはインダストリアル・インターネット(Industrial Internet)を推進している。まず、前者(第4次産業革命)は、ドイツが産官学一体でIoT(Internet of Things、様々なモノがインターネットに接続され、情報交換することで相互に制御する仕組み)を活用し、製造業の高度化を目指す戦略的プロジェクトをいう。また、後者(インダストリアル・インターネット)は、アメリカのGE等が提案するもので、様々な製品のIoT化で収集されるビッグデータを分析し、次の製品開発や生産活動に生かす構想をいう。

両者の成否を最初に握るのは「データ」である。このため、「ICT革命の次は、データ産業革命」という認識が密かに浸透しつつある。その象徴の一つが、人工知能(AI)の急速な発達であり、データを蓄積したAIがトップレベルの囲碁や将棋などの棋士に勝利する事例が頻発している。例えば、AI開発ベンチャー企業「ディープマインド」の囲碁ソフト(アルファ碁)が、2013年から15年の欧州チャンピオンに5戦全勝し、世界トップ棋士の一人にも勝利した。

また、価格や取引のビッグデータをコンピューターに蓄積し、ディープラーニング(deep learning)の手法などを用いて、数分後の株価などの予測能力を高める人工知能の開発も進みつつある。これらの試みが、コンピューターにあらかじめ組み込んだプログラムで、1秒間に数千回もの売買発注を行う「超高速取引」と融合すると、投資の世界は激変する可能性が高い。

例えば、アメリカの投資会社バーチュ・ファイナンシャルは、「1238日間の超高速取引で、損失を出したのは1日のみである」旨の情報を2014年3月に公開し、世界の市場関係者を驚愕させたが、このような試みに人工知能やビッグデータ等を利用した予測技術が融合するのは時間の問題であるはずだ。なぜなら、人工知能の進化の鍵を握るのは膨大かつ良質な「データ」であり、「データを制するものが人工知能の進化を制する」からである。

そして、いまIoTの関連市場も急速に拡大しており、その背後では人工知能やビッグデータ解析・3Dプリンター・ロボット等の活用を含め、世界では“データ”を“新たな資産”に位置付ける「新たな産業革命」、すなわち「データ産業革命」が起こりつつある

その際、特に注目すべきは関連市場の成長スピードである。海外のガートナー(Gartner)等の調査によると、ビッグデータ・IoT・人工知能等の関連市場は年間約15%で成長することが予測されている。この15%という値は、低迷する先進国の経済成長率、日本企業のROE(8-9%程度)や不動産リートの期待利回り(4-5%程度)などと比較すると、遥かに高い成長率である。

このため、日本でも経済産業省などがビッグデータ・IoT・人工知能等の発展を推進するための組織「IoT推進コンソーシアム」を立ち上げ、産官学連携を進めているが、日本の前方には「ICT革命」の勝者であるアマゾンやグーグル等の巨人が立ちはだかっており、その基盤はまだ弱い

フィンテックを超えた「データ」と「金融」の融合を

このような状況の中、先般(2016年5月18日)、首相官邸で開催された「第8回一億総活躍国民会議」において、「ニッポン一億総活躍プラン」の案文が明らかとなった。案文は全部で85ページもあり、全体像を把握することは容易ではないが、「第4次産業革命」に関する取組みが盛り込まれたことは評価に値する。

だが、「ICT革命の次は、データ産業革命」という視点でみると、「ニッポン一億総活躍プラン」に盛り込まれた内容では、欧米を凌ぐ戦略とはならない。ビッグデータ・IoT・人工知能等の関連市場を発展させる「起爆剤」が必要である。

そこで、筆者が提案したいのは、フィンテック(FinTech)に留まらない、「金融との融合」である。具体的には、ビッグデータ・IoT・人工知能(AI)から派生する権利に対し、不特定多数の(内外の)投資者からマネーを集め、収益を分配可能な「集団投資スキーム」に関する法的な整備を日本が世界で最初に行うことである。

不動産では「不動産リート(REIT)」(Real Estate Investment Trust)や不動産証券化などの「集団投資スキーム」があるが、それを可能とする法改正が不動産開発の起爆剤となったことは有名である。これと同様に、ビッグデータ・IoT・人工知能(AI)から派生する権利について、似た「集団投資スキーム」を提供するのである。これは、「データ(Data)」を「資産(Asset)」に変換する機会も提供するはずだ。

では、なぜ上記のスキームが重要なのか。まず、一つの大きな理由は、国家予算の限界、金融市場の活性化である。現在、「ニッポン一億総活躍プラン」に盛り込まれた第4次産業革命に関する取組みの多くは国家予算に依存するものも多いが、財政赤字が恒常化し、政府債務が累増する中、第4次産業革命に回す予算には限界がある。

だが、上記のスキームが整備できれば、1700兆円という日本の個人金融資産のほか、世界のマネーを含め、金融のパワーを利用し、ビッグデータ・IoT・人工知能(AI)等に関する成長を加速する起爆剤(=本当の成長戦略バズーカー)となる可能性がある。

新たな職種・市場の創設も

もう一つの大きな理由は、ビッグデータ・IoT・人工知能等の投資を行う場合、大規模かつ質の高いデータの収集や整備を行うには高額のコストがかかるため、将来収益が見込めるプロジェクトでも、ベンチャーキャピタル等が躊躇し、データ収集や整備に必要な資金が集まらないケースも多い。また、企業自らが資金調達を行う場合、そのバランスシートで負債が急増するリスクもある。このようなケースで威力を発揮するのが、市場メカニズムの活用の一環としての「集団投資スキーム」であり、企業自らのバランスシートとは切り離した形(=オフバランス)で資金調達が可能となる。

また、金融との融合を図る上記の提案は、雇用面でも重要であり、ビッグデータ・IoT・人工知能等の関連市場の活性化を通じて、「データ分析職」(データ・サイエンティスト)や「マーケティング・テクノロジスト」といった新たな職種の育成も加速するはずである。

なお、「データ産業革命」に勝利するためには、いま政府が検討を進めている「データ共有のプラットフォーム」等の構築(例:経産省が推進するIoT推進コンソーシアム、Deep Analytics)のほか、その専門市場の創設も重要となる。特に、クローズド・データや個人情報等の保護が重要なデータの場合、データの秘匿性を守りつつ、データのマッチングを行い、情報の共有を進める必要がある。

いずれにせよ、日本がグローバル競争に生き残るためにも、既存の試みを強化する必要があることはいうまでもないが、ドイツやアメリカの後追いでなく、国内貯蓄の有効活用や世界からマネーを呼び込む検討を含め、オール・ジャパンの叡智を結集した体制で「新たな産業革命(=データ産業革命)」に勝利する“新たな戦略”を構築することが早急に望まれる

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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