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ヘリマネと預金封鎖

小黒一正法政大学経済学部教授

イギリスの元FSA長官のアデア・ターナー氏の著書『債務、さもなくば悪魔 ヘリコプターマネーは世界を救うか?』(日経BP社)が最近発刊された。

ヘリコプターマネーは、アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンが提唱した政策であるが、ターナー氏は現実的には2つの方法があるとしている。

具体的には、第1に、中央銀行が紙幣を増発して将来拡大する財政赤字を直接ファイナンスする方法と、第2に、中央銀行が既発の国債を買い入れ、バランスシート上に無利子永久債として計上して、事実上消却する方法である(詳細は2016年6月7日付の日本経済新聞・経済教室「ヘリコプターマネーの是非(上)日銀の財政資金供給 不可避」を参照)。

これらの政策はいわゆる「財政ファイナンス」であり、ヘリマネとは「国債を無利子の中央銀行の債務に置き換えること」を意味する。2016年6月7日付の日本経済新聞・経済教室において、ターナー氏は、日本の財政問題について、以下の通り記載していた。

日本の公的債務残高から政府資産および準政府機関が保有する国債を差し引いた純債務は、国際通貨基金(IMF)の標準的な定義に従うとGDP比128%になる。このうち約半分(GDP比66%)は現在日銀が保有しており、日銀は政府の影響下にある。よって日銀を含む統合政府ベースではこの債務は存在しないので、本当の意味での純債務はGDP比62%となる。

日銀が年80兆円のペースで国債を買い入れる一方、年間発行額が40兆円未満ならば、民間投資家が保有する国債はどんどん減ることになる。このままいけば、政府とは全く無縁の主体が保有する国債は18年末にはわずかGDP比28%に、20年ごろにはゼロになるだろう。つまり日本の財政問題は消滅するはずだ。

この文章を読む限り、異次元緩和で日銀が国債を買い取れば、無コストで財政再建が可能になるような印象を与えるが、冒頭のターナー氏の著書『債務、さもなくば悪魔』(日経BP社)の第14章では、ヘリマネのコストを記載している。例えば、第14章の注19には以下の記載がある。

中央銀行は利子の付かない国債を引き受けるので、それに見合う負債(商業銀行が追加で中央銀行に預け入れる準備)に利子が付けば、損失が発生する。じつは、中央銀行は(究極的には常に「紙幣を刷れる」ため)、会計上、絶対に支払い可能である必要はないが、損失が続くとその行き着くところは以下の2つのどちらかになる

(1)政府が予算から補助金を支給する形で、中央銀行の損失を穴埋めする。(ただし、それには増税か歳出削減が必要で)、将来、景気に収縮効果を課すことになる。(2)中央銀行がさらに通貨を増発し、潜在的に過度な刺激効果を生み、有害なインフレを引き起こすこれに対して、新たに創造された商業銀行の準備の利子をゼロとすることで損失を回避し、こうした将来の2つのリスクを避けることができる。

この指摘は、拙著『預金封鎖に備えよ』の第2章や第5章等で説明していた内容と概ね同じであり、上記の(1)の補助金を支給するためには、日銀法の改正が必要となる(拙著p123参照)。

また、上記の(2)についても、準備の利子をゼロとするためには「法定準備率を引き上げる必要」があるが、それは民間銀行等が日銀に預けている準備預金を事実上「預金封鎖」することを意味し、拙著p117-122やp225-230等で説明している通り、最終的には一種の預金課税となる。

実際、ターナー氏の著書『債務、さもなくば悪魔』(日経BP社)のp369でも、以下の記載がある。

所要準備の金利をゼロにすることは、事実上、将来の信用創造に対して課税しているのと同じことである。

すなわち、拙著『預金封鎖に備えよ』で詳細に議論している通り、日銀が国債を買い取ったからといって、無コストで財政再建することは不可能なのである。

なお、国民にマネーを配るのは「再分配政策」で、政府による財政政策の領域に属し、中央銀行による金融政策に属すものではない。金融政策とは、中央銀行が民間金融機関との間で国債と準備を等価交換するもので、国民にマネーを配る再分配政策等を行ってはいけないルールになっている。

これは、財政民主主義の観点から、国民の財産や所得に影響を及ぼす可能性のある再分配政策や課税等は財政政策の領域に属し、議会を通して決めるべきという前提があるためであり、この点について、ターナー氏の書籍に記載がないのは問題である。

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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