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根本的な矛盾を抱えるWBCの参加意義を考える

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
現行の開催基準ではWBC王者と世界一は決してイコールではない(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

これまで第1回大会からすべてのWBCを現場で取材してきた。決勝ラウンドまで日本代表とは違うブロックを担当し、プエルトリコやメキシコにも足を運んだ。そんな取材体験を通して感じているのは、サッカーやラグビーのワールドカップのような空気感を味わうことは一度もなかったということだ。

WBCが始まった当初からシーズン開幕前の開催時期はずっと疑問視されてきた。各国代表に選手を派遣しなければならないMLB各チームは現在でも「公式戦>WBC」の考えに変わりはなく、どうしても“真”の代表チームを結成するのは不可能な状況だ。しかも参加した選手にしても、この時期にシーズン中並みのパフォーマンスができるはずもない。

それでも主催者であるMLBは、この時期でしか開催できないという姿勢を貫き通している。今回の第4回大会も例年以上に主力選手の参加が見込まれているとはいえ、マイク・トラウト選手やブライス・ハーパー選手が早々に不参加を表明しているように、今でもWBCに魅力を感じていない選手がいるのも確かだ。

WBCが現在、MLB選手も参加する唯一の国際大会であることは間違いない。だが開催基準に問題を抱えている限り、ワールドカップのような“世界一”を決める大会にはなり得ないという根本的矛盾を解消することはできない。

しかし日本国内では第1回大会から常にWBCを崇高な大会と位置づけ、選手たちに“世界一”になることを期待し続ける。過去の大会でも決勝ラウンドで日本代表の取材に加わる度に、あまりの現地との温度差に違和感を抱かずにはいられなかった。

もちろん高い放映権料を支払うTV局や、日本代表やWBCにスポンサー料を支払う企業からすれば、盛り上がってほしいのは理解できる。だからと言ってWBCの本質部分を逸脱するような盛り上げ方は、選手たちに要らぬプレッシャーを与えるだけでしかない。

WBCに参加するなと言っているのではない。WBCはWBCとしての楽しみ方があるはずだ。MLBの人気選手たちが国別で対決する興味深い大会であるのは間違いないし、過去の大会を取材していても十二分に楽しかったと断言できる。

特にラテン系の選手たちの出身国に対するアイデンティティは強く、決して万全のコンディショニングではないながらも試合をする限りは勝つために真剣にプレーしてくれている。それでも敗れたからと言って「母国のために世界一になれなかった」といった悲壮感はなく、あくまでWBCという国別対抗戦を満喫しているというのが本当のところだ。

前回大会で優勝したドミニカ代表も大会を通じてグラウンド上は常に笑いに包まれ、ドミニカ代表として戦うことを心の底から満喫していた。そして優勝を決めた後も「WBC王者になった」ことを喜んではいたが、選手の誰からも「自分たちが世界一になった」という言葉を聞くことはなかった。

侍ジャパンの選手たちも、ぜひ彼らと同じメンタリティで参加してほしい。彼らにとってもMLBのトップ選手が参加する国別対抗戦はWBCしかない。トップ選手と戦いながら自分の実力がどの程度通用するのか試してみたいと思うのはアスリートの性であり、彼らにとって至福の時間であるはずだ。そのために真剣勝負を繰り広げればいいのであり、周りから選手に対し余計な悲壮感を植え付ける必要は無いだろう。

そして大会を通じて自分の実力を推し量る中で、MLBに挑戦したいと考える選手もでてくるだろうし、NPBの中で新たに生まれた課題に取り組みながら更なる成長を目指そうとする選手も出てくるだろう。勝敗に関係なく選手の向上心に繋がるような大会になれば、それだけで日本の野球界に大きなプラスになるはずだ。

参加する選手のみならず応援する側も、矛盾は矛盾として受け入れた上で“世界一”に囚われずにWBCを楽しんでみてはいかがだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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