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「とと姉ちゃん」Pに聞いた、なぜ「暮しの手帖」や大橋鎭子や花森安治はモデルでなくモチーフなのか

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
NHK 連続テレビ小説「とと姉ちゃん」より

==「とと姉ちゃん」落合将プロデューサー インタビュー

花森さんと大橋さんは、2016年の今こそ知らしめないといけない人だったという気がします。==

朝ドラこと連続テレビ小説『とと姉ちゃん』は雑誌『暮しの手帖』の創立メンバーである経営者の大橋鎭子さんや編集者の花森安治さんをモチーフに描いたドラマ。

「モデル」ではなく「モチーフ」ということで、その違いってなんだろう? 辞書を引けば、モデル=「素材」、モチーフ=「題材」「表現活動の動機」とあって、その違いはなんとなくわかります。モデルのほうがモチーフよりもそのものに近く、モチーフのほうが創作の自由度が高くなるようですね。

そうなったわけは、NHKの性質上、今も販売されている『暮しの手帖』の名まえが大々的に出せないからだろうかと想像しますが、「モデル」(そのものに近い)と信じこんでいる人も多いですし、そう書いている記事も多いのも事実です。

では、「モデル」ではなくて「モチーフ」とすることでキャラ設定やエピソードはどう変わっていくのか、実際、プロデューサーに聞いてみようと取材を申し込んでみました。

なお、近年の朝ドラでは、公式発表によると、

『花子とアン』(14年)“「赤毛のアン」の翻訳者・村岡花子の半生記”

『マッサン』(14年)“日本のウイスキー誕生を支えた竹鶴政孝とその妻リタがモデル”

『あさが来た』(15年) 広岡浅子の著書「小説土佐堀川」を“原案”、

次回作の『べっぴんさん』(16年10月〜)“坂野惇子さんをモデル”

となっています。

なぜ、モチーフなのか

落合『とと姉ちゃん』、楽しんで見ていらっしゃいますでしょうか? 

ーどんな人が見ても楽しめる内容を書ける西田征史さんは才能があると思います。

落合いつもの朝ドラと違って、恋愛が少ないのが物足りないかもしれないなあと。でも、もうしばらくすると出てきますが。常子が恋愛と仕事に関して決断します。

ー星野武蔵、再登場ですか?

落合そうですね。そこだけはちょっと日和ったというか(笑)。最後は、恋愛と仕事、両方とも盛り上げます。西田さんが当初から考えていたことです。

ーやっぱり恋愛も入れなければというお考えですか?

落合そうですね、やはりトータル26週間もありますから、エピソードをいろいろ入れないと盛り上がらない、というのもありますし、人生は、恋愛と仕事の両輪だと思いますので、そこは外せないと考えました。

ー正直、出版編がはじまった時、雑誌が立ち上がってしまうと、後はどうするのかなと気にはなっていました。

落合 確かに、雑誌づくりの話を延々やっても単調になってしまうでしょうから、出版社編に入るまでのドラマ作りをだいぶ考えました。とはいえ、モチーフの雑誌はネタの宝庫で、雑誌社を作ってからも、心配するほどエピソードには事欠くことはなかったです。

ーいま、ちょうど、モチーフとおっしゃいまして。モチーフにすることとモデルにすることとはどう違うのか? なぜモチーフにされたのか? について今日は伺いに来ました。

落合基本的にそんなに差はないと思います。簡単にいうと、朝ドラは、多少コメディタッチにデフォルメしています。朝からあまり重いものは敬遠されるし、より多くの方が見やすく、楽しんで観て頂かねばならないので。題材の事実と多少距離感が必要になるんです。例えば『とと姉ちゃん』では、事実だと大橋鎭子さんのお父さんの実家が深川の材木商ですが、それをお母さん方に変えました。深川がドラマの舞台にしやすかったからで、その下町設定をさらに広げるために、森田屋という架空の仕出し弁当屋さんを作りました。ああいう下町らしい人たちを入れることでコメディ的な要素が生まれ、多くの方に楽しんで観てもらえるようになります。『暮しの手帖』を全く知らない人でも楽しんでもらえるような工夫が必要でした。

ー事実にはまったく無関係な静岡を舞台にしたわけは?

落合実際のお父さんは北海道の製麻会社の工場長でしたが、大橋さんが6歳くらいまでしか北海道にいなかったということなど、いろいろな事情を鑑みて、戦前に衣料産業が盛んだった遠州地方の染物工場に製麻会社を置き換えました。主人公に「衣」の部分を負わせるのは史実通りで、その後、東京は深川に出て来て、実家の材木商で「住」の体験、仲違いして出て行った先のお弁当屋さんで「食」の体験をさせました。16週以降、出版社編になっても、再び、衣、住、食を体験しています。直線断ち、狭い家での暮し、ホットケーキと。

ー落合さんのプロデュース作『ゲゲゲの女房』はモデルとしていましたか。

落合あのときは原案がありましたので、「原案」表示でした。

ー「モチーフ」であるからこそ、主人公の恋愛の要素も入れて行くことにしたのでしょうか。

落合、もちろん、大橋さんにも恋愛はあったと思います。どこにも書かれていないし、そういうのはあっても、なかなかご本人は自伝には書かないのでは。西田さんはそこを想像して創作しました。ただ、武蔵の設定は、植物オタクという突拍子もないもので(笑)そのへんは西田さんのテリトリーの範囲で書いてもらいました。

ー花山のモチーフになった花森安治さんに忠実に描いてしまうと彼の思想的なことが入らざるを得なくなりますよね。

落合そこは正直、微妙です。花森さんはわりと反権力的な方で、政治や政府にも一家言があったとされている。そこを朝ドラでストレートにやるにはなかなかハードルがある。『とと姉ちゃん』では、今後登場する赤羽根という古田新太さん演じる経営者が、資本主義の権化(=権力)としてデフォルメした役にしています。

ー古田さんの役は完全オリジナルですか?

落合そうですね。

なぜ、好視聴率なのか

ー「とと姉ちゃん」、視聴率も高いですし、落合さんは勝因をどこと思っていますか。

落合これがわからないんですよ。逆に聞きたいくらいです(笑)。『とと姉ちゃん』の視聴率の高さは『あさが来た』の視聴習慣も大きいと思っています。

ー朝ドラが積みあげてきた成果ですよね。

落合それはありますね。視聴率を見る限り拒否はされてないと思いますが、その理由は正直皆目わからないですね。昭和時代が懐かしいのかな? くらいしか(笑)。でも、それは冗談ではなく、『あさが来た』しかり、最近数字を取るは時代物です。話題になった『あまちゃん』はありましたが。

ー『あまちゃん』も業界人気ですよね。

落合あと若者ですね。ここ数年で、最も若者に受けた朝ドラは『あまちゃん』だと思います。

ー『あさが来た』あたりから大人の方の視聴者が復活したと聞きました。

落合そうかもしれないですね。

ー『とと姉ちゃん』はお年寄りが観ても置いていかれない優しい世界ですよね。

落合そうですね、高齢者に優しいドラマかもしれないですね、西田ワールドは。

ー子供も好きだと思います。西田さんの脚本は幅広い層にフィットするからすごいですね。落合さんの力かもしれませんが。

落合いえいえ、そんなことありません。彼の描く世界のとぼけたところ、やさしいところがいいのかな。朝ドラ世界にはやさしさも大事ですから。そこが好評な部分なのでしょうか。詳しくは分かりませんが、50歳代くらい以上の女性の方がずっと見てくださっているようです。

ー(視聴者が視聴習慣を)離さないって大事ですね。

落合大事ですよね。視聴率がある程度いいと、現場も健康的になります。そういう意味では現場はとても仲良いです。

ー無理とはわかりながら、元皇族の方から原稿をもらう話をやってほしかったです(笑)。

落合そのエピソードを含め、作家から原稿をもらうエピソードは、19週の平塚らいてうさんにすべて集約しました。出版社でポピュラーな原稿をもらうエピソードはどうしても地味になってしまう。そこで、まず、服をつくって、住まいを整えて、食事をつくって・・・その後、ようやく原稿をもらう話を設定しました。でもやっぱり地味になりそうだったので、鞠子の結婚を同じ週にしたんです。

常子と花山、どこまで描くか

ー視聴者を離さないように考え抜かれているんですね。最後はどこまで描かれるんですか?

落合昭和48年までです。

ー花森さんが亡くなったのは53年だそうですが、ドラマではそこまで描かない?

落合どこまで描くかはまだ明かせません。ある種の夫婦ものなので、常子と旦那の歩みを描くことは確かです。

ー旦那?

落合ちょっと喩えがへんですが(笑)、旦那さんみたいなものということで(笑)。『とと姉ちゃん』は恋愛要素が薄く、主人公が生涯独身で、仕事のパートナーとの物語がメインになるというのは、この数年の朝ドラの系譜にはなかったことです。夫婦ものが主流の最近の朝ドラとは違う方向性のものをやってみたかったという思いはありました。

ー確かに、最初この設定を知ったとき、相手役がビジネスパートナーであること、しかも、演じる唐沢さんはトレンディドラマの主役を張ってはいましたが、いまやキャリアも積んで、もはやイケメン俳優というポジションではなく実力派なので、どうなるのだろうと思っていたら、確実に魅力的でした。

落合主役みたいに見えてしまうという意見もありますが(笑)、そこへさらに、古田新太さんが出て来たときにどうなるか。三つ巴を楽しみにしてください。

ー唐沢さんに古田さんに囲まれたら、高畑さん大変ですね。

落合古田さんは今回、『あまちゃん』みたいに軽みのある役ではなく、ゴリゴリの悪役ですから楽しみですね。

ー制約の中でドラマを作るにはいろいろご苦労がおありだとは思いながら観ています。

落合花森安治と大橋さんという人は、日本でほとんどの人が知らなかったと思いますが、2016年の今こそ知らしめないといけないふたりだったという気がします。おそらくバブルの時代だったら見向きもされなかったと思いますが。

ー花山がやっている知恵の輪のアイデアはどこから?

落合花森さんはプラモデルとか帆船模型が趣味だったんですが、西田さんが知恵の輪に変更しました。天才は別のことをしながらアイデアを発想していくものだというので、そのひとつですね。

ーわかりました。今後の展開を期待しています。

落合毎日、レビューを書いていますよね? 時々読んでいますけど(笑)。

ーありがとうございます。批判もしているので、いらっとされているんじゃないかと思っていました(笑)。※エキサイトレビューで毎朝朝ドラレビューをやっている

落合僕は褒め言葉は嬉しいけど、けなされることには弱いので、お手柔らかにお願いします(笑)。ただ、僕らのやり方が、どれくらい支持されているかはわからないので、反応は聞きたかった。『あさが来た』ではディーン・フジオカや玉木宏が色濃くいて、女子のハートをつかんでたのに、『とと姉ちゃん』ではそういう人物が薄目で(笑)。代わりに濃いのは唐沢さんという(笑)。そういうドラマがどういうふうに観られるか気になってはいます。東堂先生のことばではないですが、「挑戦よ、挑戦」です。(笑)

お話してわかったこと

◯NHKでは特定の商品名や思想的なことを出せないという制約のなか、不特定多数の人に受け容れられる、朝見るのにふさわしい軽みのあるドラマを作ろうと工夫している。

◯「モデル」と「モチーフ」は厳密に分けているわけではないが、「モチーフ」とすることで史実から離れた創作部分の自由度は広がる。

◯恋愛要素の少なさは気になっている。

◯花森安治の存在は、2016年の今こそ知らしめないといけない人だったと思っている。

そのうえで思ったこと

近年増えているとはいえ、まだまだマイノリティーである生涯未婚である女性について描き切れば歴史に残るドラマになるかもしれません。朝ドラという制約のなかで、どこまで描けるか、期待しています。

profile

おちあい・まさる

1968年神奈川県生まれ。92年NHK入局。主なプロデュース作品に連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」、大河ドラマ「平清盛」、土曜ドラマ「限界集落株式会社」など、演出作に「僕はあした十八になる」「すみれの花咲く頃」などがある。

画像

連続テレビ小説「とと姉ちゃん」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)

脚本 西田征史

演出 大原拓 ほか

出演 高畑光希 木村多江 相楽樹 杉咲花 唐沢寿明 ほか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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