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渡辺謙が北川景子と二階堂ふみのお父さんに。今夜(1月8日)放送 ドラマスペシャル『しあわせの記憶』

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

渡辺謙がダメ親父に

世界の渡辺謙が現代日本のダメ親父を演じるホームドラマ『しあわせの記憶』がおもしろい。

放送前に掲載する原稿なので、おもしろくなかったら紹介をやめる覚悟で見たら、予想以上に楽しめた。 

妻(麻生祐未)と娘ふたり(北川景子と二階堂ふみ)を残して行方不明になっていたダメ親父(渡辺謙)が5年ぶりに戻ってきて・・・というはじまりは、「父帰る」(菊池寛が大正時代に書いた戯曲)のようなオーソドックスさでありながら、脚本家・大石静が描いたのは、むろん昔々の大家族でもないし、もはや核家族ものでもなく、より今日的な家族の形の可能性だった。それがどういうものかドラマを見ていただくとして、ストーリーをもう少し説明しよう。

渡辺謙演じるダメ親父は、姿を消す前にいろいろあって、すでに妻とは離婚が成立している。それがのこのこ家に戻ってきた事情はかなり情けないもの。しかも、そのとき妻には新たな男(菅原大吉)の影が。ダメ親父は、北川景子演じる長女に雇われて、男が信頼に足る人物か調査することになる。

父なきあと家長のようになっているのは妻ではなく、長女だ。とはいえ、いまどきなビジネスを立ち上げて颯爽と働いているように見える長女にも悩みがある。会社の今後や、恋人ではないビジネスパートナー(三浦貴大)との関係にもやもやしている。次女は、長女と違ってやるべきことが見つからずコンビニで、先輩(千葉雄大)に叱られながらぼんやりバイト中。妻は、新たな男との触れ合いによって、きらめきを取り戻しているとはいえ、やっぱり過去の結婚の失敗を忘れることはできなくて……。そんな3人3様の家族の悩みに対してダメ親父は親身にコミットしていく。この親父、いわゆるふつうの社会生活が営めないわりに、まっすぐ熱いハートでみんなの心をほぐしてしまう。親父と妻、親父と長女、親父と次女、それぞれの場面の雰囲気がじつにいい感じ。だから、もしかしてもう一度、彼は家に戻れるのではないか? 菅原大吉はいわゆるかませ犬ではないのかと思わせるが、はたして……。

ふたりのどちらかを選ぶのは麻生祐未。勤務先のカフェの制服の黒いタイトのミニスカートをはいたショートカットがチャーミングな麻生が渡辺謙か菅原大吉のどちらを選ぶか問題に、ふたりの娘たちの問題も絡んでいく。ひとつひとつはそれほど大きな事件ではないにもかかわらず、最後まで興味を引きつけて離さない。

それはやっぱり渡辺謙の力が強い。軽妙洒脱とはこのこととばかりに、職も家族も失った根無し草の男の、白髪交じりの無精髭や、ださいポロシャツ、妻のピンクのエプロンを着て料理したり、軽くふるまいながらも男としてのプライドが見え隠れする様は、こういう人いそうと思わせる。2016年に公開された映画『怒り』(原作:吉田修一、監督:李 相日 東宝)でも、ポロシャツをパンツにインして着ている風情が実直な地方都市の労働者の生活を感じさせた渡辺謙。ブロードウェイでミュージカル『王様と私』の王様役(トニー賞の主演男優賞にノミネートもされた)を演じたり、雑誌などで上質なスーツを着こなしたりもしている一方で、労働着をこれほどナチュラルに着こなせるレンジの広さよ。

ただ、仕事がなくて家賃も払えず家族に見放された中年男像がリアル過ぎても、新年早々、辛いものがある。そこを、渡辺謙は、貧しさの深い沼にはまってしまうすれすれで、ツバメのように軽やかに翻って、ユーモアを交えながらダメな男に救いを作り出す。これは、大石静の脚本の巧さとの相乗効果だ。そう、「しあわせの記憶」では、主人公をはじめとして登場人物たちの不幸や悩みがあくまでも「ほどほど」に描かれていることで見やすくなっている。ここで書かれた家族の形も、その延長線上にある気がする。そして、最後まで見ると、ふっと肩の力が抜けて、いい風が通り過ぎたような気になるドラマだ。

ドラマがイベント化するなかじっくり見せるドラマの必要性

2016年の後半、テレビドラマは、リアルタイム視聴以外の視聴もわかる「総合視聴率」調査が導入されたことで、30%近い支持を得ている作品もあることがわかり、一時期のテレビドラマは見られなくなったという説に変化が起きている。ちょうど10月期に『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)や『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』(テレビ朝日)など高視聴率ドラマが放送され、大河ドラマ『真田丸』(NHK)が年間通して話題になったこともあって暮れは盛り上がった。人気が高いのはSNS連動イベント型の作品で、今後もそういうものが増えていくであろうが、そんななかで『しあわせの記憶』は、脚本と芝居でじっくり見せるドラマだ。連ドラがイベント化するのは仕方ないとして、2時間スペシャルはこのようにじっくりつくっていってほしい。1月3日に放送された「新春スペシャルドラマ 富士ファミリー2017」(NHK)も同様に充実したスペシャルドラマだった。『しあわせの記憶』ともども、ドラマ好きにとっては幸先良い。

父が不在中、家のローンを肩代わりしている長女役の北川景子は、2016年夏、大石静のドラマ『家売るオンナ』(日本テレビ)で、「ゴー!」が口癖の仕事一筋の猛女役で注目されたが、今回はそのときのイメージもやや残しつつ、等身大の役柄になっている。二階堂ふみは、園子温監督作品などをはじめとして、映画では相当弾けた役をたくさん演じているが、テレビドラマだと『そして誰もいなくなった』(日本テレビ)などテンション低い系を演じることもあり、その落差に驚かされる。今回も、人の目をあまり見ない感じの内向的な人間を細やかに演じている。
父が不在中、家のローンを肩代わりしている長女役の北川景子は、2016年夏、大石静のドラマ『家売るオンナ』(日本テレビ)で、「ゴー!」が口癖の仕事一筋の猛女役で注目されたが、今回はそのときのイメージもやや残しつつ、等身大の役柄になっている。二階堂ふみは、園子温監督作品などをはじめとして、映画では相当弾けた役をたくさん演じているが、テレビドラマだと『そして誰もいなくなった』(日本テレビ)などテンション低い系を演じることもあり、その落差に驚かされる。今回も、人の目をあまり見ない感じの内向的な人間を細やかに演じている。

MBS 開局65周年記念 新春ドラマ特別企画『しあわせの記憶』

TBS-MBS系全国ネット 1月8日(日)よる9時~

出演 渡辺 謙 北川景子 二階堂ふみ 麻生祐未/千葉雄大 三浦貴大 山崎樹範 菅原大吉 ほか

脚本:大石 静

音楽:吉俣 良

プロデューサー:志村 彰(The icon) 関川友理(The icon) 竹園 元(MBS)

演出:竹園 元

制作:The icon  製作著作:MBS

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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