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『逃げ恥』『東京タラレバ娘』『のだめカンタービレ』など『Kiss』の漫画がヒットドラマになる理由

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
人気ドラマになった原作を多数もつ女性漫画雑誌『kiss』
人気ドラマになった原作を多数もつ女性漫画雑誌『kiss』

『東京タラレバ娘』のドラマ化に安心感があるわけ

新しい年もあっという間に1ヶ月が過ぎ、1月期ドラマの悲喜こもごもが可視化されている。昨年大化けした『逃げ恥』こと『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)のようなドラマははたして生まれるか。

『逃げ恥』は漫画原作で、今期も漫画のドラマ化は多い。ざっと挙げると日本テレビの『東京タラレバ娘』、『スーパーサラリーマン左江内氏』、フジテレビ『突然ですが明日結婚します』、『ラブホの上野さん』、『クズの本懐』、『きみはペット』、TBS『ホクサイと飯さえあれば』、テレビ東京『銀と金』などがある。

『東京タラレバ娘』(日本テレビ水曜よる10時)は、居酒屋に集い、「あのときもし〜していたら」「もし〜していれば」と仮定ばかり語って行動できない妙齢の独身女3人の物語。『逃げ恥』と同じ講談社の月刊漫画誌『Kiss』に連載されているこの漫画は、『主に泣いてます』『海月姫』などがすでに実写化されている人気漫画家・東村アキコの作品で、雑誌の看板的な人気作。よってドラマ化決定の報が出たとき話題になり、今期の注目作と考えられている。

実際、初回の視聴率は、13.8%と他の番組とくらべて高く、2話は11.5%と下がったものの、3話で11.9%と巻き返した。10%代をキープしているのは、水曜10時枠に定着した一定数(主に30代前後の働くお一人様)の支持を得ているといえる。テレビウォッチャー調べでは、20〜34歳(F1層)に人気のようだ。

漫画原作がドラマ化されるのは、その人気にあやかりたいということと、なんといっても筋がしっかりしているから。オリジナル作品を開発するより、身も蓋もない話だが手間がかからない。その代わり、原作と違うと批判にさらされるリスクもある。

というところで、原作サイドはどう思っているか、『Kiss』の鈴木学編集長に話を聞いてみた。

鈴木編集長は漫画編集者ひとすじ25年。講談社に入社するとすぐ『週刊少年マガジン』で編集経験を積んだ後、『Kiss』の前身『mimi』などを経て、現在、『Kiss』編集長。ドラマや映画も大ヒットした『のだめカンタービレ』の作家・二ノ宮知子さんの最新作『七つ屋志のぶの宝石匣』の担当もしている。入社当時は、週刊誌、ファッション誌、情報誌が売れていて漫画雑誌への配属希望者は少なかったが、いまや漫画誌志望者はずいぶん増えたという。

まず、すばりドラマの『東京タラレバ娘』はいかがですか? と聞くと鈴木編集長は「僕は良いと思いました」と即答。「原作と年齢設定を変えて、33歳から30歳に引き下げられたため、切迫感が減った感じはありますね」と向けると……。

「ドラマでは年齢の切迫感以外のところにも重きをおいて作っているのかなと捉えていますので、ドラマ版はドラマ版の魅力で『タラレバ』ワールドを楽しんでいただければと思います。原作のドラマ化にもいろいろなパターンがあって、ひとつは『タラレバ』みたいにすでに売れている漫画。この場合、すでに原作へのイメージをみなさんお持ちです。なので、キャスティングのイメージが少し違うなと思われるケースもあるかもしれません。でも僕は役者さんって凄いなと思いました。主人公・倫子役の吉高由里子さんはあんなに可愛いのに、演じているとダメダメな倫子にしか見えなくなるんですよね。あの演技力がハンパない!」

役者の魅力もあるうえ、このドラマのプロデューサーが、鈴木編集長にとって信頼できる人物というのも大きかった。

「以前、『Kiss』の作品で『お水の花道』(99年)をドラマ化したときのプロデューサー加藤正俊さんが今回の『タラレバ』の担当なんです。その時に一緒に仕事をさせていただき、優秀な方だと思いました。大ヒットした『ごくせん』(02年)、『働きマン』(07年)、『花咲舞が黙ってない』(14年)なども手がけている方です。『タラレバ』の映像化の話が各方面から来はじめたときにも手をあげていただき、嬉しかったですね」

過去、『お水の花道』『白鳥麗子でございます!』『きみはペット』『のだめカンタービレ』『ホタルノヒカリ』『野田ともうします。』『銀のスプーン』など、『Kiss』やその別冊、その前身の『mimi』などに掲載された漫画を原作にしたヒットドラマはたくさんある。そのため常にたくさんのテレビ局や制作会社から企画の打診があって、そういうときやっぱり信頼できる人に託したいと思うのはもっともだ。

「もちろん、知り合いだけでなく、新しい人ともつきあっていきたいと思っています。新旧関係なく、その作品の本質的な良さをリスペクトしている方に託したいです。そこは企画書を見ればすぐわかります」

企画が通って打ち合わせの段階にまで進んだとしても、例えば、勝手に登場人物を殺してしまうようなアイデアを出してこられたりすると困ってしまうと鈴木編集長。漫画を都合よく使おうとする人もなかにはいるようだ。

「『逃げ恥』のプロデューサーの方々もちゃんと原作へのリスペクトがあって、安心して託すことができました」

『タラレバ』も漫画に理解あるプロデューサーで、過去に手掛けた漫画原作ドラマを観ても信頼できそうだ。

ドラマ化しやすい漫画とはどういうものか

『東京タラレバ娘』の最新7巻(東村アキコ/1月13日発売)は「週間7.4万部を売り上げ、1/23付オリコン週間“本”ランキングのコミック部門で、同シリーズ初の1位を獲得した」オリコンニュース。このように、原作もドラマ化の追い風で売れている。鈴木編集長は「漫画が今まで読まれていなかった人に広がっていくことが大事」と言う。

「やはり単行本を売ることでビジネスを成り立たせている世界ですから。ドラマ化の話は単行本がまだそんなに出ていない時点から動いたりしますが、放送開始の時点で7,8巻ぐらい発売されていると理想的だと思います。あまりに巻数が多いと読むのにためらいが出る場合があるかもですが、7、8巻ぐらいですと、まとめて読むのにもハードルが下がります。内容的にも、2、3巻くらいしか出ていないと、まだ展開が流動的で、ドラマの結末が漫画と全然ちがうものになる危険性もあります。その点、恋愛漫画の場合は7,8巻ぐらいになると進む方向性が見えて、局とミーティングしたときにコンセンサスがとりやすいです。これは漫画の映像化に携わる人によって考え方が違うと思いますが、僕はそう思っています。そういう意味で、たまたま、『逃げ恥』と『タラレバ』はいいタイミングでドラマ化されました」

となると、気になるのは『タラレバ』の原作もそろそろ……?

「それは東村先生次第ですが、そんなに遠くなく倫子の出す答えが見られるのではと思います」

『逃げ恥』は、ドラマの盛り上がりと、原作のクライマックスがちょうど平行したため、単行本の動きがすこぶる良く、この枠でも「ドラマ効果で、単行本が電子+紙で累計210万部突破」という記事を書いた。その勢いは、重版をかけている途中で次の重版が決まるというほどだったそうだ。

「わりと視聴率と連動しますね。『逃げ恥』はドラマが社会現象になったこともあったせいか、雑誌の売上にも跳ね返って驚きました。ちょうど、ドラマの最終回と漫画の最終回がリンクしたので、ドラマの視聴者も単行本になるのを待ちきれなくて買って読んでくれたようです。雑誌にまで跳ね返ることはなかなかないことですからね」

過去、単行本が売れた記録は『のだめカンタービレ』(ドラマは06年〜)。このドラマ化には鈴木編集長は携わっていないが、単行本第1巻が170万部を超えて、トータルで3700万部、過去の講談社の女性漫画のなかでいまだに1位だという。

「『Kiss』をはじめとして大人向けの女性漫画誌って少年漫画、少女漫画と比べると市場が狭いんです。だから、そこから出てもっと外の人に読んでもらいたい。その一番のフックになるのが映像化ですね。映像化してもらう作品を作りたいという気持ちは常に念頭にあります」

当たれば出版業界がかなり潤う映像化。映像界も原作漫画探しに懸命だ。でも、どうしてそんなに、漫画原作ものがヒットするのだろうか。

「ドラマ化されやすい漫画は、設定に強いギミックがあるものですね。『逃げ恥』の“契約結婚”もそうですし、2月6日からフジテレビで2度目のドラマ化が始まった『きみはペット』(過去にTBSでドラマ化)は最たるもので、男をペットにする話。1話めで、ダンボールに入った男の子を子犬のように拾ってペットとして同居するというインパクトが映像に向いているのでしょう」

映像と漫画の違いについて聞くと、鈴木編集長は「漫画のほうが圧倒的に自由ですよね」と言った。

「ドラマ『逃げ恥』の打ち上げに行って痛感したんですけど、ドラマって本当に多くの人が関わって作られているんだなあと。逆に漫画は漫画家さんと編集の二人での打合せから始まって、あとはアシスタントさんとか少人数で作られます。そういう意味では制作コストも少ないので、失敗を恐れず自由に思い切って新しい作品を生みだせるというのが漫画の良さでしょうね。紙の雑誌だけでなく、webなど発表のチャンネルも増えたのでどんどんチャレンジできる時代になりました。でも、たくさんの人で作りあげるドラマへの憧れもありますけどね(笑)」

現在は、海外からの映像化のオファーも増えていて、『きみはペット』は、深夜ドラマと同時に中国ほかアジア圏でも放送される。鈴木編集長の次なる課題は海外とのビジネスの拡大だ。

「ただ、海外は日本以上に自由に原作を改変しようとするので調整が大変です(笑)」

漫画とドラマのクライマックスが重なったことでいっそう盛り上がった『逃げ恥』
漫画とドラマのクライマックスが重なったことでいっそう盛り上がった『逃げ恥』

「映像化してもらう作品を作りたいという気持ちは常に念頭にある」と語った鈴木編集長だが、映像作品が主導で漫画を作ることはあまり考えていない。「優先するのは、あくまで作家が何を描きたいか。そして作家が長く連載と向き合いながらどんな答えにたどりつくか、それが第一であり、ドラマの都合に寄り添うようなものは作らない」という漫画編集者の矜持を見せた。さすが25年間、漫画と併走してきた人だ。こういう姿勢こそ、漫画が映像化されたときに圧倒的な力を放つのだ。

鈴木編集長
鈴木編集長

Kissとは

20代から30代の女性を対象にした月刊漫画誌。それ以上の年代にも読まれている。恋や仕事に惑うヒロインを描いたストーリーが多い。毎月25日発売。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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