Yahoo!ニュース

セビージャ対レアル・マドリー戦後、記者会見でベニテスにつかれた嘘

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
いちいち本音を言っていてはきりがないから……(写真:ロイター/アフロ)

「そんなことはしていない」

ベニテスは素っ気なくそう答えた。

「本当ですか? 私にはそう見えましたが……」

「そんなことはない」

ベニテスは再びそう答えて沈黙した。本人に否定されては引き下がるしかない。会見場の隅にいた顔見知りのセビージャの広報担当者が、手を広げて肩をすくめ“お手上げ”のポーズをし、ニヤニヤ笑っていた。

ベニテスに無視された男

11月7日、セビージャ市サンチェスピスファンスタジアムで行われたリーガエスパニョーラ第11節セビージャ対レアル・マドリー後の記者会見でのことだ。

この試合、レアル・マドリーがセルヒオ・ラモスのゴールで先制するも、セビージャがインモビーレ、バネガ、フェルナンド・ジョレンテのゴールで逆転。終了間際にハメス・ロドリゲスがレアル・マドリーの2点目を決めるものの、時すでに遅し。3-2とスコア上は接戦に見えるが、実際は2点差となって以降、戦意を喪失したレアル・マドリー相手にセビージャが自在にパスを回して終了のホイッスルを待つという、楽勝に近いものだった。

「オーレ!」、「オーレ!」という掛け声がスタジアムにこだまする中、ロナウドやベイルやモドリッチやクロースがお義理にボールを追う。21日のクラシコ、バルセロナ戦を前に首位から転落したレアル・マドリーの無気力ぶりを見て、“こりゃ監督会見が楽しみだ”と思った。選手の士気が下がっていることが読み取れ、それは間違いなく監督ベニテスの責任だからだ。

交代変更の事実は、「ある」

「あなたは最初ヘセを呼びましたが、その瞬間2点目が入ったのを見てハメスを呼びました。意見を変えた理由は何ですか?」

これが私の質問だったが、そんな事実はない、と門前払いされたのだった。

だが、そんな事実はあるのだ。

サンチェスピスファンの記者席はグラウンドが一望できる位置にあり、手前のサイドライン際で交代要員がウォーミングアップする様子、ベンチに人が出入りする様子がはっきり見える。ヘセがベンチに呼ばれ走って行く姿は、私が目撃しただけでなく当日のテレビ中継カメラも捉えていた。

しかし、ベニテスは否定した。選手交代についてどんな発言をしても、後でごちゃごちゃ言われるのは間違いない。実際、下げられたのがなぜカセミロではなくイスコだったのかは、大いに議論された。ベニテスはそんな火種をわざわざ自分から提供したくなかったのだろう。

私とベニテスの問答はラジオやテレビで生中継されていたらしく、後で知り合いたちに“ベニテスに無視された男”とからかわれた。だが、そんなことでヘコんでいられない。質問するのが私の仕事、嘘をつく(本当のことを言わない)のが監督の仕事だからだ。

会見に出たら必ず質問する

いち会見いち質問をモットーとしている。

スペイン人記者たちが見守る中、スペイン語で質問するのは結構恥ずかしかったりするのだが、すぐに慣れた。せっかく会見に出たのに他人の質問の聞き役ではしょうがない。ネタは拾うより自分で作り出した方が面白いし。

ただ、この夜は質問するつもりはなかった。

レアル・マドリーの記者会見はレアル・マドリーの広報担当者が仕切る形になっている。彼が顔見知りのジャーナリスト(おそらく番記者)を順番に指名していくのだ。我われセビージャ側の記者は後回し。この点、誰でも早い者勝ちで質問できるセビージャの会見とは違う。交代策への質問はレアル・マドリー側の記者から出るだろう、と思っていたら出なかった。ベニテス采配に大いに疑問符が付く試合だったのに、彼の交代策を誰も問いたださなかったので手を挙げたわけだ。

ベニテスに対しては、返答を嫌がるような質問ができて良かったなと思っている。無難に“私が良いと判断したから”とでも答えておけば済んだのに、門前払いだったのはご機嫌がよほど斜めだったのだろう。

守るものがあるからつく嘘

私も少年チームの監督だからよくわかるが、敗戦後の会見なんてやりたくない。交代策の詮索なんてされたくない。どんなに丁寧に詳細に説明しても、結局は理解されるわけがないのだ。

選手の取捨選択には少なくとも10個程度の理由があり、直感的な判断もかなりある。「直感的」といっても勘頼りという意味ではなく、過去の試合や練習でのプレーぶり、ロッカールームでの様子や表情などの蓄積された情報から「こいつだ!」とパッと閃くわけだ。しかし、部外者にそんなことをいちいち説明しても無駄だから、一番簡単な理由である「中盤を強化したかったから」などと監督は答える。

本心では怒り心頭で、あまりにも酷いプレーぶりだったから下げた、というような決断も当然ある。だが、記者会見で怒りをぶちまけたら選手のプライドを傷つけ、関係が壊れてしまうから、「得点が欲しい場面だったから」などの紋切り型に逃げる。選手への雷はメディアの前ではなくロッカールーム内で落とせばよいのだ。

采配ミスも公の場では当然認めず、密かに反省し、次に修正すればよい。権威やチーム、選手を守るために公の場や対外的には嘘をつく。これは監督だけではなく、リーダーとして部下を持つ者なら誰でも日常的にやっていることだろう。

私は記者として当然の質問をし、ベニテスは監督として当然の答え方をした。次に会見で顔を合わせるのが楽しみだ。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

木村浩嗣の最近の記事