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『失ったものではなく、彼らの掴んだものを見る』  ~障がい者スポーツの風景~  

木村公一スポーツライター・作家

この夏、ふたつのいわゆる「障がい者スポーツ大会」を見る機会があった。ひとつは、横浜国際プールで開催された、ジャパンパラ水泳競技大会(7月17、18日)。もうひとつは車椅子バスケットボールの関東リーグ戦だ。ともにリオパラリンピック代表が決定している時期。すでに東京大会を目指すアスリートたちの戦いは始まっているといってよかった。これまで選手の個別取材は何度かあったが、プレーをじっくり見る機会はなかなか持てなかった。

そして見て、いくつもの発見に恵まれた。

競泳で強く印象に残ったのは、なにより選手たちそのものだった。腕や足など、身体の一部を欠損している選手。マヒして動かない選手。誤解を恐れずに記せば、これほど「身体の不自由な人たち」を一度に多く見たことはなかった。言葉を呑むくらいだった。言い換えれば、健常者と呼んでいる「我々の生活」の視野に、なかなか入ってこない人たち。そんな彼、彼女が全国から集まり、眼前に姿を見せ、泳ぐ。控え室代わりのスタンドでは、あちこちで車椅子に乗った選手たちが、家族や知人と出場までの時間をやり過ごす。それはまるで、五体満足に歩いているこの身こそが異質な存在に思えるほどだった。

やがて競技は始まった。選手たちの大半は、車椅子に乗ってプールサイドにやって来る。スタッフふたりに両脇を抱えられながら、プール脇から入水しなければ準備できない選手も多い。果たして、そのような不自由さで泳げるのか。

彼らは、こちらの思いをあっさりと裏切った。号砲が鳴った途端、グイグイと泳ぐ選手たち。早い者、遅い者、それは多様ではあるが、彼らは確実に、グイグイと泳ぎ進んでいく。腕が欠損した選手だろうが、足を失った選手だろうが、水に入った中では、障がいを持っているのかどうかすらわからない、流麗な泳ぎを見せる。

そう。彼らは水の中では“自由”なのだ。

1組、2組、3組……。自由形、平泳ぎ、背泳ぎ……。時が経ち、選手が入れ替わりゴールを切っていく。ある選手は日本新記録を樹立する。ある選手は大会記録を塗り替えた。あと10メートル。あと数秒で記録は更新できる。間に合うか。間に合わないか。歓声とため息が、会場内に交錯する。次第に見ている側も「障がい」の有無など、頭の中から消えていく。

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タイムだけを見るなら、決して目を見張るものではないかも知れない。種目にもよるが、世界記録でさえ健常者の小学生が泳いで出るタイムだったりもする。

ある水泳関係者が言っていた。

「正直言ってリオパラリンピックの日本代表選手とはいえ、タイムだけをあげれば、荻野公介や北島康介らと比べるべくもありません。それでもタイムコンマ01秒でも縮めようとする過程には、無限の可能性がある。なによりそこに挑もうとすること自体、楽しいじゃないですか。そもそも片腕片足だけで泳いでみろと言っても、そう簡単にできることではないのですから」

自身の身体と向き合い、その利を最大限に追い求め、コンマ01秒をいかに縮めていくか。そこに心血を注ぐとき、我々の目の前にいる障がい者は、障がい者という名のアスリートとなる。

ならば、彼らの失ったものではなく、掴んだもの、掴もうとしている姿こそを見てみたい。

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車椅子バスケットは、もはや説明の必要もないかも知れない。競技用の車椅子を駆使する、いわば格闘技。ディフェンスが相手選手にあたりに行くとき、車椅子同士がぶつかり合う金属音。ガチガチと鳴り響く中でのボールの取り合い。選手の鍛え上げられた上腕、背筋などの筋肉群。

なにより、選手たちが扱う車椅子の、動きの見事さ。操作しているというよりも、すでに身体の一部となっている動き。

サーッと走り、ゴール手前でキュッとブレーキをかけて車体を曲げ、止まる仕草。ボールを奪い、奪われ、反対側ゴールに向かって疾走するスピードと姿勢。そして見上げるゴールに弧を描いて打つシュート。

ただ、それだけでカッコいい。

やがてプレーを追っていく中で、なぜ彼らが車椅子に乗っているのか、ということを忘れてしまう……。

※                     ※

かつて、メジャーリーグにジム・アボットという投手がいた。先天性の右手欠損で、左手だけで投手を続け、1998年にカリフォルニア・エンゼルス(現・ロサンゼルス・エンゼルスの前身)にドラフト1位で入団した左腕だ。通算成績は、メジャー10年間で87勝108敗、防御率4・25。

片腕の投手はその入団会見でこう言った。

「今まで、多くの人は僕の失った右腕にばかり視線を注いでいたと思う。でもこれからは(失っていない)左腕に注目するだろう」

古い話だ。記憶違い、思い違いがあるかも知れない。ただ彼のそうした言葉がおよそ20年経った今、改めて思い出される。

日本にも、そんなアスリートが多くいる。

リオデジャネイロでは、パラリンピックが始まる。

スポーツライター・作家

獨協大学卒業後、フリーのスポーツライターに。以後、新聞、雑誌に野球企画を中心に寄稿する一方、漫画原作などもてがける。韓国、台湾などのプロ野球もフォローし、WBCなどの国際大会ではスポーツ専門チャンネルでコメンテイターも。でもここでは国内野球はもちろん、他ジャンルのスポーツも記していければと思っています。

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