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ロンドンの迷い猫ボブとホームレスだったジェームズの世界で一番、心温まるストーリー

木村正人在英国際ジャーナリスト
流しのジェームズさんとハイ・タッチするトラ猫ボブ(木村正人撮影)
コベントガーデンで流しの演奏をするジェームズさんとそばで鎮座するトラ猫のボブ
コベントガーデンで流しの演奏をするジェームズさんとそばで鎮座するトラ猫のボブ

ロンドンの迷い猫ボブとホームレスだったジェームズさんの心温まるストーリーが世界を席巻しそうだ。

7日午後、つぶやいたろう(筆者)は観光客でにぎわうロンドン中心部コベントガーデンを訪れた。「バスカー」と呼ばれるギターの流し、ジェームズ・ボウエンさん(33)のそばで黄褐色のトラ猫ボブが毛布の上で鎮座していた。

ジェームズさんが「カモン・ボブ。ハイ・ファイブ(日本語でいうハイ・タッチのこと)」と声をかけると、ボブが小さな手を上げてハイ・タッチ。まわりの観光客や通行人から「なんて、かわいいの」というつぶやきが漏れた。

ジェームズさんの得意な曲は英ロックバンド「オアシス」。

トラ猫のボブはジェームズさんの肩の上がお気に入りだ
トラ猫のボブはジェームズさんの肩の上がお気に入りだ

肩の上にボブをのせてぶらりとコベントガーデンに現れる長髪で長身のジェームズさんはみんなの人気者だ。ボブはソーシャルメディアのツィッターやフェイスブックのページを持ち、ファンクラブまである。

ボブがプレゼントされたマフラーは20本以上になった。

英メディアによると、今、米ハリウッド映画の代理人との間でボブとジェームズさんの映画化の話が進んでいるそうだ。

トラ猫ボブの「恩返し」で、ジェームズさんの流しの収入も3倍近くになった
トラ猫ボブの「恩返し」で、ジェームズさんの流しの収入も3倍近くになった

これだけ注目が集まっているのは、ボブとジェームズさんの友情が、金融危機以降、世知辛くなった人の心を温めてくれるからだ。

ジェームズさんは3歳のとき、両親が離婚。母親のペネロペさんとともに英国からオーストラリアに移り、ペネロペさんの仕事の関係で転々と引っ越しをした。ペネロペさんは再婚したが、継父側の家族とうまくいかなかったジェームズさんは18歳のとき、ロックスターになることを夢見て、単身ロンドンにやってきた。

しかし、仲間の家を転々としているうちにヘロインを常習、ホームレス生活に転落した。

ジェームズさんによると、ボブとの出会いは2007年3月にさかのぼる。そのころ、ジェームズさんは「福祉住宅」としてあてがわれたワンベッドルームの公営アパートに住み、ヘロイン中毒治療のため鎮痛薬メタドンを使っていた。

流しをした帰り、公営アパートの階段玄関にみすぼらしい迷い猫がうずくまっていた。足は化膿してはれ上がり、お腹にもけがをしていた。

まわりを見回してもだれも見当たらないため、ジェームズさんはとりあえず自宅に連れ帰り、応急措置をしてエサをやることにした。

3日後、英国動物虐待防止協会(RSPCA)に連れていって化膿止めの抗生物質を投与してもらった。治療代は28ポンド(約3575円)。1日の稼ぎは25ポンド(約3192円)だったが、ジェームズさんには、いたいけないボブを見捨てておくことはできなかった。

ジェームズさんは飼い主を探し求めたが、飼い主は現れなかった。しばらくして、すっかり回復したボブを外に逃がそうとしたが、ボブはジェームズさんに引っ付いて離れない。

ある日、流しに出ようとするジェームズさんを追いかけてバス停までやってきたボブを見たとき、ジェームズさんはボブと一緒に生きて行こうと決心した。ジェームズさんが面倒を見なければボブは死んでしまう。ジェームズさんの人生に初めて意味を見出した瞬間だった。

人見知りする普通の猫と違って、ボブは人ごみの中でもじっとしている。しかし、流しの最中、奇妙な格好をした男が驚かしたときとロットワイラー犬に襲われそうになったとき、ボブは逃げ出して、ジェームズさんと離れ離れになってしまった。

ジェームズさんが「もう戻ってこないかもしれない」としょんぼりしていると、2~3時間後、ボブがひょっこり戻ってきたという。

けなげに生きるボブとジェームズさんに次第に共感が集まり、ジェームズさんの流しの収入は25ポンドから60ポンド(約7662円)に増えた。

米俳優オーウェン・ウィルソンさんとジェニファー・アニストンさんが共演し、世界的に大ヒットした「マーリー 世界一おバカな犬が教えてくれたこと(原題:Marley & Me)」の本の英国版を手掛けた出版代理人がボブとジェームズさんに興味を持った。

しばらくボブとジェームズさんを観察していた出版代理人はジェームズさんに本の出版を持ちかけた。タイトルは「A Street Cat Named Bob(仮訳:ボブと名付けられた迷い猫)」。本はたちまちヒット、英国のノンフィクション部門で第1位となり、25万部が売れた。

18言語に訳され、出版代理人によると、来年には日本でも出版が予定されているという。

トラ猫のボブとジェームズさんのストーリーは来年、日本でも出版される予定だ
トラ猫のボブとジェームズさんのストーリーは来年、日本でも出版される予定だ

ジェームズさんは印税3万ポンド(約383万円)を手にし、それを元手にボブと暮らすアパートを探し始めた。「鶴の恩返し」ならぬ「猫の恩返し」を地で行くストーリーなのだ。

今後、ハリウッドで映画化されれば、ボブとジェームズさんの人気はまさにグローバルになる。しかし、ジェームズさんは「おカネはボブと暮らしていける分だけあれば十分さ。これからは、人を支えていけるような生き方がしたい」と英メディアに話している。

ジェームズさんはこのクリスマス、久しぶりにオーストラリアに母親ペネロペさんを訪ねる計画だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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