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日本版国家安全保障会議(NSC)にはヘンリー・キッシンジャーが必要か

木村正人在英国際ジャーナリスト

尖閣問題に対処するには日本版NSCが不可欠だ

日経新聞によると、自民党の安倍晋三首相は官邸主導で外交や安全保障をめぐる政策を進めるため、国家安全保障会議(日本版NSC)の創設準備を本格化させるという。第1次安倍内閣では実現しなかったが、来月にも有識者会議による初会合を開く。

英国では保守党のキャメロン首相が2010年の総選挙で勝って自由民主党と連立を組んだあと、真っ先に米国のNSCを原型にした英国版NSCを発足させた。英国版NSCは毎週、開催されている。議長を務めるキャメロン首相のスタイルは重々しく、重要なときにしか口をはさまないそうだ。

英国版NSC発足から約2年半がたち、サイバーセキュリティーなどこれからのことより目の前の問題に重点を置きすぎという指摘もあるが、「省庁間の垣根が取り払われ、外交・安保・防衛政策を考える閣僚の視野が広がった」「外務省出身の実務家、情報機関や防衛、官僚トップがブリーフィングを行うので、議論がよりプロフェショナルなものになった」と評判は上々だ。

日本は尖閣諸島で中国の領海・領空侵犯に直面しているにもかかわらず、海上での警察活動、領海警備を担当する海上保安庁、軍艦や軍用機の侵犯に対応する海上自衛隊、外交問題を受け持つ外務省の連携が十分に確立されているとは言い難い。

さらに、中国の民間船が尖閣諸島に押し寄せ、日本の有効支配を崩した場合、日米同盟の適用範囲から外れるという恐れが指摘されているが、海上保安庁はそれに対処できる十分な能力を備えていない。

日本が総力を結集して中国の圧力に対抗するためには、海上保安庁、自衛隊、警察、外務省の能力を最大限に活用することが求められる。そのためには日本版NSCを設立して、緊急事態にシームレス(つなぎ目なし)に対処できる態勢を早急に確立することが焦眉の課題だ。

もはや議論の時期は過ぎ、実行の段階だ。

安倍政権は衆院では公明党と合わせて3分の2以上の議席を持っているが、参院では過半数を確保していない。このため、政局になるのを恐れて日本版NSCの発足に慎重な姿勢を見せている。

英国では必要に応じてNSCに野党・労働党のミリバンド党首が出席している。第二次大戦ではチャーチル首相率いる保守党は労働党と戦時連立内閣を組んだ伝統がある。米国と二人三脚で遂行したイラク戦争でも労働党のブレア英首相は野党・保守党のダンカンスミス党首と1対1で会談し、状況を説明して協力を求めている。

もちろん政府の政策が間違っていると判断すれば野党党首は首相との会談やNSCへの出席を拒否できる。

国民の生命・安全がかかわる外交・安保・防衛分野では党派を越えて、コンセンサスを確立することが求められる。安倍首相は参院での支持を広げるため、各野党に日本版NSC発足への理解を求めるべきだろう。

東日本大震災では与野党の足並みが乱れるどころか、足の引っ張り合いが目立った。一方、消費税増税では3党合意にこぎつけた。国家の危機には与野党が一致団結して臨む態勢を構築すべきである。尖閣問題の対応に一刻の猶予も許されない。

米国版NSCより英国版NSCが日本向きでは

英国ではイラク戦争でブレア英首相(当時)が外交政策アドバイザーや「スピン・ドクター」と呼ばれるマスコミ対策担当者と首相官邸のソファに座って重要政策を独断的に決めた。2002年9月、ブレア政権は「イラクの大量破壊兵器は45分以内に配備可能」という間違った情報を公表し、世論をミスリードした。

この反省から労働党のブラウン首相(当時)は2007年、米国のNSCを原型として内閣に国家安全保障委員会を設立。しかし、十分に機能しなかったため、保守党のキャメロン首相は政権を取ると、首相の独裁的な権力を抑制し、意思決定の透明性を担保するとして、英国版NSCを発足させた。 英国ではNSCは、米国の大統領より強力な権限を振るうことができる首相の暴走を防止するため誕生した側面もあるのだ。

NSCの下に、脅威・災害・災害耐性および非常事態小委員会、核抑止および安全保障小委員会、新興国小委員会が設けられている。

アフガニスタンでは、戦闘や安維持を担当する国防省だけでなく、学校建設など復興支援を受け持つ国際開発省の関与が求められる。現地治安部隊の訓練や養成はODA(政府開発援助)の枠から支出できないため、財務省の調整が必要となる。

英国版NSCでは、このように一つの省庁では対応できなくなった外交・安保・防衛の案件を処理している。省庁から権限を奪うのではなく、省庁の能力を最大限に活用するのが目的なのだ。

議院内閣制を採用する日本では、大統領制の米国NSCより、議院内閣制に適合させた英国版NSCの方がフィットするのではないだろうか。

日本にヘンリー・キッシンジャーは必要ない

キャメロン首相は、リケッツ外務事務次官をNSCの要となる国家安全保障問題担当首相補佐官(NSA)に任命。2代目NSAも外務省出身で、NSCの体系を確立し、政府の国際安全保障の基本方針の調整・達成を担当している。英国版NSCもまだ発展途上だ。

英国も日本も職業外交官が中心で、大統領が大使を任命する米国式外交とは一線を画する。その意味でも、経験豊富なベテラン外交官がNSCをリードするのが適当だろう。安倍首相も初代NSAには内閣官房参与(外交担当)に任命した谷内正太郎元外務事務次官を念頭に置いているのではないか。

米国版NSCではニクソン米大統領時代に、ニクソン電撃訪中を準備したキッシンジャー国家安全保障問題担当大統領補佐官のイメージが強い。日本版NSC設立に当たっては、首相のリーダーシップと同様、首相をサポートするNSAの役割も重要だ。官僚組織が強大な日本では、官僚組織を超越する米国型NSAより、官僚組織を調整して活用する英国版NSAの方が機能するのでないだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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