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アルジェリアの強行策を非難した日本と英国 理解を示した米国とフランス

木村正人在英国際ジャーナリスト

アルジェリア南東部イナメナスの天然ガス関連施設で起きた人質事件は、約700人を人質に取るイスラム過激派の作戦規模が浮かび上がるにつれ、救出作戦を強行して複数の被害者を出したアルジェリア政府の決断を非難する声よりも、国際テロ組織アルカイダ系武装勢力「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ」(AQIM)が勢力を強める北アフリカや西アフリカでのテロ対策と警備の強化を求める論調が強まっている。

日本や英国は人質の安全よりもイスラム過激派の殲滅を優先させたとしてアルジェリア政府の強行策を非難したが、アルジェリアの治安状況をよく知る旧宗主国フランスと、テロ対策で協力する米国は強行策に理解を示した。この違いは何か。

米カーネギー中東センターのウエブサイトによると、2001年の9・11(米中枢同時テロ)で、「テロとの戦い」の必要性を訴え、米国と協力する立場を真っ先に表明したのはアルジェリアだったという。

アルジェリアでは1991年の総選挙でイスラム主義政党が圧勝、軍がこれを無効としたため、イスラム過激派のテロが多発、約20万人の犠牲者と300億ドル(約2兆7000億円)の被害を出した。その後、双方の和解が進んだが、イスラム過激派「布教と聖戦のためのサラフ主義集団」(GSPC)は拒否し、国際テロ組織アルカイダへの忠誠を示して2007年、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織」(AQIM)に改名した。

今回の人質事件の首謀者とされるのが、そのAQIMから昨年10月、分派したジハーディスト、モフタール・ベルモフタール司令官だ。

アルジェリアは早くからテロ対策での国際協力を訴え、9・11の後、米国との協力関係を深めた。米国からの軍事支援は2001年には12万1000ドル(約1000万円)だったが、2008年には80万ドル(約7200万円)に増えている。テロ情報の交換、イスラム過激派対策などで両国は連携を強めていた。

旧宗主国フランスは、AQIMなどイスラム過激派がマリの全権を掌握するのを防ぐため軍事介入。これがアルジェリアの人質事件の引き金になった可能性もあるため、アルジェリアの強行策に理解を示した。

一方、アルジェリア政府の強行策を非難した日本と英国は、アルジェリアとの経済関係は深まっているものの、北アフリカから西アフリカにかけて勢力を拡大するイスラム過激派の現状を十分に認識していなかった側面は否定できない。

ベルモフタール司令官は2003年に欧州からの観光客らを次々と誘拐、身代金を荒稼ぎし、タバコの密輸も手掛けていることから「ミスター・マルボロ」と呼ばれていた。今回、組織された武装集団によって天然ガス関連施設を襲撃、約700人を人質に取った作戦能力に、「これは軍事作戦に匹敵する」と専門家は驚きを隠せない。

天然ガス関連施設に向かう作業員のバス2台を襲撃した後、住宅地区とガス施設を占拠するなど、相互に連絡を取り合う必要があることから、周到に計画を練り、訓練を重ねてきたことがうかがえる。

また、アルジェリアの輸出額の99%を占める石油・ガスのプラントを狙った衝撃は計り知れない。大手石油資本を標的にした人質事件の発生で、資源メジャーはアフリカでの操業と警備態勢の見直しを迫られる。これが、アルカイダのフランチャイズ組織の新たな手口になる危険性も十分にある。

最初にイスラム過激派に襲われた作業員のバス2台は警察によって護衛されており、決して無防備ではなかったが、ベルモフタール司令官の作戦規模は、天然ガス関連施設側の自衛手段をはるかに上回っていた。

アルカイダは2011年に指導者ウサマ・ビンラディン容疑者が殺害され、「アラブの春」と呼ばれる中東民主化運動で、「聖戦でアラブでの欧米支配を打破せよ」という訴えも影響力を失い、完全に分岐点を迎えていた。

しかし、英国やフランスなどが主導してリビアに軍事介入、カダフィ大佐を打倒したものの、逆に周辺地域を不安定化させ、マリで厳格なイスラム法の実施を主張するイスラム過激派が台頭。それをたたいたフランスの軍事介入が、アルジェリアの人質事件の口実を与えるなど、欧米の対応は文字通り後手、後手に回っている。

北アフリカや西アフリカで勢力を広げるAQIM、イエメンの「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)などフランチャイズ組織と、本家アルカイダのつながりはそれほど強固ではなく、それぞれが独自に行動しているとされる。身代金、タバコの密輸、資金援助で潤沢な活動資金を持つAQIMは、治安情勢の悪化で仕事を失った若者を次から次へとリクルートし、勢力を拡大している。

2014年末には北大西洋条約機構(NATO)主体の国際治安支援部隊(ISAF)がアフガンから撤収するが、チャーチル英首相が「欧州の柔らかな下腹部」と表現した北アフリカにAQIMが無法地帯をつくって「アフガン化」に成功すれば、そのリスクは西欧にとってアフガンと比べようもなく大きくなる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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