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アルジェリア人質事件が証明する「敵の敵(イスラム過激派)は、やはり敵だった」

木村正人在英国際ジャーナリスト

アルジェリア南東部イナメナスの天然ガス関連施設で起きた人質事件は、人質23人が死亡、テロリスト32人が殺害されるという壮絶な結末を迎えた。さらに、25人の死体が現場で確認されており、被害は拡大する見通しだ。アルジェリア当局の発表では、テロリストはマシンガン6丁、ライフル21丁、散弾銃2丁、60ミリ迫撃砲2砲と迫撃弾、60ミリ・ミサイルと発射機、ロケット推進型手りゅう弾2砲とロケット弾8発、手りゅう弾ベルトなどで武装しており、天然ガス関連施設の爆破まで計画していたという。

首謀者モフタール・ベルモフタール司令官の声明やアルジェリア当局の発表などによると、テロリストは6カ国の混成部隊で、40人編成だった。殺害されたテロリストの中にはエジプト人3人、チュニジア人2人、リビア人2人、マリ人1人、フランス人1人が含まれていた。

テロリストは、アフガニスタンで旧ソ連軍と闘ったリビア人のベテラン戦士がリビア南部で運営する3つのテロリスト訓練キャンプで訓練を受け、リビア南部からアルジェリアに侵入していたとみられている。

テロリストが保有していた武器も反体制派が欧米の支援を受けてリビアのカダフィ大佐を打倒する際、同大佐に弾圧されていたイスラム過激派に流れたものだった可能性が強い。

最大の疑問は、これまで身代金目的の誘拐やタバコの密輸を手掛けていた「ミスター・マルボロ」ことベルモフタール司令官がなぜ、世界の中でも最も容赦のないテロ対策を実行するアルジェリアで軍事作戦に匹敵する大規模なテロを決行したのか、だ。

テロを起こしやすいソフトターゲットではなく、ハードターゲットのアルジェリアをテロ対象に選んだ意味は何か。

「アラブの春」と呼ばれる民主化運動で、イスラム過激派に対するおもし役だった中東・北アフリカの独裁者が次々と消え、治安の監視が届かない「真空地帯」が地域に広がるとともにイスラム過激派の活動が活発になっている。地域の不安定化で失業した若者がカネにつられてイスラム過激派に吸引されている。リビア内戦では強力な武器が回収されないまま放置された。

カダフィ大佐が生前、「欧米が反体制派を支援するのはイスラム過激派を勢いづける」と予言した通りの展開なのだ。

テロリストは、イスラム過激派がマリの全権を掌握するのを防ぐため軍事介入したフランスの撤退と、米国で服役しているイスラム過激派2人と人質の交換を要求した。

ベルモフタール司令官は身代金の分け前をめぐり、「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織」(AQIM)指導者と対立、昨年10月に分派組織を結成。AQIM指導者と北アフリカでのアルカイダの本家争いを繰り広げていたと指摘されている。

テロリストは空港に向かう天然ガス関連施設の作業員を乗せたバスを襲撃して、天然ガス関連施設の住宅地区とガス採掘施設で人質を取った。このあと、人質の移送を始めたところ、アルジェリア軍の攻撃が始まった。アルジェリア政府は「人質の生命が危険にさらされたため」と説明している。

テロリストの目的は、これまでの身代金要求ではなく、人質を殺害してアルジェリアに進出している企業に対して恐怖心を植え付けるとともに、天然ガス関連施設を爆破、石油・ガス開発が国内総生産(GDP)の60%を占めるアルジェリア経済に致命的な打撃を与え、北アフリカを混乱に陥れることだったとみられている。

フランスからの独立戦争で100万人、その後、イスラム過激派との戦いで20万人の犠牲を出したアルジェリア政府にとって最初から「外国の介入」も「最大の敵であるベルモフタール司令官率いるテロリスト集団との交渉」も選択肢になかったに違いない。

アルジェリア軍が救出作戦を強行した背景について、社員が人質になったプラント建設大手・日揮など現場の関係者が一番理解していた。

時事通信によると、日揮関係者は「軍が突入するのは確実だと思っていた」と語り、アルジェリアでのプラント建設事業に長年関わってきた関係者は「(イスラム過激派の襲撃で)威信を失墜させられたアルジェリアは早く事件を解決したかったのだろう。アルジェリアは人質となった犠牲者が民主主義のために殉教したと言うはずだ」と述べている。

アルジェリアのサイード情報相は、英国や日本に救出作戦を事前通告しなかったことについて「人質解放の作戦計画は完全な秘匿が求められる。主権の問題に他国が干渉すべきではない」とはねつけた。旧宗主国フランスはアルジェリアの救出作戦を称賛してみせたが、アルジェリアは今後も国際社会からの経済協力を受けたければ関係国への説明責任を果たさなければならないだろう。

2011年、米海軍特殊部隊に殺害されたアルカイダ指導者ウサマ・ビンラディン容疑者はアフガンで米国の支援を受けて旧ソ連と戦った。ベルモフタール司令官もアフガンで旧ソ連と戦った。

米英仏はカダフィ大佐打倒のため、結局はイスラム過激派を助けた形になった。シリアのアサド政権軍との交戦に加わるアルカイダ系イスラム過激派「ヌスラ戦線」の戦闘員は約3000人といわれている。アサド政権が倒れれば、アルカイダ系イスラム過激派が一段と勢力を増すのは必至だ。

英国のキャメロン首相は、北アフリカでのイスラム過激派との戦いは「数十年を要する可能性がある」と述べた。「敵の敵は味方」とばかりに利用してきたアルカイダという両刃の刃が改めて欧米に突きつけられたのだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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