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ヘリ着艦装置は氷山の一角 EUは対空ミサイルまで中国に輸出している

木村正人在英国際ジャーナリスト

禁輸対象外?

日本の菅義偉官房長官は18日午前の記者会見で、フランスの防衛関連企業が昨年10月、中国にヘリコプター着艦装置を輸出する契約を結んだことについて、「沖縄県の尖閣諸島をめぐる安全保障環境が厳しいので、フランス政府に日本の考え方を伝えた」ことを明らかにした。

問題になったのは、ヘリからマジックハンドのような棒を船の甲板に下ろして装着し、悪天候でも船の乗組員による手助けなしでヘリが着艦できるようにする補助装置だ。パイロットの技量不足を補えるため、中国側が尖閣周辺に展開する公船や艦艇に装備すれば、ヘリの前方展開能力を向上させることができる。

欧州連合(EU)は1989年の天安門事件以降、対中国武器禁輸措置をとっている。これに対して、フランス側は「ヘリ着艦装置は民生品としても使用できるので、EUの禁輸対象外」と回答したと報道されている。

中国がライセンス生産する仏製対空ミサイル。これが禁輸の対象外(ウィキペディア)
中国がライセンス生産する仏製対空ミサイル。これが禁輸の対象外(ウィキペディア)

パリにあるシンクタンク「アジア・センター」の中国専門家、フランソワ・ゴッドモント氏に国際電話を入れた。

ゴッドモント氏は「EUの対中国武器禁輸の文言には『武器』と書かれているだけだ。民生にも軍事にも使える汎用品についての合意はない。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のデーターによると、フランスは対空ミサイルまで中国に輸出している。これは驚きだ」と話した。

抜け道だらけのEUの対中国武器禁輸

EUが対中国武器禁輸を決めた際、対象品目について何も決めなかった。加盟各国がそれぞれの国内法、規制に照らして、対象品目を決めることができた。

殺傷兵器、デモの鎮圧道具を除いた民生・軍事両用の汎用品を中国に輸出することも可能だった。

SIPRIの武器輸出データーを検索すると、1989年以降、EUの主要国フランス、ドイツ、英国が契約の継続、汎用品であることを理由に輸出やライセンス供与を続けている。

2008~12年におけるEU加盟国の対中国武器輸出に注目すると、フランスは対空ミサイル(SAM system R-440 Crotale)、ヘリのユーロコプター(AS-565SA Panther)、艦載レーダー(DRBV-15)、フリゲート用ディーゼル・エンジン(PA6)のライセンス生産を中国に認めている。

英国は戦闘機に使用できるターボファン・エンジンのライセンス生産を中国に認めていた。ドイツは戦車に使えるディーゼル・エンジンを中国に輸出していた。

対中国武器輸出の総額は5年間でフランスは計9億9700万ドル、英国は計2億1000万ドル、ドイツは計3100万ドルにのぼっている。

SIPRIのデーターが誤りであってほしいが、これがEUの「対中国武器禁輸」の実態である。

軍縮の欧州と軍拡の中国

御存知の通り、債務危機に苦しむEU加盟国は軍事費カットにいそしんでいる。英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)によると、昨年初めてアジアの軍事費が北大西洋条約機構(NATO)の欧州加盟国の総額を上回った。

NATO欧州加盟国の軍事費は06年比で11%減少。兵力は00年の251万人から186万人にまで減り、25%強の減となった。

SIPRIによると、武器輸入の上位5カ国は(1)インド(2)中国(3)パキスタン(4)韓国(5)シンガポールといずれもアジアの国で、全体の32%。オセアニアを合わせると全体の47%に及ぶ。

武器輸出の上位5カ国は(1)米国(2)ロシア(3)ドイツ(4)フランス(5)中国で、全体の75%を占める。冷戦後、トップ5は米国、ロシア、英仏独が独占してきたが、初めて中国が英国を押しのけて5位に入った。

アジアに売り込む欧州の防衛産業

欧州の防衛産業にとって有力な販売先だった米国も強制削減措置で軍事費が大幅に削減される可能性がある。成長セクターのアジアで米国と欧州の防衛産業はしのぎを削る。米国が警戒して武器を輸出しない中国は欧州にとって願ってもない「潜在的上客」なのだ。

しかも、中国市場での競争相手は、最先端兵器の研究・開発で欧米に遅れをとるロシアだけだ。

英労働党出身のアシュトンEU外交安全保障上級代表、ピーター・マンデルソン元欧州委員は「対中国武器禁輸が外交・安全保障でEUと中国の協力を強化する上で大きな障害になっている」と禁輸の見直しについて言及。フランスやスペインはあからさまに解禁を求めている。

米国はEUが対中国武器禁輸を解除することに反対しており、「英米特別関係」を重視する英保守党がEU内の砦になっている。

イラク戦争をめぐり米国と欧州の溝が鮮明になった2004~05年、フランスやドイツが解禁を訴えたことがあるが、日米の猛反対で撤回した。

したたかな中国外交

胡錦濤や温家宝ら中国首脳は頻繁に欧州各国を訪問し、債務危機国の国債購入や直接投資をエサに、欧州と米国の分断を図り、チベット問題などへの内政不干渉や武器禁輸の解禁を要求してきた。

中国と米国の軍事費予測。早ければ2023年に逆転する(IISS提供)
中国と米国の軍事費予測。早ければ2023年に逆転する(IISS提供)

IISSによると、中国の軍事費はすでに日本と韓国、台湾のそれを合わせた額よりも大きい。2023~25年には米国を追い抜く可能性がある。

中国はまだ訓練が必要なものの、空母、艦上戦闘機J-15を配備した。対空、対艦装備をした小砲艦、対空ミサイル駆逐艦、海上哨戒機、誘導兵器システムも強化し、東シナ海などでの展開能力をアップしている。

欧州にとって地政学上、中国は直接の脅威にはならない。それどころか経済低迷から抜け出すための大きなビジネス・チャンスなのだ。

日本の外交は米国、中国、韓国、ロシアを重視して、欧州を軽視してきた。フランスによるヘリ着艦装置の輸出は「氷山の一角」に過ぎない。EUが対中国武器禁輸を隠れミノに、軍事転用できる汎用品の輸出を拡大させる恐れは十分にある。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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