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安倍首相が草原の国モンゴルに行く理由(1)

木村正人在英国際ジャーナリスト

安倍晋三首相が今月末にモンゴルを訪問すると報じられた。中国をにらんで、レアメタル(希少金属)などの鉱物資源開発での協力、戦略的パートナーシップを構築する狙いがある。モンゴルは北朝鮮とのつながりも深い。ロンドン滞在中のモンゴル研究者、名古屋大学法政国際教育協力研究センターの中村真咲研究協力員(42)にインタビューした。

草原の国モンゴルの夏(中村真咲氏提供)
草原の国モンゴルの夏(中村真咲氏提供)

――首相のモンゴル訪問は2006年の小泉純一郎元首相以来です。狙いは何でしょうか

「安倍首相は就任直後に東南アジアを訪問しました。4月末にはロシアにも行く予定と報道されています。こうした一連の流れの中に、今回のモンゴル訪問も位置づけられていると思います。一つは、中国との関係が緊張する中で、日本の立場を説明できる味方を増やしたい。もう一つは、野田・民主党政権時代も含めて、1990年以降の歴代の日本の政権はモンゴルを重視して様々な交流を行なってきました」

「まず、総合的な外交政策として『戦略的パートナーシップの構築』を目指しています。次に経済的な政策としてEPA(経済連携協定)の提携を目指して交渉しています。そして尖閣をめぐる日中対立が一つのきっかけとなり、日本政府はレアアースなど鉱物資源開発での協力もモンゴルとの間で目指しています。また、日本とモンゴルは2012年1月に防衛交流覚書を交わすなど安全保障面での関係も強化しています」

「このように、モンゴルは政治・経済・外交・安全保障、すべての面で日本との関係を強化しようとしており、安倍首相としては、それをさらに進めたいのでしょう。モンゴルという国は、日本の政治家にとって、外交的な成果を得られやすい国と言えます。安倍首相も、東南アジア訪問からロシア訪問に至る一連の外交の中にモンゴル訪問による外交的成果を位置付けて、安倍外交を描くということを想定しているのだと思います」

――日本とモンゴルの安全保障面での協力について、もう少し詳しく説明していただけますか

「2000年頃からから日本の防衛省はモンゴルとの関係を強化してきました。防衛大学への留学生受け入れ、モンゴル軍の能力構築支援、特に医療技術などの支援を行っています。その流れの中で防衛交流覚書を交わしました。なお、モンゴルは国連PKO(平和維持活動)にも積極的に派兵しており、PKOの国際演習場を国内に設置しています。国連を中心とした国際的な平和維持活動に積極的に貢献することがモンゴルの安全保障につながると考えているのです」

――日本の自衛隊もモンゴルに行っているのでしょうか

「PKOの訓練の一環として日本の自衛隊員もモンゴルに行っていると聞いています」

――モンゴルは中国と旧ソ連の間にあり、地政学上、極めて難しい位置にあると思いますが

「歴史的な経緯を振り返りますと、モンゴルは1911年に辛亥革命(清朝滅亡)が起きた時に独立を宣言します。そして、中国との独立戦争を戦い、事実上の独立を勝ち取りました。しかし、ロシア革命でソ連が誕生し、日本が1932年に満州国をつくるなど、北アジア情勢が激動する中で、モンゴルの立場は非常に微妙になっていきます」

「ソ連としてはモンゴルが敵対的な国になっては困るので、モンゴルの内政にどんどん関与していきます。第二次世界大戦後、モンゴルは独立国家であるにも関わらず、『ソ連の16番目の共和国』とか『ソ連の衛星国』と呼ばれていました。1960年代以降、同じ社会主義国で友好国だったはずの中国とソ連の関係が非常に悪化する中で、モンゴルはソ連寄りの立場を取ったからです」

「そのようなソ連の政策にモンゴルが従ったのは、清朝の版図の一部だったモンゴルは本来は自分たちの領土だという意識を中国が潜在的に持っていて、時々、中国がそれをちらつかせることがあったので、モンゴルはソ連の後ろ盾を必要としたのです。ところが、ソ連でペレストロイカ(改革)が始まって、もうモンゴルの面倒は見ることができないということになり、モンゴルも自立が必要になりました。モンゴルに駐留していたソ連軍が撤退してソ連の後ろ盾がなくなると、モンゴルにとって中国の存在感が大きくなり過ぎるという不安が出てきました」

「そこで1990年代以降、日本や米国など西側との関係を非常に重視するようになります。昨年11月、モンゴルはロシアも参加する世界最大の地域安全保障機構であるOSCE(欧州安全保障協力機構)に正式加盟します。旧ソ連諸国を除いてアジア諸国からOSCEに入ったのはモンゴルが初めてです。モンゴルは最近、北大西洋条約機構(NATO)との対話や交流強化にも力を入れています。モンゴルの関係者は、北東アジア地域全体を覆うような安全保障の組織が何もないので、OSCEやNATOとの関係を強化することにより、地域安全保障の経験を積むのだと話しています」

――モンゴルがPKO国際演習場を設置した理由は何でしょうか

「本音のところでは対中警戒はあると思いますが、彼らは決してそれを表には出しません。非常に中国との関係には気を遣っています。モンゴルのPKO国際演習場は、国連PKOに参加する諸国が合同訓練を行う場所として位置づけられており、毎年夏に国際合同演習を実施しています。モンゴルでは夏に米国の軍人をよく見かけます。米国の部隊は駐留していませんが、連絡員が長期的に滞在していると聞いています」

――モンゴルと言えばチンギス・ハーンが有名です。モンゴルの歴史について少しお話いただけますか

「13世紀にチンギス・ハーンがモンゴル帝国を建国します。チンギス・ハーンの孫のフビライ・ハーンの時代に元軍が日本を二度襲来しましたが、これが元寇ですね。その後、漢民族の明朝がモンゴル帝国のの南側を支配しました。モンゴル高原は北元と名乗り、事実上の独立状態が続いていました。その後、満州族の清朝が勃興してきた時に、モンゴル族は満州族の皇帝を自らの皇帝とする同君連合を形成し、事実上、満州族の支配下に入っていきます。そして、満州族、モンゴル族の連合軍が中国を北から次々と支配下に入れていったのが清朝というわけです」

――モンゴルとロシアとの関係は

「現在、ロシアとの関係は悪くありません。今、鉱物資源開発についても協議していますし、モンゴルの鉄道会社にはロシアの技術者が入っています。また、石油はほぼ100%ロシアから輸入しています」

中村真咲氏
中村真咲氏

――モンゴルと中国との関係は

「経済的にはものすごく中国に依存しています。ほとんどの消費物資は中国から入っています。また、鉱物資源や羊毛などモンゴルの製品の輸出先は8~9割が中国と言われています。モンゴルとしては対中依存度が高くなり過ぎると非常に危いので、中国に対する経済的な依存を減らしたいと考えています。日本や米国を『第三の隣国』と位置づけて、できるだけバランスを取ろうとしています」

――モンゴルの鉱物資源はどんなものがありますか

「国際的に注目されている鉱物資源は銅と石炭です。今、南部のタバン・トルゴイ炭田の入札が行われています。モンゴルはそこに日本に参入してほしいと言っています。原料炭(製鉄用コークス、都市ガスや化学原料用ガスなどを製造する目的で使用される石炭のこと)は世界中で値段が高騰していますが、モンゴルの原料炭は非常に質が良い。世界的に質の良い原料炭が求められているので、モンゴルの原料炭は注目されているのです」

「その他にホタル石、コークスがあります。また、金の埋蔵量も非常に多いと言われています。オヨー・トルゴイ鉱区の銅の埋蔵量は3600万トン、金は1300トンとされており、世界有数の埋蔵量だと言われています。カナダ、オーストラリア、英国の鉱物資源開発会社がモンゴルに進出していますが、モンゴルは国際入札のバランスをとるため、そこに日本にも参加してもらいたいと考えているのです」

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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