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安倍首相が草原の国モンゴルに行く理由(2)おわり

木村正人在英国際ジャーナリスト

――小泉純一郎首相がモンゴル訪問をした際、日本と中国の関係は冷え切っていました

「モンゴル建国800年祭が行われた2006年に小泉首相はモンゴルを訪問しました。この時、日本と中国の関係が非常に悪くて訪中できませんでした。中国はモンゴルを刺激したくないので、あからさまにモンゴルを批判はしませんでしたが、中国の新聞は、『小泉首相は中国を無視してモンゴルに行ったが、中国との関係が悪いから他の国との関係を強化して包囲網を築こうとしても、アジアの国々からは尊敬されない』と批判的に書きました」

「ただ、中国はモンゴルを批判するようなことは一切言いませんでした。それを言えばモンゴルが反発するは明らかだからです。2002年、ダライ・ラマがモンゴルを訪問した時、中国は北京とウランバートルを結ぶ鉄道を『故障』という理由で3日間止めました。そのために、中国からモンゴルに食料が入ってこなくなりました。中国は生命線を断つという露骨な脅しをやったのですが、これにモンゴルの人たちは反発しました。それ以来、中国はいたずらにモンゴルのナショナリズムを刺激するのを避けるため、露骨なことはやらなくなりました」

――チベット仏教とモンゴルのつながりは

「モンゴルでのチベット仏教信仰に中国は一切、口出しをしません。ダライ・ラマ14世がモンゴルに行くことを中国は非常に嫌がっていましたが、それを批判するとモンゴルが反発するということに気がついて、中国は露骨な干渉をしなくなりました。モンゴルの新聞は最近、ダライ・ラマ14世が亡くなったあとのダライ・ラマ15世はモンゴルに転生するのではないかと報じています。転生者の候補に選ばれたモンゴルの少年がインドのダラムサラに修行に行っているとも報じられています。また、ダライ・ラマ14世のチベット亡命政府も、過去にはダライ・ラマの存命中に次のダライ・ラマを指名した事例があるとか、次の転生者はチベット以外のチベット仏教の信仰地域から出るかもしれないと言っているとも報道されています」

――もしモンゴルの少年が転生者だった場合、ダライ・ラマ15世はずっとモンゴルにいることになるのでしょうか

「その可能性はあると思います。これまでのチベット側の主張とは異なるかもしれませんが、中国にとってもチベット仏教をモンゴルの仏教と位置付けることによってチベット問題を収束させられる可能性があるので、一つの受け入れ可能な選択肢にはなるだろうと思います。しかし、この問題については表に出ない話が多いので、結局、よくわかりません。ダライ・ラマ14世の年齢を考えると、この10年間ぐらいが非常に重要になります。そう遠くない将来に大きく動くことになると思います」

――モンゴルは社会主義時代から北朝鮮と深いつながりを持っているとも言われています

「モンゴルは社会主義を放棄した後に韓国と国交を樹立しましたが、北朝鮮との関係も維持してきました。北朝鮮にとっても、モンゴル国内では中国政府の制約を受けることがないので、モンゴルを一つの拠点として重視しているようです。昨年11月にはウランバートルで日朝政府間協議が行われましたが、その際にはモンゴル政府が迎賓館を会場として提供するなど手厚く支援しました。モンゴルにとっても、北朝鮮問題で日本に協力することは、モンゴルが北東アジアの平和と安定に貢献していることを国際社会にアピールできるという意味があります。第二次大戦や冷戦期にスイスやスウェーデンといったヨーロッパの中立国が国際政治の裏交渉の舞台として重要な役割を果たしましたが、今のモンゴルはその状況に似ていなくもないのかなと思います」

――モンゴルは親日国ですね。その理由は

「モンゴルは非常に困難だった1990年代のポスト社会主義期に日本が支援してくれたことをちゃんと覚えています。また、同じアジアの中で非常に経済発展した国として日本を尊敬しています。ロシア、中国といった近隣国との関係を考えた時に、日本、米国など国境を接していない大国であり、民主主義、法の支配、人権といった価値観を共有している国との関係を強化したいと考えています。それが政府レベルだけでなく国民レベルにも浸透しています。阪神大震災や東日本大震災では、モンゴル政府のみならず個人レベルでも様々な被災地支援をしてくれました」

――モンゴルで核廃棄物最終処理場の計画が持ち上がりました

「私の聞いている話では、米国が積極的に進めようとしていたようです。日本の政府の一部でも案の一つとして話が出たのは事実のようですが、それは無理だろうとすぐに消えたそうです。しかし、日本の民間企業はモンゴルのウラン開発に興味を持っています。核廃棄物最終処理場の建設は近隣国のロシアや中国が反対すれば無理ですが、モンゴルがウランを輸出するかどうかは別問題ですから、ウランの供給元として日本の民間企業はモンゴルに興味を持っているようです」

――司馬遼太郎、開高健、椎名誠もモンゴルを愛してきました

「日本人から見ると、モンゴルは憧れの国だと思います。観光客の中でもリピーターになる人が非常に多いのです。自然が雄大で、人が素朴で人情に厚く、日本人が親しみを持てるのだと思います。しかし、顔は非常に似ていますが、モンゴルの人は個人主義なので、それが日本人とは大きく異なるということをモンゴルに関わる日本人は知っておくべきでしょう。アジアと言えばどうしても農村共同体が強くて、家族主義、集団主義のようなイメージがありますが、モンゴルの人たちは遊牧民のメンタリティーを今でも持っていて、集団で行動することがなく、ものすごく個人主義なのです。スポーツを見ていても、サッカーのような集団競技よりも、柔道やライフルのような個人戦が非常に強い国ですね」

――元横綱、朝青龍関はどうしていますか

「彼はモンゴルにいます。朝青龍関は完全に実業家ですね。Asaグループという企業グループをつくって観光からビル建設までいろいろやっています。財閥のようなものを目指しているという噂を聞きます」

――中村さんがモンゴルに興味を持った理由は

「私は冷戦が終結した1989年に大学に入りました。その頃、モンゴルで民主化運動が始まりましたが、モンゴルのような遊牧民の国がどうして民主化運動をしているのか、そもそも、どうしてモンゴルが社会主義を選んだのか、不思議に思ったからです。中国では天安門事件で流血の惨事になりましたが、モンゴルでは無血で民主化が行われました。それに興味を持ったのです」

――モンゴルに対中包囲網に参加する意思はありますか

「注意しなければいけないのは、日本は『対中包囲網』という言葉をよく使いますが、モンゴルは使っていません。モンゴルは中国とも『戦略的パートナーシップの構築』を協議しています。モンゴルは全方位外交を展開しているのです。ベトナムやフィリピンと違って、モンゴルは中国との間で領土紛争を抱えていませんから、モンゴルはあえて中国と敵対する必要はありません。ただ、あまりにも中国の存在が大きすぎて、それを少し中和したい、相対化したいという考えはあると思います」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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