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北朝鮮「ミサイル発射」延期 南北対話に前のめりの韓国・朴大統領

木村正人在英国際ジャーナリスト

アメリカと韓国が「対話」を提案する中、北朝鮮は弾道ミサイル発射を強行するのか。北朝鮮ウォッチャーの武貞秀士・東北アジア国際戦略研究所研究員(元延世大学国際学部専任教授)にロンドンから国際電話でインタビューした。

■ミサイル発射はしばし延期

――北朝鮮は弾道ミサイルを発射するでしょうか

「まだミサイル発射をする可能性があります。脅威を演出して、韓国の譲歩を引き出すためです。しかし、北朝鮮が全面戦争を覚悟した形跡はありません。この3か月の間に戦争の必需品である石油の輸入量が中国から急増したということはありません」

「北朝鮮が『戦時状況』という言葉を使っても、外国人選手を招いて平壌マラソン大会を開いています。平壌の外国大使館関係者に国外退去を勧告しても、マラソンランナーを招請しています。平壌科学技術大学では、70名の外国人教授が400名の北朝鮮学生に今も整然と講義を続けています」

「北朝鮮はムスダン・ミサイル発射をする準備をしてきました。ミサイル発射をしても全面戦争にはならないと考えているのです。ミサイル発射の狙いはいくつかあります」

「ムスダン・ミサイルの技術面の点検、輸出用のミサイルであるので発射成功により市場価値を高めること、北朝鮮内部の士気高揚、韓国とアメリカを『北朝鮮主導の対話』の場に引き出すことなどです」

「4月12日ころから、北朝鮮の姿勢に変化が生じました。韓国が対話に向けて動き始めた直後です。アメリカのオバマ大統領が『二度と戦争を見たくない』と言った直後です。ケリー国務長官は韓国、中国、日本を歴訪して、対話で危機を切り抜けたいという姿勢を鮮明にしたときです」

「『アメリカがミサイル発射をやめるように言ったので発射を迷っている』ということはありません。アメリカが動いたからと言って、北朝鮮はミサイルの発射をやめる国ではありません。2012年2月29日の米朝合意を無視して、4月13日には大陸間弾道ミサイル・テポドン2号の発射実験を行っています」

「北朝鮮の姿勢に変化が生じたのは、むしろ、韓国とアメリカが対話再開に傾斜したのを見て、北朝鮮は強硬姿勢が奏功したと判断した結果なのです。特に、今の北朝鮮にとってはアメリカより韓国の朴槿恵(パク・クネ)政権の軟化を引き出せるかどうかの方が大事です。韓国はアメリカよりも政策のブレが大きいので政策の効果を期待できるのです」

「李明博(イ・ミョンバク)政権との違いを出したい朴政権は、北朝鮮に対して宥和政策をとることを政権発足時から鮮明にしています。朴政権が軟化すれば、アメリカの態度も軟化するという期待が北朝鮮にあるでしょう。韓国の柳吉在(ユ・ギルジェ)統一相は3月に就任したとき、『北朝鮮の姿勢如何にかかわらず、北朝鮮と対話をする』と述べています」

「朴大統領が対話路線を鮮明にしたころ、4月12日、北朝鮮はムスダンを出し入れする動きをピタッと止めました。北朝鮮の祖国平和統一委員会は4月14日、朴政権の対話呼びかけに対して『対決的正体を隠すためのずる賢い術策以外の何物でもない』と厳しく批判しましたが、韓国が緊張緩和に向けて具体的にどういうことをするのか北朝鮮が見守っていることがわかります」

「『中身がない提案だ』と北朝鮮が言うのは、韓国が具体的な中身をつけてボールをもう一度、投げ返せという意味です。北朝鮮は朴政権が南北対話に前のめりになっていることに期待を持ち始めました。それに合わせて、アメリカは『米韓合同軍事演習の規模を縮小することを指示した』と述べました」

「朴政権の対話姿勢とオバマ政権による戦争回避策という2つで、北朝鮮は半分以上の目的を達成しました。北朝鮮はあえてここで弾道ミサイルを発射する必要はなく、朴政権の一層の宥和提案を待っています。ミサイル発射はひとまず棚上げにしておこうということです」

「ミサイル実験をしたら、国連安保理での制裁論議が始まり、1か月以上は緊張が続きます。朴政権との対話もその間は不可能になります。4月末に米韓合同軍事演習が終わるのに、その後も緊張状態が続いて、開城(ケソン)工業団地からの外貨収入が途絶えたままというのは、北朝鮮は耐えられないでしょう」

「『戦時状況だ』という言葉で脅かして韓国の譲歩を獲得した今となっては、韓国からの好条件の具体的対話提案を待つという姿勢なのです」

■北朝鮮軍部に不満はない

――金正恩と、初代・金日成、2代目・金正日の瀬戸際戦略に違いはありますか。人事をめぐり、金正恩と軍部の関係は悪化しているのでしょうか

「祖父と父の政策と金正恩第一書記の政策の違いは、金正恩体制が核兵器保有を出発点にした政策をとっているという点です。2012年のミサイル実験、13年の核実験により、北朝鮮は核保有国になったので、父の代よりも本格的な米朝共存時代を築けると考えているのが金正恩第一書記です」

「内部抗争があり、タカ派とハト派が対立する過程で外部への過激な発言が出てくるとか、金正恩がタカ派に操縦されているという見方がありますが、そのようなことはありません。そうであれば、軍の大規模な移動や不審な動きが韓国発で報道されます」

「国際社会やアメリカへの厳しい非難をして、内部の引き締めを図るということはあるでしょう。それは、内部対立ということではありません。今回、軍部の100人を昇任させたのは金正恩第一書記への忠誠を高めたのであって、分裂とか対立というようなものではありません」

「ただ、韓国が北朝鮮に対する宥和提案を出すことに躊躇するとき、米韓同盟強化を急ぐとき、北朝鮮は軍事技術的必要性から、ムスダンの試験発射をするでしょう。韓国とアメリカに恐怖心を植えつけて、相手が譲歩したとき、対話路線にチャンネルを切り換えてきました」

「北朝鮮 の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長が4月14日、金日成主席の生誕101年の祝賀に合わせて中央大会で、『核は統一朝鮮の宝石だ』と演説しました。非常に示唆的です。核兵器は統一のためにあると言っているのです」

「アメリカ東部を脅かすことができれば、アメリカは朝鮮半島への軍事介入を諦めて、北朝鮮は労せずして韓国を統一できる。そのとき、核兵器は決定的な役割を果たす。だから宝石のようなものだと述べているのです」

「今回、北朝鮮が『戦時状況だ』『最後通牒だ』と強硬発言をしたり、ムスダンを出し入れしたりするのは、北朝鮮を核保有国として待遇をした上で、韓国とアメリカが交渉の場に出てきてほしいというメッセージです」

「『核を保有している北朝鮮を国際社会はきちんと扱っていないではないか。核を持っていなかった時に結んだ休戦協定はもう白紙にしてもいい、韓国との間で結んだ基本合意書はもう終わりにしたい』と北朝鮮は考えています」

「『核を保有する北朝鮮と認めるような内容にすべて書き直すべきだ』ということは、在韓米軍の撤退、米朝不可侵宣言などの文言を入れることを意味しています」

「北朝鮮は2012年12月のテポドン・ミサイルの成功と、今年の核実験の成功で自信をつけて、『そこまで言える存在に北朝鮮はなった。以前になかったような手荒な方法で国際社会を脅かしても、北朝鮮には不安はない』と考え始めたのです。発言の背後にあるのは自信です」

「そして、4月12日ごろから『北朝鮮が何と言おうと対話に乗り出す』と、韓国政府が対姿勢を鮮明にして、北朝鮮は期待を高めました。ケリー国務長官は訪問した韓国、中国、日本で『対話を模索する』と述べました。北朝鮮はボールを韓国とアメリカに投げたと思っています」

「まずは、朴政権が次にどういうボールを投げ返してくれるのかを北朝鮮は見ています。米韓の姿勢の変化を見た北朝鮮は、今すぐ国連安保理での制裁論議に直面しても良いとは思っていないでしょう」

■南北対話に舵を切る朴政権

――朴政権が南北対話に舵を切った理由は

「韓国の大統領任期は5年です。就任すれば5年間は天下を取ったようなものです。大統領として実績を残したいと考えます。李明博前政権時代は南北対話が最悪の状態になっていました。朴政権前政権との違いを際立たせる業績を残すとしたら、やはり南北対話です」

「就任のときから北朝鮮の対南政策に関係なく宥和姿勢で臨む方針が決まっています。朴大統領は北朝鮮の挑発に困って南北対話を呼びかけたというより、李前政権ができなかった南北対話を自分たちでできるチャンスが来たと考えています」

「韓国与党のセヌリ党の幹部の間では『危機を打開するべく、金正恩第一書記を説得するために、平壌に特使を派遣しよう』という議論が出ています。韓国政府とは違い、韓国民はいたって冷静で、街の飲み屋、カラオケ店は繁盛しています」

「韓国民の半数以上は『韓国という同民族の頭の上に北朝鮮が核兵器を飛ばすことがあるだろうか』と思っています。朴政権は、まったく新しい発想で、条件を付けずに南北対話を始めるところに重点を置いている政権です」

「開城工業団地から5万3000人の北朝鮮労働者が撤収したことについても、朴政権は操業再開したときに、賃金引き上げを求める条件闘争と見ているのでしょう」

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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