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なぜ、憲法改正が必要か

木村正人在英国際ジャーナリスト

5月3日は憲法記念日である。

NHKの世論調査では「憲法を改正する必要があると思う」と答えた人は42%(6年前は41%)、「改正する必要はないと思う」と答えた人は16%(同8ポイント減)、「どちらともいえない」が39%(同9ポイント増)。

日経新聞とテレビ東京の世論調査では、現行憲法を「改正すべきだ」との回答は56%(昨年4月、53%)、「現在のままでよい」は28%(同33%)。

朝日新聞の世論調査では、改正発議に必要な衆参各院の議員の賛成を3分の2以上から過半数に緩める自民党の憲法96条改正案について、反対が54%、賛成が38%。憲法9条については「変えない方がよい」が52%で、「変える方がよい」は39%だった。

日本国憲法は1946年11月3日に公布され、47年5月3日に施行された。(1)象徴天皇と国民主権(2)戦争放棄(3)基本的人権の保障が大きな特徴である。

第二次大戦の枢軸国、ドイツとイタリアはそれぞれナチズム、ファシズムの台頭を許した。日本は超国家主義と軍国主義に巣食われた。連合国軍は中央集権体制を解体し、地方分権を進め、議会の権力も上院と下院に分散させた。

さらに、ナチスがユダヤ人を大虐殺したドイツの基本法(憲法に相当)には「人権」、ファシスト党の労組統制を許したイタリアの憲法には「労働者の権利」、日本の憲法には「平和」の遺伝子が埋め込まれた。

アメリカのルーズベルト大統領周辺にソ連はスパイ網を張り巡らしていた。アメリカはソ連とともに世界の平和秩序を構築できるという幻想を抱いていた。第二次大戦後、永遠の平和が訪れるとアメリカが信じていた時期、敗戦国となった3カ国の憲法は制定された。

連合国軍総司令部(GHQ)との交渉にあたった佐藤達夫・法制局第一部長は、戦力不保持をうたった憲法9条について、「戦力放棄と言ったって、日本はすでに武装解除されていた」と振り返っている。9条より武装解除の実態が先行していた。

外務省出身の吉田茂首相は、GHQのマッカーサー最高司令官の威光を利用することで、軍部が再び頭をもたげてくるのを抑えるとともに、残された資源を日本の経済復興に集中させようと考えていた。

連合国軍側は、天皇を国会の下に置こうとしていた。マッカーサーは帰米後、「日本人は12歳の少年」と発言して評判を落とすが、かなりの日本贔屓だった。吉田は「マッカーサーは、こうしたら日本は良くなるんじゃないかと頻繁に言ってきた」と振り返っている。

マッカーサーは、日露戦争に勝利したあともロシア軍司令官を紳士的に扱った日本に敬意を抱いていた。

GHQの主導で、天皇は「象徴」という地位を与えられて、戦後も存続することになった。戦前、天皇は超法規的な存在で、「象徴」になることは政治的には国体の変更を意味していた。

が、金森徳次郎・憲法担当国務大臣は、「あこがれ」の中心としての天皇は変わらないという名答弁で国体護持派の批判をかわした。

現行憲法は「GHQの押し付け憲法だから、撤廃しろ」という意見がある。僕は30年以上前から「憲法改正が必要」と考えているが、「押し付け憲法論」や「撤廃論」にはくみしない。

憲法がその国の国柄や歴史を反映したものであるならば、明治維新から敗戦までの興亡も憲法に刻んでおかねばならない。現行憲法にはGHQの圧力に抵抗して日本の再建を目指した苦労の跡が随所に残されている。

現行憲法は制定から一度も改正されたことがないため、「硬性憲法」「不磨の大典」と呼ばれている。実際には内閣法制局の解釈変更で、自衛隊発足、イラク復興支援、インド洋での補給活動と自衛隊の海外活動の範囲は随分と広がった。法律なども含めた意味での「憲法」は時代とともに大きく変化してきた。

しかし、それだけでは、激変する北東アジア地域の安全保障環境に対応できなくなっている。9条改正は、朝日新聞の世論調査の結果とは逆に喫緊の課題になっている。

北朝鮮の核・ミサイル、沖縄県・尖閣諸島をめぐる中国との緊張に備えるため、日本は盾(守り)、アメリカは矛(攻め)の役割を担うという「専守防衛」の見直しは避けては通れない。

ロンドンでさまざまな安全保障関係の会議に顔を出していると、尖閣は日本と中国の問題というより、すでにアメリカと中国の問題になっていることがわかる。日本と中国の衝突が発火点となって対中戦争に巻き込まれるのをアメリカが懸念している。

先日、ロンドンで講演した清華大学当代国際関係研究院のYan Xuetong院長に「中国は習近平体制になってトウ小平の外交政策、韜光養晦(とうこうようかい、時が来るまで力を蓄えること)を変更したのですか」と尋ねてみた。

Xuetong院長は「最近、誰も韜光養晦とは言わなくなったが、かと言って韜光養晦が否定されたわけではない」と説明した。

中国の外交政策は、トウ小平の時代と違って、最高指導者の一言で決まるほど単純ではなくなっている。大和日英基金が英議会で開いたセミナーで、英王立国際問題研究所の中国専門家ロド・ワイ氏は、中国の外交政策についてこう説明した。

「たくさんのアクター、利益がからみ合って中国の外交政策は複雑になってきた。中国共産党、国家、ビジネス、軍、国民世論に加えて、不安定さを増している国内政策も関係してくる。だれも中国の外交政策は何か答えられないのが実情だ」

一方、アメリカに、はっきりとした対中政策があるかと言えば非常に心許ない。日本では対中防衛の要のように語られる「エアシーバトル」だが、中国の「接近阻止・領域拒否」能力に対応するだけのもので、戦略レベルの概念ではない。

「空母キラー」と呼ばれる中国の対艦ミサイルの被弾などを避けるため、妨害電波を出したり、艦艇のステルス能力を増したりして、アメリカ軍の作戦上の自由を維持するための計画にすぎない。

アメリカは国防費の削減を強いられ、早ければ2025年にも中国は国防費でアメリカを追い抜くと予測されている。

オバマ政権の「アジアに軸足を置く」政策についても、国際軍事情報会社IHSジェーンズの専門家は「すでにアメリカは55%の海軍力を太平洋に集めており、あと5%増えたところでどうなるというのか」と解説する。

アメリカがかつてのようにあてにできなくなってきているのは、北朝鮮の核・ミサイル開発を見ればおわかりいただけると思う。アメリカも中国の意向を無視して動けなくなっている。北朝鮮の瀬戸際政策に振り回されている間に、北朝鮮はついに核弾頭をのせた弾道ミサイルで日本を攻撃できる能力を身につけてしまった。

現行憲法も日本に「座して死ぬ」ことを求めているわけではない。危機が迫ったとき、敵基地を攻撃することは憲法上、認められているが、専守防衛の日本はその能力を持っていない。ここまで自分の手足を縛って、北朝鮮の核・ミサイルの脅威、尖閣諸島に対する中国の圧力にいつまで対抗できるのだろうか。

国力が衰えたアメリカはニクソン時代と同じように「米中接近」へとカジを切らざるを得なくなってくるだろう。それを中国がどう受け止めるか。アメリカは恐れるに足りないと高飛車に出るのか。それとも米中戦争を避けるため、互いに相手の様子をうかがう状態が続くのか。尖閣はその試金石となるが、これからの展開はだれにも予想はつかない。

日本はいざという場合に備えて、安全保障上の選択肢を増やすべきである。憲法改正は一刻の猶予も許さなくなっている。そんなとき、安倍晋三首相がイベントで迷彩服を着て、戦車に乗っている写真がイギリスでも報道された。

先日なくなったイギリス初の女性首相サッチャーも砲弾をぶっ放すシーンが放映されたことがあるが、シビリアンである政治指導者は軍服を着るべきではないと僕は思う。軍事は軍人の仕事だからだ。

安倍首相の靖国神社への供物奉納で、「アベノミクス」によって消えていた「ナショナリスト」の形容詞がイギリスのメディアに復活した。外交戦とは情報戦でもある。現場の外交官や防衛省の武官、文官がどれだけ苦労して日本の立場を世界に説明しているか少しは気遣ってほしいものだ。

イギリスでは中国の台頭を野放しにすると世界秩序が不安定化すると考える人が次第に増えているように感じられる。アメリカ、イギリスとしっかりスクラムを組むのは日本にとって重要なことだ。ナショナリストのレッテルはその障害にしかならない。

イギリスでは、中国のことを「シナ」と呼び、尖閣購入をぶち上げて日中関係を急激に悪化させた石原慎太郎前都知事の評判は芳しくない。夏の参院選後に、石原氏が共同代表を務める日本維新の会と組んで憲法改正に突き進めば、どう受け止められるだろうか。

欧州連合(EU)のアシュトン外交安全保障上級代表の知恵袋だったイギリスのベテラン外交官ロバート・クーパー氏に「国益とは何か」と尋ねたことがある。クーパー氏は迷わず「他国に侵略や占領を許さないことだ」と答えた。

憲法記念日に、安倍首相には大事とは何かを熟慮していただきたい。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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