Yahoo!ニュース

激安ファッションの犠牲者に救いの手を

木村正人在英国際ジャーナリスト

ローマ法王も「奴隷労働」と非難

バングラデシュの首都ダッカ近郊で起きた縫製工場ビル崩落事故による死者は500人を超えた。ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は、イギリスの「プライマーク」やスペインの「マンゴ」など激安ファッション・メーカーが結果的にはバングラデシュの女性たちに危険な環境で低賃金労働を強いていたことについて「奴隷労働だ」と厳しく非難した。

犠牲になった女性労働者の賃金はわずか月38ユーロ(約4950円)。

「搾取工場にノーを」と訴えるキャンペーン(ピープル・ツリー提供)
「搾取工場にノーを」と訴えるキャンペーン(ピープル・ツリー提供)

衝撃を受けた法王は非公開ミサで、「労働はわれわれに尊厳を与えるためにある。奴隷労働は神に反している。収益をあげるためだけにバランスシートを見て、公正な賃金を支払わず、仕事を与えないことは神に反することだ」と説教した。

フランシスコ法王は新法王に選出されたとき、新聞を配達してもらっていたアルゼンチンの販売店に電話をかけ「ローマに留まることになりました」と購読停止を連絡するなど、庶民感覚の持ち主として人気を集めている。労働は人間に尊厳を与えるもので、搾取の手段であってはならないというフランシスコ法王の言葉に少しだけ救われた思いがする。

貧しい国の経済成長

バングラデシュは人口の約9割がイスラム教徒。縫製産業の拡大は女性の自立を進め、1人当りの国民総所得(GNI)を押し上げた。世界銀行によると、2003年に400ドルだったバングラデシュの1人当たりのGNIは11年には780ドル、1.95倍に膨らんだ。

同じ期間の1人当たりのGNI成長率は中国が3.88倍、日本が1.32倍、世界平均が1.69倍。「バングラデシュはグローバル経済の恩恵に預かっている」「縫製工場ビルの安全対策が十分でなかったのはバングラデシュ当局の責任だ」という指摘を前のエントリーで頂戴した。

1人当りGNIの伸びを金額でみると、バングラデシュ380ドル、中国3670ドル、日本1万890ドル、世界平均3904ドルである。この格差を果たしてグローバル経済がもたらす「トリクルダウン(恩恵)」とポジティブに受け止めても良いのだろうか。

ちなみに僕は自由主義経済の信奉者だが、経済のグルーバル化が世界的に若者層の失業率を押し上げ、貧富の格差を拡大させていることに大いなる疑問を抱いている。イギリスでは19世紀、産業革命が広げた貧富の格差を埋めるため、温情主義的な義務を上流階級に求めるワンネーション・コンサーバティズムが提唱された。

経済成長と富の再配分に目配せしたワンネーション・コンサーバティズムはいま、一国にとどまらず、世界全体に求められている。

貧しくなる資本主義と搾取工場

「貧しい国同士が仕事を得るために、より貧しい価格、さらなる過酷な条件で競争しています。これが労働者からの搾取、環境破壊を拡大させています」

ピープル・ツリーのサフィア・ミニー代表=中央(同)
ピープル・ツリーのサフィア・ミニー代表=中央(同)

激安ファッションに異を唱え、商品や労働に見合った公正な対価で取引するフェアトレードを実践しているイギリスのピープル・ツリー/グローバル・ヴィレッジのサフィア・ミニー代表(49)は僕の取材に応じて、こう指摘した。

サフィアは学生のころから「神の見えざる手」が社会全体の利益をもたらすという市場万能主義に頷くことができなかった。

ダッカの縫製工場や女性労働者が暮らすスラムを初めて訪れたとき、むせ返った。熱気とホコリが立ち込める工場は「スウェットショップ(搾取工場)」の名にふさわしかった。

女性労働者は1日12~16時間ミシンを踏み続けても、生活に必要な3分の1程度の賃金しかもらえない。4畳半に満たない部屋に大人2~3人が寝泊まりし、200人余が3~4台のガスコンロを共同で使っていた。トイレやシャワーは1つしかなかった。

「バングラデシュの縫製工場で働く女性労働者の大半は、生活費を稼ぐため働く機会がない地方の出身です。彼女たちは仕事を見つけるために都会に出るしか選択肢がありません。彼女たちは不潔な住宅に住んで、危険な工場で働いても自分たちの口をしのぐのがやっとなんです」

サフィアは地元の労働組合を通じて、女性労働者の賃金や労働環境の改善に取り組むようになった。1993年、バングラデシュでフェアトレード商品を共同開発し、カタログ販売を開始した。

「彼女たちは自分の村に帰りたいと訴えます。6カ月に1度しか自分の子供の顔を見ることができないのです。彼女たちは動物のように扱われています」

バングラデシュの女性労働者はサフィアに「どうして先進国の消費者はそんなに安い代金しか支払わないの」「消費者は私が1日に12~14時間も働いているのを知らないの」「ほんの少しでも余分に支払ってくれたら、私たちは家族を養う事ができるのに」と口々に訴える。

世界市場への販路を持たないバングラデシュの縫製工場や女性労働者は、先進国の激安ファッション・メーカーの競争に巻き込まれ、非常に安い価格で仕事を引き受けざるを得なくなっている。

サフィアは「商品の値段が昨年より安くなり、回転がさらに早くなっています。過去2年間でお米の値段は2倍になっているのに、女性労働者の賃金は安くなり、深夜まで働かなければならなくなっているのです」と指摘した。

激安ファッション・メーカーは価格競争に柔軟に対応するため縫製工場と長期契約を結ばない。このため、縫製工場に注意や敬意を払わなくなる。それがビル崩落事故や火災など大惨事の根底にある。

バングラデシュの女性労働者を支援するため作られたTシャツ(同)
バングラデシュの女性労働者を支援するため作られたTシャツ(同)

サフィアは「フェアトレードの消費者を増やすことができたらバングラデシュの女性労働者の生活を改善できる」と思うと、涙をこらえきれなくなるという。激安ファッション・メーカーはウェブサイトにキレイ事を並べるだけでなく、縫製工場の安全確保などを実行に移す必要がある。

「メーカーに改善が期待できないのなら、日本の皆さま、ピープル・ツリーとグローバル・ヴィレッジのキャンペーンにご参加下さい。フェアトレードや使い古しの洋服を買って下さい」とサフィアは呼びかけている。

CSRという理想と現実の溝

英誌エコノミスト最新号はバングラデシュに進出する企業には3つの選択肢があると指摘する。

(1)企業の社会的責任(CSR)を完全に無視して、最低賃金の縫製工場から労働力を搾取する(2)バングラデシュから撤退して、大規模事故などよりリスクが少ない国に工場を移す(3)バングラデシュに留まり、NGO(非政府組織)や政府と会合を持ちながら安全対策や労働環境を改善する。

理想は言うまでもなく(3)なのだが、バングラデシュの悲劇は理想と現実の溝があまりにも大きいことを物語っている。

ピープル・ツリーは東京、横浜にも直営店があり、全国300店で商品を取り扱っている。世界フェアトレード・デーの5月11日(土)、ピープル・ツリー自由が丘店、モザイクモール港北店でイベントが開催される。サフィアも来場予定、詳しくはピープル・ツリーのホームページで。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事