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インド版「巨人の星」にイチロー登場! クリケットは「同盟」のしるし

木村正人在英国際ジャーナリスト
先月、ロンドンで行われた男子日本代表と英名門クラブの親善試合(木村正人撮影)

先月28日、ロンドンにあるクリケットの聖地、ローズ・クリケット・グラウンドで、男子日本代表とイギリス名門クラブ「メリルボーン・クリケット・クラブ(MCC)」の親善チャリティー試合が行われた。プロ選手もいるMCCが250―144で勝利したが、日本代表の茅野達郎主将(29)は「相手はすごく強かったが、日本も良いプレーができた」と胸を張った。

NPO法人・日本クリケット協会事務局長、宮地直樹さん(34)によると、日本で初めてクリケットの試合が行われてから今年で150年、それに合わせて、クリケット日本代表のイギリス遠征が実現したという。

生麦事件と薩英戦争の間に行われたクリケット・マッチ

ペリーが浦賀に来航してから9年後の1862年。薩摩藩・島津久光の行列400人が江戸から京都に向かう途中、横浜の生麦村でイギリス人4人と行き会った。薩摩藩士は1人を斬殺、2人を負傷させた。賠償交渉は難航し、江戸や横浜では戦争が起こるのではという緊張が高まっていた。横浜居留地でクリケットの試合が行われたのは翌63年のことだった。

横浜を戦争から守ろうと、横浜のイギリス商人たちはイギリス海軍とのクリケット・マッチを企画した。駐日イギリス代理公使から中国への避難勧告が出されていたが、商品などの補償がなかったため、商魂たくましいイギリス商人は横浜残留を決めた。クリケットは「友好」のスポーツだ。イギリス商人はそこに目をつけた。

この2カ月後、鹿児島で薩摩藩とイギリス艦隊の間で薩英戦争が起きる。イギリス艦隊は横浜港から出港し、横浜は戦火を免れた。このあと、薩摩藩はイギリスと急接近する。

日英同盟に寄与した「クリケットの星」

クリケットをめぐる日英関係を語る宮地直樹さん(手前、木村正人撮影)
クリケットをめぐる日英関係を語る宮地直樹さん(手前、木村正人撮影)

日本で1960年代末から70年代初めにかけテレビ放映された人気アニメ「巨人の星」(原作・梶原一騎、作画・川崎のぼる)をインド向けにリメークした「スーラジ ザ・ライジングスター」が現地で放映され、人気を集めている。貧しい家庭に生まれた少年スーラジが努力を重ね、インドで大人気のクリケットのスター選手に成長するという「スポ根」アニメだ。

インド版「巨人の星」を企画した講談社に協力している宮地さんは「大リーグで活躍しているイチロー選手をモデルにした日本の武道家イチロウが『ザ・ライジングスター』に登場するはずです。今でも日本人が新しいアイデアや技術を生み出してくれるという期待感が強いのだと思います」とこっそり教えてくれた。

架空の日本人スーパースターがクリケットに登場するのは実は『ザ・ライジングスター』が初めてではない。日英関係に詳しいBBCワールドニュースの清水健(たけし)さん(46)=ロンドン在住=が解説する。

「1902年1月、ロンドンで日英同盟が締結されると、日本への関心が高まります。イギリスで発行されていたストランド・マガジンがフィクション小説『クリケットの星 フジカワ』を掲載します。日本人のフジカワは才能あふれる紳士で進取の気質にあふれ、イギリス・スポーツの真髄であるクリケットさえ改良してしまうのです」

ストランド・マガジン1902年6月号にはこうある。(以下、「」内は清水さん訳)

「極めて有能な日本人青年、フジカワは英国に2年あまり暮らしていた。彼は鉄道網の拡張を目指す進歩的かつ啓発的な政府によって、最高の三連成機関エンジンとチューブボイラーについて調査し、報告するために派遣され、ウェスト・セントラル鉄道会社の製図室や作業室で働いている」

フジカワはクリケットの才能も開花させ、ボウラー(投手)に正対するという独創的なバッティング・フォームから、あらゆる方向に打球を飛ばした。まさに大リーグのイチローを彷彿とさせる活躍ぶりだ。フジカワが新記録を打ち立てた試合の翌日、ロンドンの新聞は次のように伝えたと物語は続く。

「日出づる国に急速に押し寄せる進歩の波については、最近あちこちで記され、語られている。西側の知識を吸収し、ヨーロッパの発明と啓蒙の恩恵を受けている、日本民族の驚くべき適応力については繰り返し伝えられている」

「しかし昨日、天才的な日本の紳士が、初出場でノットアウト204点と英国の全ての記録を打ち破ってしまうとは、誰が予想し得ただろうか。彼の打法は全く独創的なもので、両面が平らなバットを使っているそうである。これが斬新な新機軸であることは間違いないが、彼は勇壮で独創的な民族の一員であるからそれも当然のことかもしれない」

イギリス情報機関の宣伝工作

7つの海を支配した大英帝国は19世紀後半、非同盟の「栄光ある孤立」という外交政策を掲げていた。しかし、中央アジアをめぐるロシアとの「グレート・ゲーム」を優位に進めるため、極東の新興国・日本と日英同盟を結び、「栄光ある孤立」に終止符を打つ。

清水さんは「『クリケットの星』は同盟国となった日本への親近感を深めるため、イギリス情報機関が仕掛けた宣伝工作だったのではないか」と分析している。日本は日露戦争に勝ち、イギリスの戦略はまんまと成功する。

その後、イギリスはアメリカの意向で日英同盟を解消するが、第二次大戦で日本と戦ったことについて、「日本を孤立させて追い込んだのは間違いだった」という反省の声が元駐日イギリス大使の中からも聞かれる。対日戦争はアジアにおけるイギリスの権益崩壊を早めただけだったからだ。

今、太平洋をチェスボードにしたアメリカと中国の新「グレート・ゲーム」が始まろうとしている。産経新聞の内藤泰朗ロンドン特派員の記事によると、英国のアンドルー王子が今秋訪日し、21世紀型の新たな「日英同盟」を模索する国際会議を東京で開催するそうである。

「日英同盟」の復活はともかく、太平洋に勢力を拡大しようとしている中国に対抗するため、日本とイギリスの安全保障協力を強化することは十分に検討に値するだろう。

クリケット・フォ・スマイル

随分と話が脇道にそれてしまったが、日本クリケット協会は「クリケット・フォ・スマイルズ東日本大震災復興支援事業」も実施している。

MCCとの親善チャリティー試合には日本代表としては史上最高の観客1200人が詰めかけた。集まった2500ポンド(約38万円)の募金は被災地の子供たちのクリケット大会を開くために使われるという。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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