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マンU香川の活路は、常識破りのドリブル2人抜きだ

木村正人在英国際ジャーナリスト

今季限りで引退するマンチェスター・ユナイテッドのファーガソン監督と何度も会っている元日本サッカー協会国際委員で元サンフレッチェ広島強化部長の伊藤庸夫さん。30年以上も英国で本場のサッカーをウォッチし続けた伊藤さんに香川真司選手、ファーガソン監督、モイーズ新監督についてインタビューした。

僕は初対面の伊藤さんに「記者は言われた通り書いてればいいんだ」と言われ正直、ムッとした。2度目にお会いしたとき、サッカーにやたら詳しい人だなと思った。3度目にインタビューしたとき、伊藤さんのサッカーに対する愛情の深さに驚いた。これじゃ記者が生かじりのサッカー論をぶったところで物足りなく思うのもしょうがない。原稿も僕よりはるかにうまい。

サッカーは専門にしない僕が読んでも、「試合を見ている数が少ない」「どれだけ英語の記事を読んでいるのかな」「サッカーへの愛情が足りないのでは」と思う記事が多いのだ。かく言う僕は2年間、妻のふみさんのお供でアーセナルの本拠地エミレーツスタジアムに通い続けて、なんとなくイングランド流フットボールの楽しみ方がわかりかけてきた。

興奮と恍惚、何とも言えぬ陶酔感、そして落胆。スタジアムには刹那的な歓喜と永遠の記憶が宿っている。今季、レギュラーポジションを取れなかった香川選手はまだ、マンUとイングランド・フットボールになじんでいない。香川選手の姿は日本サッカーの成功と課題をそのまま物語っているように思う。

「永遠のサッカー青年」伊藤さんに僕が抱いていた疑問をぶつけてみた。

――今季の香川選手を総括すると

「ファーガソンがドルトムントにいた香川を獲得した理由は得点力。点取り屋として取った。香川をうまいポジションに当てて、点を取らせようと思った。2点しか取れずにケガをしてしまった。相手に(狙われて)削られてしまった」

「彼はフィジカルに強いタイプではなく、軽快に動ける選手だ。ファーガソンはもともとセンターフォワード。昔から速い選手、攻撃的な選手が好きだ。今季前半、ファーガソンは出したり出さなかったりして香川を試していた」

「2つあると思う。ファーガソンはギグスがそうであったように若い選手をじっくり育てる。ギグスの場合、デビューしてから10年間、報道陣を近づけなかった。香川の場合も長い目で見て育てようというのが1つ」

「もう1つは試合に出たら点を取ってくれるだろうと期待していたが、やっぱり少し合わなかった」

――香川選手がフィットできなかった理由は

「ドイツのブンデスリーガもイングランドのプレミアリーグも激しくて動きが早くてフィジカルが強い。しかし、ドイツの方がまだスペースがある。ドイツ人の方が厳格だからシステムにのって動くスタイル。役目はだいたい決まっている。ドルトムントの香川は少し浮いているシャドー・ストライカー(トップ下)だった」

「ドイツでは意外とスペースがあって、スペースに出て、ボールをもらって出して、またもらってシュートを打つことができた。2シーズンで計29点取ることができた。プレミアの場合、最初から潰しにかかる。軽い選手はどうしてもフィジカルに逃げる」

――イングランドでは草サッカーでもよく足の骨を折っていますよね。それが当たり前のようなところがあります

「香川はワンツーでダイレクトパスするようになって、目立たなくなった。マンUにはファンペルシーとかルーニーとか他にタレントがいろいろいる。自分は点を取る方ではなく、出す方にしか回れなかったというのが2つ目」

「ケガをして休んでまたデビューして、弱いチームの試合には出場して勝つ。香川はハットトリックを取る能力は持っている。ファーガソンの目から見て長期的に2~3年、まだ24歳だから置いておいて、レギューラーを取るかどうかは香川次第だが、良く見てみようというスタイルだったと思う」

「ファーガソンがもし来季もいたとしたら同じように香川を使って、もし爆発的に点を取ればチームの戦力になる。期待はしていたと思う。ただ、ポジション的に香川の場合は難しい。センターフォワードにはファンペルシーがいて、左サイドはどうしても足が速くないといけない」

「香川も足が遅いわけではないが、物足りない。一番、適しているのはシャドー・ストライカーだが、そこにはルーニーがいる。そういう意味で中盤に戻ってミッドフィルダーとしてできるかというと香川は守備ができない、だからプレミアで中盤は無理」

「そうしたらフォワードの4人ということになるが、ウィングとしては物足りない。迫力がない。つなぎの中でスペースに出て、シュートを打つというスタイル、シャドー・ストライカーだ。マンUに移籍した香川は非常にリスクある選択をしたと思う」

「ルーニーの場合は中盤まで戻ってボールを持って出す。ルーニーと香川はポジションが重なっている。ウィングと言ったって両ウィングがいる。香川は今季12番目から15番目の選手だった」

「来季は11番目までに入るかどうかだが、(ルーニーが移籍しても)クリスティアーノ・ロナウドが来たり、ファブリガスが来たりしたら、また同じことになる可能性がある」

――香川選手はどうして守備ができないのでしょうか

「イングランドもドイツも同じで、組織というのがかっちりしている。いろいろなシステムがあるが、ディフェンスというのが絶対的な条件になる。まず点を取られないようにする」

「1960年代の日本リーグの時代はやはりそうだった。メキシコ五輪の銅メダル組もそう。釜本とか杉山とかタレントがいた。それをもとに組み立てていた。フォワードの選手でもディフェンスをしないとものすごく怒られた」

「ドイツ出身のサッカー指導者、クラマーさんの時代、ディフェンスのできないフォワードは意味がないとバッと切られた。メキシコ五輪のときも東京五輪のときも素晴らしい攻撃的な選手はたくさんいたが、全部、ディフェンスができないということでダメになった」

「どうやってディフェンスをするか、日本代表監督になったオフトがやったのもそうだった。当時、北沢豪選手が日本代表になった。オフトが練習中に『お前はホームポジションがわかっていない。攻めているとき、相手にボールを奪われたら、近くにいる選手がタックルに行く。それ以外の選手が戻って来ないといけないポジションがまったくわかっていない』と、ものすごく怒った」

「それを小さなときから意識づけしないといけない。左のバックなら相手のボールになったときにどこに戻ったらいいのか、中盤の選手ならどこに戻れば良いのかが常識としてできないといけない」

――少年サッカーでシステムを教える必要があるのでしょうか

「タクティクだ。サッカーの基本。ボール1個、11対11でやる。タレントのある選手がボールを持ってきたときにどこで抑えるか、それ以上、行かせない。ボールを奪ったときに次に何をするか。それがタクティクだ」

「それを13~14歳までにやらせないといけない。17~18歳になって突然やらせても頭がそうなっていない。ついてこない。香川の場合はドリブルが好きだったからそういうクラブを渡り歩いた。そこの良さは出たけれども、いま(タクティクを)学んでいる最中だと思う。ドルトムントのときは自分の考えでいけた」

「攻防のけじめが重要だ。ディフェンス重視になってしまうと、今度はイタリアみたいに守っているだけじゃないかとなる。勝っても面白くない。攻めるだけのチームはボロボロ負ける」

――香川選手は戻したり横に出したりするパスが多かったような印象を受けますが

「たぶん香川の視野だと思う。ファワードの選手はボールをもらったら、当然すぐにシュートをみる。スペースがあればドリブルをする。ドリブルしたら取られないという前提でドリブルしなければいけない」

「で、もっと賢い選手はまわりを見ていてスペースにいる選手にダイレクトでパスができる。香川はボールをいったん止めてパスをする。ツータッチ目でパスを出せる選手だからまだ通用している。あれがもう一つタッチが多い選手だとプレミアでは通用しない」

「香川の特徴はドリブルだ。割っていける。抜いて次、パスをしてもらって、ハットトリックを取った時がそうだった。そのプレーが果たしてできるかどうか。そうなると、やはりもう少し時間がかかるだろう。プレミアはドイツのサッカーとは違う」

「ドリブルで2人は抜けない。トップリーグでは常識だ。2人を抜ける選手になれるか、それに挑戦して、何回か成功すれば、相手は、あいつは怖いと思うようになる。その時に、ワンタッチでパッと出すとか、次もらうとか、そういう賢いプレーができるかどうかだ」

――ファーガソンはどんな監督ですか

「初めてファーガソン監督と会ったのは1989年、テレビ東京開局25周年記念大会、マンUとエバートンを日本に招待したときだ。日本滞在中一緒に遠征生活を送った。試合の合間に80~100人以上の子供を集めたサッカー・クリニックを行った」

「いろんな指導やサッカー遊びをしたあとで、ファーガソンがゴール前にみんな集まれと子供たちに号令をかけた。今からデモンストレーションをやるからよく見ておけと言って、マーク・ヒューズを呼んだ。クロスボールに対して、ヒューズはものすごいバイスクルシュートを決めた」

「目を輝かせる子供たちに、ファーガソンは『みんなも練習すればすぐできるよ』と語りかけた。後で聞いたら、『子供には素晴らしいプレーを見せなければダメ。トップのプレーを見せなければそのイメージはつかない。いくら言葉でコーチングしてもダメなんだ。要は見せなければいけない』と言っていた」

――日本の体罰コーチと大きな違いがありますね。ファーガソンのスタイルはどのようにして出来上がったのでしょう

「ファーガソンの父親はグラスゴーの造船所で働いていた。ファーガソン自身も造船所で働きながらプレーしていた。監督としてスコットランドのアバディーンに行ってヨーロッパを制した。選手の時から造船所という非常に厳しい職場、環境にあった」

「そういう中で鍛えられていたのでサッカーは勝たなければいけないという自分にこびりついた哲学を持っていた。それと同時にディシプリン、それと同じ方向に選手も行ってくれないといけない。それに合わない選手はすべて排除する」

「チームを作り上げる能力はそういうところから出てきたと思う。そうでないとああいう多彩なタレントをまとめあげて、俺の言う通りやれ、俺の言う通りやれば勝てるというようにはなかなかできない」

――ファーガソンは若手の育成に力を入れました

「最初からファーガソンは育成ということが頭にあった。マンUはアトキンソン前監督時代、だらけたチームだった。リーグの下位に低迷していた。それを立て直すため、1つの理念を、現場の練習、試合の中で揺るぎなく出していた」

「ベテラン選手も必要だが、若い選手もいる。若い選手は3年、5年、10年といられる可能性がある。それがキーになればチームはパターンを持てる、キャラクターを持てる。それをひっきりなしに毎年、あの選手、この選手、と集めてやるというのはファーガソンのスタイルではない」

――カネにあかせて選手を集めたマンチェスター・シティのマンチーニ監督が解任されたのと対照的ですね

「基盤としては自分のチームで育った選手がいて、それにトップの選手を入れて転がしていく。ユースの選手は今まで絶えることなく、ずっとつながって来ている。今もウェルベックとかクレヴァリーはユース育ち。後から獲ってきた選手もいるが、若い選手を自分のチームのカラーに染めて長くやってもらうのがファーガソンのスタイルだ」

――ファーガソンは年を取って、練習はアシスタントコーチ任せだったという声もありますが

「ファーガソンは午前6時50分には練習場にくる。車で最初に来て、最後に帰る。96年ぐらいから日本の高校チームがマンチェスターに来て、いつもマンUのユースと試合をやらしてもらっていた。必ずファーガソンは見に来る。ユースをものすごく大切にしている」

「ファーガソンは必ず練習に入っている。何を見ているのかと尋ねると、そうやっていれば選手の状態がよく分かるという。この選手はフィジカルに疲れているのか、メンタルに疲れているのかわかる。問題があるのか、そういうのが直ぐわかる。ルーニーもメンタルにやる気がないとわかったらバーンと外す」

「ファーガソンの目から見るとルーニーは90分戦えるフィットネス、メンタルの両方が欠けていると思っている。彼は練習を毎日見ている。ルーニーは太る体質の選手だから、今年はキレがない。80分で交代となってくる」

「交代させられると思うとまた、気持ちが落ちてくる。そして、両方がダメになってきたのではと思う。それを克服して出てこないとトップの選手としては使えない。外すといことはもう来年は要らないということだと思う。ルーニーはふらつく選手だから。そんなに賢い選手ではない」

――モイーズ新監督は移籍希望のルーニーを引き止めるでしょうか

「16歳のルーニーをエバートンでデビューさせたのはモイーズだった。ルーニーが自伝でモイーズを中傷して、モイーズがルーニーを訴えた。わだかまりは人間だから持っている。ルーニーと会って解決するかどうか分からない。クリスティアーノ・ロナウドが戻ってくればルーニーは出してしまうだろう」

――ファーガソンがモイーズを選んだ理由は

「ファーガソンは自分の後継者として誰が良いのか、ずっと考えていた。自分のやったことを基盤にしてまた新たに継続してやっていける若い良い監督を探していた。それでモイーズが適任となった。ファーガソンはモイーズをアシスタントコーチとして招こうとしたことがあった。モイーズもファーガソンと同じグラスゴーの出身だから」

――モイーズのスタイルは

「モイーズはディフェンス重視だと思っている。ファーガソンはフォワード出身だが、モイーズはセンターハーフ出身。リスクはなるべく少なくする。細かい所で、こうタックルしなければいけない、こうディフェンスしなければいけない、決め事的なことをやらせる」

「タレントのある選手、ルーニー、ベインズも出たが、エバートンというチームはそれほどタレントを買ってこられないクラブだった。しかし、エバートンのユースはすごい。ものすごく良いシステムだった」

「エバートンはマンUよりもシステマティックなサッカー。それをマンUに当てはめて、あまり厳格にシステムにとらわれてやると、柔軟性とか発展性が出てこない。特に世界的な選手を集めたチームはエゴもあるし、自分に自信がある。監督と選手がクラッシュすることもある」

「マンUでは自由度というのも認めなければいけない。その辺の試しが来季の初めにあって、うまく行くと良いが、そうでないと大変かもしれない。チームが最高のときに引き継いだのは楽だ。モイーズは自分の考え方を出す。たぶんファーガソンと似ているところもある」

――さて、来季の香川選手の出番は

「今年並みプラスだと思う。スコールズは引退する、ギグスはたぶん3試合に1試合しか使えない。中盤がいない。中盤を埋めるためにどういう布陣を組むか、というところで香川が浮上してくる可能性がある。チャンピオンズリーグとか試合が混んでいるから、1週間に3試合とか、選手の空きができたときに香川は埋められるだけの能力は持っている」

「香川がフィジカルな強さを相手に見せつけられれば、もっと良くなる。ウィガンの10番ショーン・マロニーは小さいけど強い。マンCのシルバ、アーセナルのカゾーラー、チェルシーのマターとか小さいけれど働いているのがいっぱいいる。小さいけれど体負けしない」

「それに香川が積極的に挑戦しなければいけない。今は香川が出てきても誰もマークしない。そんなに怖くない。どうせパスするだろう。それに対して、相手に脅威感を与える強引なドリブルとか、そこからシュートするとか、今季も何回か見せているが、そういうものを見せつけると、マークが来る、マークが来ると楽になる。マークされていないと、どんどんフィジカルに来られる。ケガも出てくる」

――僕はロンドンに6年いますが、ファーガソンのグラスゴー訛りの英語がいまだにわかりません。モイーズもグラスゴー出身ですが

「まず、監督の言っていることを理解して、自分の考えを伝えられるようにならなければいけない」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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