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橋下市長の暴言を止めるには、もうリコールしかない

木村正人在英国際ジャーナリスト

従軍慰安婦をめぐる発言で米当局からも激しく非難された橋下徹・大阪市長がTwitterで「日本が戦争当時、慰安婦を利用していたことは悪い。ただ、日本だけが性奴隷を利用していたと言うアメリカ政府の批判はおかしい。そしたら今回、僕の発言に対するコメントの中でアメリカ政府は性奴隷と言う言葉を使うことを止めたようだ。アメリカは相手の異議に合理性があれば受け入れる民主国家だ」と主張している。

橋下市長が本気で米国に異議が通ったと思っているとしたら、もうリコールするしかない。正常な判断力を失っているというより、常軌を逸した言動だ。こんな人物が海外の要人と会うたびにとんでもない発言を繰り返すとしたら、大阪の恥で済まなくなる。国家に危機をもたらす。

僕はロンドン在住の大阪出身者で、北野高校ラグビー部出身の橋下市長の大阪改革に期待していたが、国政進出にカジを切り、石原慎太郎・前東京都知事と合流した頃から完全に方向性を見失った。いったい全体、従軍慰安婦問題が大阪市政、府政、夏の参院選に向けた政治的な文脈とどう関係しているのか。見境のない発言を止めるには有権者の意思で市長の座から引きずり下ろすしかない。

韓国や米国に対する礼儀もわきまえず、日本国民を愚弄している。橋下市長の考えが日本国民の多数意見ととられるのは迷惑千万だ。橋下市長と同じ考えと思われたくなかったら、すぐにリコールという行動を起こすしかない。

先の衆院選で、橋下市長が共同代表を務める日本維新の会は小選挙区で計約694万票、比例代表で約1226万票を集めた。2011年の大阪市長選で橋下市長は約75万票、日本維新の会幹事長の松井一郎・大阪府知事は約200万票を獲得している。橋下市長の発言はこうした有権者の気持ちを代弁したものなのか。それほど日本の有権者は右傾化しているのか。

市長の解職については、有権者の3分の1以上の署名を集めて選挙管理委員会に請求、請求が有効であれば60日以内に住民投票が行われる。有効投票総数の過半数が賛成すれば、市長は失職する。

安倍晋三首相は15日の参院予算委員会で、橋下市長の発言について「慰安婦の筆舌に尽くしがたい、つらい思いに心から同情している。安倍内閣、自民党の立場とは全く違う発言だ」と述べた。

自社さ政権時の「与党戦後50年問題プロジェクト」で事務局を担当した自民党の田村重信・政務調査会調査役が的確に歴史問題と、政治家と評論家・学者・マスコミの違いについて指摘している。田村さんとは10年来の友人である。これは田村さんの講演やブログからの抜粋である。

「世界の中で日本一国だけではもはや生きていけないわけです。特にこれからはアジア・太平洋諸国との一層の連携と協力が必要になってくるということだと思います。特にアジア地域では、過去の一時期、相互に不幸な歴史を持っております。そして、今なお癒しがたい傷痕を残しているのが、現状であると思います。そこで、この50年の節目を機会に、これらの痛みを克服する努力をしてこそ、相互理解と信頼に基づいた国家間の関係がさらに強固に、より良い姿で築けるのではないかと思うわけでございます」

田村さんは戦後50年の節目に発表された「村山談話」の背景をこう説明している。

「政治の現実というのは動いているわけですし、日本は世界の中でそれぞれの国との関わりも持って生きていくわけですから、政治の責任としてできる範囲でのことは、きちんと明確にするところはしていく努力をするのが、政治家の役目なのです」

「現実の政治とは、こういうものなのです。相互に自己の正当性や利益だけを主張するだけでは国際関係はうまくいかないのです。評論家や学者は、自己の思想の正当性だけ述べて、その結果が悲惨であっても、責任は取りません。しかし、政治家はその結果に対して責任を持たなければならないのです。それが、政治家と評論家・学者・マスコミとの大きな違いなのです」

さすが、田村さんだ。自民党の真髄をずばり言い表している。戦後、日本が高度経済成長を遂げたのは、政治が背骨を持ち、官僚、経済がうまくかみ合ってきたからだ。政治家の安倍首相は村山談話を踏襲する。そして、日本は力強く復活する。

それに対して、橋下市長は自分が巻き起こした結果の責任をどう取るつもりなのか。政治家は、評論家・学者・マスコミと違って吐いた言葉をのみ込めない。日本維新の会が橋下市長の首に鈴をつけないのなら、大阪の有権者がリコールするしかない。公の場で、しかも国際社会に向かってスピーチする訓練を受けていない政治家が思いつきで発言することがどれだけ危険か、国益を害するか。

インターネットの言論空間では、人を嫌悪し、愚弄し、侮蔑し、攻撃する言葉が飛び交っている。悪質なケースについては刑法を適用して取り締まるべきだと思う。海外では逮捕されるような悪質な事例がインターネット上に氾濫している。ついに、街頭のヘイト・デモは「韓国人を殺せ」と連呼し始めた。日本ではこんなことがいつまで放置されるのか。

僕が暮らすロンドンは移民社会だ。もし街頭で「日本人を殺せ」と極右グループが連呼し始めたらと想像するだけでゾッとする。でも、みんな団結して極右グループを排除してくれるだろう。キャメロン英首相もボリス・ジョンソン・ロンドン市長もきっと黙っていない。そんな信頼感がある。

心のダーク・サイドに働きかけるのは極めて危険な行為だ。人間がいったんダーク・サイドの淵に落ち込めばどうなるか。ナチスのユダヤ人大虐殺をみればわかるだろう。

「慰安婦制度は軍の規律を維持するためには必要だった」という橋下市長の発言は人間の尊厳を軽視する最近の社会風潮と果たして無縁なのだろうか。橋下市長がこのまま大阪市長や日本維新の会共同代表を続けられるとは、僕には思えない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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