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表現の自由とヘイトスピーチ(憎悪と愛国・番外編)

木村正人在英国際ジャーナリスト

「殺せ」の連呼は許されるか

東京・新大久保や大阪・鶴橋で「朝鮮人を殺せ」などと連呼するヘイト(憎悪)デモを念頭に、安倍晋三首相は5月7日の参院予算委員会で、「一部の国、民族を排除する言動があるのは極めて残念なことだ。日本人は和を重んじ、排他的な国民ではなかったはず。どんなときも礼儀正しく、寛容で謙虚でなければならないと考えるのが日本人だ」と答弁した。

公衆の面前で一定の民族に対して「殺せ」と連呼する「言論の自由」が日本国憲法で保障されているとは僕には思えない。

「在日特権や外国人の登録に関する問題などの法律を改正せず参政権だけを与えるのは日本人にとって不利益しか生じない」という「在日特権を許さない市民の会」(在特会)のメンバーとしか思えない声を掲載した新聞もある。

安田浩一さん著の『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』を一読すると、信じられないような侮蔑の言葉が並んでいる。「これまでねえ、日本人をナメるな、朝鮮人は出て行けと言える団体はなかったんですよ」「弱者のふりをした在日朝鮮人が数々の特権を享受し、日本人を苦しめている」

北朝鮮の核・ミサイル、従軍慰安婦問題で反北朝鮮・韓国感情がいくら悪化しているとはいえ、わが国の一部世論は驚くほど差別的になっている。

しかし、こうした差別感情はもともと日本人の感情の奥底に横たわっていたものだ。グローバル経済がもたらした極端なまでの社会格差、20年間続いた低成長、世界金融危機によってオリが一気に噴き出している。

僕は小学生の頃、同級生の家族が経営する焼肉店で酔っ払いの男が同級生の祖母に向かって、「ここは日本なんじゃ。お前ら朝鮮人は朝鮮に帰らんかい」と罵倒した光景を忘れられない。同級生の祖母はじっと下を向いて、何も言わなかった。

在日韓国・朝鮮人の家族は戦後、ずっとこんな思いを強いられてきたに違いない。僕自身、小学校の担任教師が父親に「あなたの息子は朝鮮人の子と遊んでいる」と告げたため、怒り狂った父親に血まみれになるまで殴り続けられた経験がある。その友だちとはしばらくして疎遠になった。

教室で「人間教育」を教える小学校教師にして、それが実態だった。「在日差別」はあっても「在日特権」などという主張がいったい、どこから出てきたのか、1960年代前半に大阪市西成区で生まれた僕にはいまだに理解できない。

中学校の卒業式、「俺たち朝鮮人はいくら勉強しても就職なんかないんや」と悪態をついていた不良少年が本名で堂々と校長先生から卒業証書を受け取った。

拍手が講堂に響き渡った。非行に体当たりで取り組んできた先生たちの強力なバックアップがあったからだろう。学校は荒れていたが、教師と生徒、地域にはまだ連帯感があった。差別は少しずつだが、解消されてきているとずっと信じてきた。しかし、心のオリは消えていなかったのだ。

極右の潮流

欧州は第二次大戦でナチスによるユダヤ人虐殺を経験した。旧ユーゴ内戦では、それまで隣同士に住んでいたセルビア人(セルビア正教徒)、クロアチア人(キリスト教徒)、ボスニア人(イスラム教徒)が血みどろの殺し合いを繰り広げた。

イスラム教徒8千人がセルビア人勢力に殺されたボスニア・ヘルツェゴビナ東部スレブレニツァを惨劇から15年後に訪れたとき、まだ血の匂いが立ち込めているような妖気に背筋が凍りついた。

民族を差別する恐ろしさは身にしみているはずの欧州でも極右が恐ろしい勢いで増殖している。日本の「在特会」の比ではない人種迫害の言葉や暴力が欧州を覆い始めている。

英民放チャンネル4ニュースの「新しい欧州」というシリーズでは、ギリシャの極右政党「黄金の夜明け」の支持者が「色のついた移民は俺たちの水や空気、食べ物まで横取りしやがる。あいつらを丸焼きにして石鹸にするオーブンを用意しろ。移民で作った石鹸を使うと肌が荒れる。車か道路を洗うぐらいしか使い途がない」と吐き捨てるシーンを放映した。

欧州債務危機による財政緊縮策でギリシャの経済規模は25%弱も縮小、失業率は27%に達し、自殺率も上昇している。「俺たちの国なのに、どうしてお前らの面倒まで見なくてはならないのか」というギリシャ社会の不満が移民にはけ口を求めている。

アジア系マジャール人が流れ込んだハンガリーは言語や文化の違いから欧州の「陸の孤島」と言われている。いつの間にか、ロマやユダヤ人迫害を公然と叫ぶ極右政党ヨッビクが議会第3勢力を占めるようになった。ヨビックの支持者は軍服に身を包んで街中を行進、ナチス式の敬礼をして恍惚感に浸っている。

ヘイトクライム

「表現の自由」を重んじる英国は、暴力やテロを伴わないイスラム原理主義勢力が集会を開くのに比較的寛容で、米国の治安当局から「イスラム過激派の温床」と非難されてきた。

イスラム過激派に対抗するようにイスラム系移民排斥を叫ぶ極右過激団体・イングランド防衛同盟(EDL)が勢力を拡大している。極右政党・英国民党(BNP)のニック・グリフィン党首は先日、ロンドンで起きた英軍兵士惨殺事件に関し、「犯人のイスラム過激派にブタの皮をかぶせて、銃撃すべきだ」とツイートした。

多文化主義を掲げてきた英国にも「ヘイト」が充満している。イスラム過激派だけでなく極右もインターネット空間を通じて、若者を洗脳し、メンバーをリクルートしようとしている。

キャメロン英政権のジェームズ・ブロークンシャー犯罪・安全保障担当政務次官にインターネット上の取り締りについて尋ねたことがある。

ブロークンシャー次官はテロ対策インターネット・ユニット(CTIRU)に言及し、「言論の自由はもちろん大切だが、刑法や検察の見解を照らし合わせてソーシャルメディアを含めて監視しています」と説明した。これまでに過激な約2千のサイトを閉鎖したという。

英国では人種や民族、宗教、障害などに起因するヘイトクライムとして(1)肉体への危害(2)ののしりや罵倒(3)つば吐きや侮辱的な仕草(4)脅かし、脅迫、苦痛を与えたりするなどの行為(5)学校や職場でのいじめ(6)放火(7)盗難や器物損壊(8)隣人とのもめごとを対象に取り締まりを進めている。

インターネット上でもCTIRUが(1)人種・宗教的暴力を呼びかけるスピーチやエッセイ(2)加害者を称えるメッセージ付き暴力ビデオ(3)テロや暴力過激主義を呼びかけるチャット会議(4)宗教や民族への嫌悪をあおるメッセージ(5)爆弾製造の指示書について監視の目を光らせ、違反があれば即座に閉鎖している。

ヘイトスピーチの取り締まり

日本の警察は、朝鮮学校や教職員組合に対して街宣活動を行った在特会メンバーを威力業務妨害容疑で逮捕するなど、違法行為を確認した時点で在特会メンバーを摘発している。

治安維持を職務とする警察は、在特会をこのまま放置すると大変なことになるという危機意識を持っているのだろう。しかし、「殺せ」などのヘイトスピーチに対しては手をこまぬいている。

今年2月、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでピレイ国連人権高等弁務官がヘイトスピーチについて講演した。

ピレイ氏は「表現の自由は人間の尊厳にとって極めて重要である」と指摘する一方で、ルワンダ大虐殺でラジオや新聞が明確な言葉で大虐殺を呼びかけた最悪のケースを例に挙げた。

批判を封じ込めたり、少数者を黙らせたりするため、表現の自由は権力者によって制限されることが歴史上たびたびあった。このため、表現の自由を絶対不可侵とする考え方もある。

しかし、大虐殺、拷問、奴隷、人道に対する犯罪に関して表現の自由は絶対ではないとピレイ氏は説く。

ホロコースト(ナチスによるユダヤ人大虐殺)の否定などを禁じる国がある一方で、実際にスピーチが暴力を引き起こす恐れがない限り、表現の自由が保障されている国もある。

ピレイ氏は2011年の国連人権理事会決議が、ネガティブな決め付け、差別、暴力の扇動、宗教や信条に基づく暴力との戦いに言及、宗教、信条に基づく急迫な暴力の扇動を犯罪とすることを熟慮するよう求めていると指摘。12年の行動計画で完全とは言えないまでも、表現の自由とヘイトスピーチ取り締まりのバランスを取る道筋を示せたと胸を張った。

表現の自由

表現の自由が認められているのは、言論を戦わせれば常に優れた考え方が勝ち残るという強い信念があるからだ。日本でヘイトスピーチを取り締まることができないとするなら、そこには表現の自由への強い信念がなければならない。

アパレル大手「ユニクロ」を運営するファーストリテイリングの柳井正会長が「仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」と発言したとき、どうして誰もユニクロの低価格を支えるバングラデシュ縫製工場の残酷物語を語らないのか。

グローバル競争のため「生活賃金」を下回る報酬で労働者を働かせることがどれだけ社会不満を高めることになるかをどうして真剣に議論しないのか、と考えこまざるを得ない。

日本版の国家安全保障会議(NSC)を議論する前に、東京や大阪で繰り返されるヘイトデモをどうして取り締まらないのか。国内対立のリスクを抱えたまま足元の安全保障は成り立つのだろうか。英国ではイスラム過激派のテロをイスラム系移民が「私たちの社会への攻撃」と非難する。日本では戦後68年がたち、在日の人々が日本を「私たちの社会」と受け入れることができる環境は醸成されているのだろうか。

そういうことを考えるために表現の自由はある。その自由が最も活発に機能すべき場は「言論の府」の国会である。

これからグローバル経済は先進国と新興・途上国の格差を収斂させていく。国家間の違いよりも国内の貧富の格差が顕著に現れる時代がやってくる。経済成長を取り戻し、社会保障制度を再構築できなければ、社会から疎外された下流階層が世界各地で憎悪や怨嗟を爆発させる危険性が膨らんでくる。

これは何も日本に限った現象ではないのだ。欧州ではより顕著に憎悪や怨嗟が「祖国防衛」や「愛国」の名を借りた排外主義に変貌し始めている。ファシズムも共産主義体制下の抑圧も人間の心を映しだしたものだ。どれだけ社会が憎悪と怨嗟に耐えきれるか、人間の寛容と弾力性が試されようとしている。

憎悪と愛国(1)スウェーデンの変貌

憎悪と愛国(2)殺戮のマニフェスト

憎悪と愛国(3)新憲法制定

憎悪と愛国(4)拡散する極右

憎悪と愛国(5)英兵士惨殺の波紋

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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