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米中首脳会談 日本は敗者になるのか

木村正人在英国際ジャーナリスト

「新しい大国関係」

米西部カリフォルニア州で7~8日開かれる米中首脳会談について、米共和党のブッシュ(息子)政権下で商務次官(貿易担当)を務めたフランク・ラビン氏が6日、英議会での講演後、筆者の取材に応じ、「良好な米中関係の始まりとまでは言えないが、オバマ米大統領と中国の習近平国家主席は個人的な関係を築くだろう。非常に良いサインだ」と述べた。

ラビン氏は現在、中国でオンライン・ビジネスを展開する企業を支援している中国ビジネス推進派だ。「日本の海上自衛隊は非常に強力だ。日米同盟は(中国が武力を使った拡張主義に走るのを防ぐ)ヘッジだ」と述べ、オバマ政権にアジア政策を提言する民主党系知日派の重鎮、ハーバード大学ケネディスクールのジョセフ・ナイ教授と同じ見方を示した。

米中首脳会談では、北朝鮮の核・ミサイル問題に加え、中国人民解放軍が関与しているとみられる米政府・企業へのサイバー攻撃が焦点になる。米中戦争の導火線になりかねない沖縄県・尖閣諸島の問題も協議されるとみられているが、オバマ大統領と習主席の信頼関係の醸成に重点が置かれる。

首脳会談に先立ち、習主席は対等な「新しい大国関係」の構築を呼びかけた。オバマ大統領が就任当初、中国に呼びかけた「G2」を、逆に中国の新指導者がそっくりそのまま投げ返してみせた。G2は、世界金融危機や気候変動など多国間協議が必要な国際問題について、米国と中国が話し合って主導権を発揮しようというオバマ大統領の対中政策だった。

しかし、2009年12月、デンマーク・コペンハーゲンで開かれた第15回気候変動枠組条約締約国会議(COP15)で、中国が産業革命以来の「先進国の責任」論を主張して交渉は事実上、決裂。満を持してコペンハーゲンに乗り込んだオバマ大統領は中国の温家宝首相ではなく、代わりに交渉に臨んだ二線級の官僚にやり込められるという屈辱を味わわされた。

COP15を境にG2は立ち消えとなり、中国は南シナ海や東シナ海の領有権をめぐって強引に振る舞い始めた。このため、オーストラリア北部やフィリピンに米海兵隊を展開するなど、オバマ政権は「アジアへのピボット(回帰)」「アジアへのリバランス(再配置)」に対中政策を転換させた。

権力移行期はナショナリズムが高揚する国内世論に配慮して、習主席は胡錦濤時代からの強硬姿勢を崩さなかった。しかし、北朝鮮の金正恩第1書記が「瀬戸際政策」をエスカレートさせたことを受け、米軍は核爆弾投下可能な戦略爆撃機B52、ステルス爆撃機B2、最先端ステルス戦闘機F22を韓国に展開した。

「米中協力」を演出

中国はのど元に米国の「核抑止力」を突き付けられる格好になり、習主席は北朝鮮に対し、金融制裁を実施。北朝鮮は6日、南北対話を提案し、韓国政府はこれを受け入れた。1年9カ月ぶりに南北対話が実現する見通しとなった。

これに先立ち、中国人民解放軍の戚建国副総参謀長はシンガポールでのアジア安全保障会議で、「尖閣問題を棚上げしようと言ったトウ小平は賢明だったのだろう」と述べた。トウ氏は「韜光養晦(とうこうようかい=時が来るまで、力を蓄えること)」と呼ばれる外交政策を掲げ、1978年に尖閣問題を「次の世代が解決できるようになるまで棚上げしよう」と発言したことで知られる。

安倍晋三首相の「侵略の定義」発言や日本維新の会共同代表の橋下徹・大阪市長による「従軍慰安婦」発言で、無用の混乱を広げた日本に比べ、中国は米中首脳会談に向けて、「米中対決」ではなく「米中協力」ムードを一丸となって演出してきた。

ロンドンでも清華大学当代国際関係研究院のYan Xuetong院長が「中国は武力を頼まず、通商によって物流ルートを確保する」と説明、中国人民大学のWu Zhengyu博士も「中国が軍事力で米国に張り合おうなんて馬鹿げた考えだ」と講演するなど、協調姿勢をアピールしてきた。

コンゲイジメント

オバマ政権の対中政策は、軍事的封じ込め(containment)と政治・経済の関与政策(engagement)を組み合わせた「コンゲイジメント(congagement)」と呼ばれる。しかし、中国の経済成長が続けば、軍備増強が可能になり、いずれは日米同盟の空海軍力をもってしても軍事的封じ込めが不可能になるという矛盾をはらんでいる。

米誌フォーブスのスティーブン・ハーナー氏は、少子高齢化が急激に進み、社会保障の負担が膨らむ日本の国力は急速に衰えると指摘。「新たな米中関係において日本が脇役に追いやられるのは避けられない」と述べ、米中首脳会談で日本は敗者になるだろうと予測した。

国際通貨基金(IMF)や経済協力開発機構(OECD)は、オバマ大統領の最終年の2016年までに、中国の経済規模は米国のそれを上回る可能性が強いと予測している。米国が唯一の超大国として振る舞えた時代は確実に終わりに近づいているのだ。

「米国の衰退」について、前出のナイ教授は、世界の国内総生産(GDP)に占める米国の割合を挙げ、「第二次大戦前は25%未満だった。大戦後、35%にまで上昇したが、25%未満に戻ったに過ぎない」と強弁した。しかし、米国経済が現在のレベルを維持できるという保証はどこにもない。

米シンクタンク、国際平和カーネギー基金の報告書「2030年、中国の軍事力と日米同盟」によると、15~20年後には、日米同盟の中国に対する空海軍力の優位はわずかか、それとも軍事バランスは不確実になっているかだろうと分析している。報告書は「現状維持は難しい」と結論づけた。

エアシーバトルは機能せず

米国防総省が中国封じ込めのため検討する「エアシーバトル(空海軍一体運用)」構想について、オーストラリア国立大学のヒュー・ホワイト教授(元同国首相上級補佐官)は「米国はアジアの制海権(海上支配)を失いつつある。日中が衝突する尖閣諸島の問題はその表れだ」と指摘する。

米国の仮想敵国(中国、イラン)が米空海軍の戦力投射能力を封殺するのを防ぎ、米空海軍の作戦能力を維持するのがエアシーバトル構想だ。冷戦期、米国は「エアランドバトル(空陸軍一体運用)」構想に基づいて北大西洋条約機構(NATO)の同盟国とともにソ連と対峙した。

エアシーバトル構想は当初、アジア・太平洋の同盟国と米国が中国の脅威に対抗する枠組みの基礎になると考えられていたが、アジア・太平洋諸国の足並みはそろわなかった。

ホワイト教授は「エアシーバトルは不毛だ」と切り捨てる。米国が中国の接近阻止・領域拒否能力を無力化して、アジア・西太平洋の制海権を維持するのには莫大なカネがかかる。

国防予算の大幅削減を強いられる米国にその余力があるのかとホワイト教授はいぶかる。さらに、米国がエアシーバトル構想を実行すれば、米中両国が軍事的に衝突するリスクが増えると指摘する。

ツキジデスの罠

元米国防次官補、ハーバード・ケネディスクール・ベルファーセンターのグレアム・アリソン所長によると、16世紀以降、世界のパワー・バランスが急激に変化し、覇権が争われた例は15回あるが、11回のケースで戦争に突入した。

古代ギリシャの歴史家ツキジデスは、新興国アテネと老大国スパルタのペロポネソス戦争を考察し、新興国家が勃興すると覇権国家との間で戦争が起きると指摘した。これを「ツキジデスの罠」と呼ぶ。アリソン所長は、米中両国はこの罠にはまりつつあると警鐘を鳴らしている。

アリソン所長がシンガポール建国の父、リー・クアンユーに米中関係について尋ねたところ、「中国の指導者はアジアと世界でナンバーワンになることを真剣に考えている」と答え、「欧米が築いた国際秩序に中国が従うことは絶対にあり得ない。中国は欧米の名誉会員に甘んじるつもりは毛頭ない。21世紀は米国と中国が太平洋における優位を争う時代になる」と予測した。

富国強兵

習主席が「新しい大国関係」を打ち出したのは、トウ小平の「韜光養晦」に戻っただけのことだ。中国が経済成長を続ければ、シーレーン(海上輸送路)を守るため空海軍力を増強するのは歴史上の必然だ。中国は15~20年後に、空海軍力で日米同盟に対抗できるようになるまで時間を稼いでいる。そのころには、尖閣は自然と中国の手中に落ちると考えているのだろう。

日米同盟を立て直し、環太平洋連携協定(TPP)交渉参加を表明した安倍首相の最優先課題は、夏の参院選で勝利して政権基盤を強固にすることだ。日中関係も参院選後に好転するとの見方が出ている。安倍首相はアベノミクス第3の矢である成長戦略を実行するとともに、少子化に歯止めをかけて、日本を力強く復活させなければならない。

明治時代、列強に対抗した「富国強兵」を例に引くまでもなく、豊かにならなければ国の守りはおぼつかないし、自国を防衛できなければ中国にも対抗できない。日本もトウ小平の「韜光養晦」という言葉をかみしめて、国力を養うときだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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