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「平均寿命100歳」時代がやってくる

木村正人在英国際ジャーナリスト

世界の110歳以上は59人

世界最高齢の木村次郎右衛門(きむら・じろうえもん)さんが12日、老衰のため病院で亡くなった。享年116歳と54日。確かな記録が残る男性としては史上最長寿だった。

木村さんには7人の子どもと14人の孫、25人のひ孫、13人の玄孫(やしゃご)がいる。116歳の誕生日を迎えた4月19日には安倍晋三首相のビデオメッセージが届けられた。

「食細くして命永かれ」「苦にするな嵐のあとに日和あり」が木村さんのモットーだった。

米国の老年学研究団体「GRG」のホームページによると、110歳以上は世界で59人。木村さんの死去で、115歳の日本女性、大川ミサヲさんが世界最高齢となった。ベスト10はいずれも女性である。

◇世界の高齢者ランキング

1位 大川ミサヲさん 115歳と99日 東洋人

2位 米国人女性   114歳と20日 黒人

3位 米国人女性   113歳と341日 黒人

4位 米国人女性   113歳と323日 白人

5位 メキシコ人女性 113歳と303日 ヒスパニック

6位 米国人女性   113歳と286日 黒人

7位 日本人女性   113歳と267日 東洋人

8位 イタリア人女性 113歳と195日 白人

9位 英国人女性   113歳と187日 白人

10位 日本人女性   113歳と101日 東洋人

(GRGホームページより)

過去最高齢は122歳(1997年死去)。これまでの研究では1840年以降、平均寿命は毎年3カ月のペースでのび続けている。200年前に比べて平均寿命は約2倍。今後50年のうちに100歳まで生きるのが当たり前の時代がやってくるといわれている。

世界保健機関(WHO)によると世界の平均寿命は2011年時点で70歳(1990年時点では64歳)。日本は83歳(同79歳)で世界一だ。

厚生労働省の統計では日本の100歳以上は1970年には310人、90年には3298人、2010年には4万4449人、30年には27万3千人、50年には68万3千人と予測されている。

100歳以上高齢者数の予測(黒坂さん提供)
100歳以上高齢者数の予測(黒坂さん提供)

ソーシャル・ジェロントロジー

アイルランドのダブリン大学トリニティ・カレッジ社会政策エイジング研究センターで博士号取得を目指している豊橋技術科学大学名誉教授の大呂(おおろ)義雄さん(80)にスカイプを使って連絡してみた。

大呂さんは「ソーシャル・ジェロントロジー(社会老年学)」を学んでいる。

ヒトの老化に関する生物学・医学・社会科学・心理学などを研究する学問は「ジェロントロジー(gerontology、老年学)」と呼ばれる。しかし、総合的にとらえる「ソーシャル・ジェロントロジー」は日本ではまだ、なじみが薄い。

日本では認知症など老人医学の分野はかなり進んでいる。だが、「縦割り行政」の弊害と同じで、高齢者に関する学問は、自殺、介護、転倒、生涯スポーツ、生涯学習など別々に扱われている。

大呂さんは「ちょうど今日、博士論文を指導教官に出し終わったところなんです」と声を弾ませた。研究テーマはスポーツと幸せな老後だ。

博士号を取得した後、大呂さんは日本に戻って、国立の社会老年学センターと、定年後世代を対象にした「第3世代大学」の設置を政治家に呼びかけたいと力を込めた。

「日本は高度高齢化社会で、多くの問題を抱えているのに、ただ介護医療にだけ目が向けられているのは残念です。平均して定年後20年以上も人生が残っているのに、多くの高齢者がその貴重な時間を無為に過ごしている」と大呂さん。

「与」命 100歳までいきいき生きる

「日本は現在100歳以上が5万人、そのうち9割が寝たきりです。2050年に100歳以上が予想通り60万人を超え、寝たきり比率が今より減少して7割程度になったとしても、少しぐらいの増税では財政は追いつきません」

『「与」命 団塊世代よ、あなたの晩年は40年間ある』(小学館)をプロデュースした黒坂勉さんはこう語る。同著では、雑誌「いきいき」創刊編集長、片寄斗史子(かたよせ・としこ)さんが財団法人・聖路加国際病院理事長・名誉院長の日野原重明さん(102)からインタビューしている。

元気に回診する日野原理事長(黒坂さん提供)
元気に回診する日野原理事長(黒坂さん提供)

黒坂さんと片寄さんは団塊の世代。「100歳までいきいき生きる」ことを意識して、日本の医療を治療から予防へ転換し、80代まで働ける社会をつくるのが出版の狙いだという。

生涯現役の日野原理事長は同著で、与命には「与えられた命に感謝する」というメッセージとともに3つの意味を込めたと説明する。

1つは、命とは与えられたもの、限りある時間であること。

2つには、命の器である体を守ることは、めいめいの義務だということ。

3つ目は、その命を今、誰もが生きているという現実。誰かのため、社会の未来につながるような生き方をしてほしいという願いだ。

日野原理事長は1970年、58歳のとき「よど号ハイジャック事件」に乗客として遭遇。韓国の金浦空港に着陸した機内で人質として3泊4日。差し出された本の中からドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を借りて読んだ。

「一度は失った命、お返しする生き方の中に、新しいことに挑戦することを取り入れようと思ったのです」

日野原理事長は昨年10月、101歳の誕生日にこう書いた。

杖をつくとか

車椅子に乗っているとか

腰を曲げてよぼよぼ歩いているとか

といった見かけの姿から

老人を弱者だと差別しない社会が実現すれば、

それは素晴らしいことです。

そのような社会を皆でつくりたい。

(『「与」命』から)

高齢化の経済効果

英ニューカッスル大学のトム・カークウッド教授がニューカッスル地方の85歳以上の高齢者を調査したところ、80%はケアをほとんど必要としていなかった。しかし、残り20%は日常生活で介護や24時間ケアを必要としていた。

カークウッド教授は英メディアに「人間にはダメージを回復し、健康を維持する機能が備わっており、平均寿命に天井はない」と平均寿命が伸び続ける理由を説明している。ストレスの要因を減らし、適度な食事、規則正しい生活習慣を取り入れることが長生きの秘訣だ。

日野原理事長も30歳と同じ体重を維持するための減食と1日5千歩以上歩くことを実践している。

京都大学・山中伸弥教授のiPS細胞研究で、細胞が若返る可能性まで出てきた。カークウッド教授は「高齢者が増えることは経済に良い効果をもたらす」として、米国では1970年以降、寿命が延びたことで73兆ドル(約7千兆円)の経済効果があったと指摘している。

長寿は日本にとって本当の福音なのかもしれない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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