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オバマ大統領「戦略核1千発」の狙いは

木村正人在英国際ジャーナリスト

核なき世界パート2

主要8カ国(G8)首脳会議でシリア内戦をめぐりロシアのプーチン大統領と激しく対立したオバマ米大統領が19日、ベルリン・ブランデンブルク門での演説で、ロシアの同意があれば、戦略核(長距離)をさらに削減する計画を表明した。

「私は冷戦の枠組みを克服してロシアとともに核軍縮を模索するつもりだ」。オバマ大統領はこの日の暑さに上着を脱ぎ捨て、ベルリン市民に核軍縮や地球温暖化対策を語りかけた。

約50年前、同じ場所でケネディ米大統領がソ連によるベルリンの壁構築に抗議して「自由を求める者は皆、ベルリン市民である。私も1人のベルリン市民である」と演説した。1987年にはレーガン米大統領が「ミスター・ゴルバチョフ、この壁を壊しなさい」と呼びかけた。

オバマ大統領によると、新たな削減案は、ロシアとの新戦略兵器削減条約(新START)で1550発まで減らすことになっている配備済みの戦略核を1千発余まで減らすという内容だ。

オバマ大統領は1期目の2009年4月、チェコ・プラハで演説し、「核保有国として、核兵器を使用したことがあるただ一つの核保有国として、米国は行動する道義的な責任を持っている。米国が核兵器のない平和で安全な世界を追求する」と約束した。

このプラハ演説の前に、オバマ大統領とロシアのメドベージェフ大統領(当時)は新STARTを締結する交渉を始めると発表するなど、核軍縮に向け合意していた。しかし、今回、G8で会談したオバマ大統領とプーチン大統領の相性は最悪。プーチン大統領はオバマ大統領のベルリン演説を「ロシアの核抑止力システムのバランスを損なうようなことは許容できない」と一蹴してしまった。

1千発は中国にらみ

米国の核戦略に詳しい関係者は「米国は自国の核抑止力、同盟国への拡大抑止力を損なわない形で、どこまで核軍縮を進めることができるか計算していた。戦略核の数はおそらく1千発を切っていたが、3桁に落とすと中国が追いつけると勘違いしかねないことを恐れたのだろう」と指摘する。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の「イヤーブック2013」によると、戦略核と戦術核(短距離)を合わせた核弾頭数は米国が7700発、ロシアが8500発。米ロ両国が核軍縮に取り組む中、中国、インド、パキスタンの核弾頭数は逆に増えている。

中国、インド、パキスタンの核弾頭数は10年時点で、それぞれ240発、60~80発、70~90発だったが、13年では250発、90~110発、100~120発。アジアでは北朝鮮が8発以上の核弾頭を保有しているとみられるなど、核の緊張が高まっている。

中国の戦略核、戦術核の内訳は明らかではない。オバマ大統領の核軍縮計画に詳しい米シンクタンク、ブルッキングス研究所のスティーブン・パイファー氏は「米ロが戦略核を削減しても、中国との戦略核の格差は依然として大きい」との見方を示した。

しかし、米国が戦略核を3桁まで落とした場合、これまで核軍拡をしてこなかった中国が変な気を起こして、戦略核を増強しないとも限らない。前出の関係者は「1千発という数字には心理的な抑止効果がある」と指摘する。

新たな核軍縮は実現可能か

果たして、新たな核軍縮は実現可能なのか。

米国の核軍縮政策に詳しい英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック氏は「この数カ月、米国は新たな核軍縮について熱心にロシアに働きかけてきた。しかし、ロシアからのシグナルは複雑だった」と解説する。

米国はロシアの反発を受け、東欧に迎撃ミサイルSM-3を配備するミサイル防衛(MD)のフェーズ4計画を中止した。しかし、ロシアは、米国のMDがロシアを対象にしたものではないという法的保証を求める態度を変えていない。

オバマ大統領が、米上院の3分の2以上の賛成を要する条約の批准手続きを避ける選択肢として、新STRATの数字だけを書き換える方法がある。ブッシュ米大統領(父)と同様に、米国が一方的に核軍縮を宣言、米ロが相互信頼に基づき核軍縮を進める道筋も残されている。

フィッツパトリック氏は「仮にプーチン大統領が理解を示したとしても、解決しなければならない課題は山積している」と厳しい見方を示す。

NATO戦術核

米紙ニューヨーク・タイムズによると、オバマ大統領は、北大西洋条約機構(NATO)加盟国に配備している米国の戦術核についても軍縮交渉のテーブルに乗せる考えだ。

米国はNATO加盟国のドイツ、オランダ、ベルギー、イタリア、トルコの5カ国に180~200発の戦術核を配備しているとされる。これに対して、ロシアの戦術核は2千発といわれている。

フィッツパトリック氏によると、独自核を保有するフランス、ロシアを警戒するバルト三国のエストニア、ラトビアが戦術核の撤廃に反対している。戦術核を撤去するにはNATO加盟28カ国の総意が必要だが、NATO加盟国と相談しながら戦術核を削減することは前例があり、可能だという。しかし、ロシアは戦術核の削減には消極的だ。

ブルッキングス研究所のパイファー氏は先月、IISSで開かれた勉強会で「冷戦時代と同じレベルの核戦力が本当に必要なのか」とオバマ大統領にさらなる核軍縮を進めるよう提言していた。

しかし、唯一の軍事大国、米国も世界金融危機の後遺症で財政再建に取り組んでおり、軍事費削減が急務になっている。新たな核軍縮計画は「核なき世界」の推進というよりも、不必要な核戦力を削減するついでに、できれば世界に核軍縮の流れをアピールする窮余の一策ともいえそうだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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