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オリンピック招致は夢か、悪夢か

木村正人在英国際ジャーナリスト

9月7日にアルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれる第125次IOC(国際オリンピック)総会で2020年五輪・パラリンピックの開催都市が決まる。

東京、マドリード、イスタンブールが「現段階では横一線で並ぶ」(東京招致委員会の樋口修資事務総長代行)という激しい招致レースが繰り広げられている。

ロンドン五輪のレガシー(遺産)論争

ロンドンでは昨年の五輪・パラリンピックから27日で開幕1年となるのを記念して、陸上の「ダイヤモンドリーグ」が26、27の両日、五輪スタジアムで行われた。

26日には男子100メートルで世界記録保持者ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が9秒85の今季自己最高タイムで優勝、満員の観衆約6万人を沸かせた。

27日には英BBC放送でロンドン五輪の開会式が再放送され、五輪の感動と興奮が鮮やかによみがえった。五輪から1年たっても、こうした演出が必要なのは五輪開催のレガシーが問われているからだ。

当初、ロンドン五輪の予算は24億ポンドだったが、最終的には3倍以上の87億ポンド(約1兆3千億円)にまで膨らんだ。

大会運営費について、ロンドン五輪の大会組織委員会は収入24億1千万ポンド、支出23億8千万ポンドで3千万ポンド(約45億3千万円)の黒字になったと発表した。

英政府の調査によると、ロンドン五輪で投資・売り上げ・契約増など99億ポンド(約1兆5千万円)の経済効果があり、ロンドンだけでも「40億ポンドの経済活動が生み出された」(ボリス・ジョンソン・ロンドン市長)。

20年までには「400億ポンド(約6兆円)の経済効果が見込める」(ビンス・ケーブル英民間企業・技術革新・技能相)という。

五輪公園など施設の再利用も進められている。5億ポンド以上かけた五輪スタジアム。15年にラグビーのワールドカップ、17年に世界陸上が開催される。

「五輪マジック」は本当?

五輪スタジアムは16年からサッカーのイングランド・プレミアリーグ、ウェストハムの本拠地として使用される。

しかし、ウェストハムが最初に支払う1500万ポンドと年使用料200万ポンドは「あまりに安すぎる」と疑問の声が上がっている。

BBCが世論調査会社ComResとともに実施した五輪レガシー調査を見てみよう。

Qロンドン五輪後、運動する機会が増えた?

はい11% 何も変わらない88%

Qロンドン五輪は地域経済にいい影響があった?

はい22% 何も変わらない67%

Qロンドン五輪は公共サービスを向上させた?

はい21% 何も変わらない69%

ロンドン五輪で金29個を含むメダル65個を獲得した英国は16年リオ五輪に向け、五輪強化費を11%増やして3億4700万ポンド(約524億円)とした。

しかし、その一方で、財政再建に取り組む英政府は障害者手当の支給基準を厳しくしたため、パラリンピアンから厳しく批判されている。

国際都市ロンドンの魅力は世界につながっていることだ。ロンドン五輪は性差や障害の壁の解消、西洋とイスラムの橋渡し、都市の再開発など前向きなメッセージを送ることに成功した。

しかし…。

批判される五輪

14年サッカー・ワールドカップ、16年リオ五輪の開催国ブラジルでは今年、サッカーのコンフェデレーションズカップが開かれたが、大会期間中、抗議デモの嵐が吹き荒れた。競技場の中まで、警官隊がデモ制圧のため使用した催涙ガスが流れ込んだ。

ブラジルでは00年以来、合計インフレ率が130%近くに達し、バス料金やプライベート医療の代金が185%近く上昇。サッカーの入場券にいたっては280%も値上がりした。

ブラジルの有力紙グロボのロンドン特派員ビビアン・オズワルドさんは筆者に「オリンピックだけではなく、政治、経済などすべての問題が複合して抗議デモが起きました。サッカー応援を優先するか、それとも抗議活動かは時と場合によります」と話してくれた。

コンフェデ杯3連覇を果たしたブラジルだが、サッカーが貧困を忘れさせてくれる時代は過ぎ去ったようだ。

イスタンブールが20年五輪・パラリンピックを招致しているトルコでも、エルドアン首相の強権的な政治手法が若者の反発を受けて大規模な抗議活動が起きた。

アテネ五輪の末路

世界を揺るがせた欧州債務危機の震源地となったギリシャ。04年、対GDP比の財政赤字は1.5%とされていたが、実際は8.2%にまで達した。

ギリシャの予算担当相は「これは警戒警報だ。予算をやり直す必要がある」と考えたものの、アテネ五輪の開催が目前に迫り、目をつぶらざるを得なかった。

1996年アトランタ五輪が65億ユーロ、2000年シドニー五輪が56億ユーロかかったのに比べ、アテネ五輪の費用は、じつに110億ユーロ(約1兆4300億円)にのぼった。

このうち82億ユーロが空港、地下鉄、首都を取りまく環状道路、南北を縦貫する高速道路、最新の通信施設などのインフラ整備に当てられた。

ギリシャ経済は7年間にわたって4%の成長を遂げた。その意味で、五輪開催は無駄ではなかったが、使われることのない五輪用巨大施設の多くがそのまま放置され、負債は日本円で1兆3千~4千億円(米CNBC)といわれている。

1976年モントリオール五輪。市はその後、30年間負債に苦しんだ。

東京五輪の成算は?

2020年開催に手を挙げている東京。今年3月、IOC調査では東京の70%が開催に賛成しており、ロンドンが招致に成功した時点の68%を上回った。

昨年5月時点のIOC調査で東京は賛成47%と、イスタンブールの73%、マドリードの78%に大きく引き離された。

石原慎太郎東京都知事(当時)が「都民というのはぜいたく。自分のことしか考えなくなった」「東京のオリンピックが実現したら都民は来なくてもいい」と発言して物議をかもした。

今年6~7月実施されたリサーチバンクの世論調査では「反対」「どちらかと言えば反対」と答えたのは16.1%。

反対の理由は「税金がもったいないから」59%、「東京で開催することに意義を感じない」56%が上位になった。

安倍晋三首相の経済政策アベノミクスで日本経済再生への期待が高まる中、20年東京五輪・パラリンピックの招致に成功すれば追い風になるのは間違いない。

競技会場や選手村への投資は民間も含め約4554億円。一方、今年末時点での政府債務残高は国内総生産(GDP)の245%。五輪への投資がアテネ五輪のように大きなツケになるのか、それともロンドン五輪のように世界の投資を呼び込むチャンスになるのかは、ひとえに大会の運営手腕にかかっている。

五輪効果を強調するジョンソン・ロンドン市長に猪瀬直樹東京都知事へのアドバイスがあるかどうかを尋ねてみた。

「五輪に反対や効果を疑う意見はいつもあるもので、辛抱して議論していると、世論はガラっと変わるものだよ」

もちろんジョンソン市長がマドリードやイスタンブールに比べ、東京を推しているわけではないのだが。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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