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英議会否決でキャメロン英首相、シリア攻撃を断念 英米特別関係の転機か

木村正人在英国際ジャーナリスト

シリアのアサド政権が化学兵器を使用したとされる問題で、英下院は29日夜、懲罰的攻撃の承認を求めるキャメロン政権の動議を7時間にわたって審議した結果、反対285票、賛成272票で否決した。

軍事行動を起こす前に、シリア入りした国連調査団の報告を聞いて再び議決を行うという文言を動議に盛り込んだが、野党・労働党が反対に回り、保守党からも造反が出たため、否決された。

キャメロン首相は「議会は軍事介入を望んでいない。政府は議会の意思に沿って行動する」と述べ、現段階での軍事介入を断念した。

一方、オバマ米政権は国連調査団がシリアを離れた後の9月1日にも単独で懲罰的攻撃を実施する構えを崩していない。

28日夕まで誰一人としてシリア軍事介入決議が否決されるとは予想していなかった。しかし、ダナット元国防参謀長、ウェスト元第1海軍卿など旧英軍首脳が明確にシリア軍事介入に対する疑念を唱えると慎重論が一気に広がった。

問題の核心はアサド政権が化学兵器を使用したという動かぬ証拠、軍事介入の法的根拠と正当性、そして軍事介入がもたらす結果である。

この日、英議会に提出された合同情報委員会の文書では「化学兵器が使用されたのは間違いない。アサド政権が使用した可能性が極めて強い(highly likely)」と評価されていた。

これまでキャメロン首相はアサド政権が化学兵器を使用したのは疑う余地がないと言ってきただけに、大幅に後退したとの印象はぬぐえなかった。合同情報委員会の文書はわずか3ページ。

しかも軍事介入の法的根拠と正当性についても「法的に正当化されるだろう(would)」という表現が使われていた。

国連安全保障理事会の決議が期待できず、北大西洋条約機構(NATO)加盟国やアラブ連盟内でもシリア軍事介入への支援が広がらない中、「would」という表現は介入の根拠が薄弱と言っているのに等しい。

自国が攻撃を受けた時か、国連安全保障委員会の決議があった場合に限り、他国への攻撃は国際法上、合法化される。冷戦終結後は、コソボなどで安保理決議のない「人道的介入」が行われたが、人道的介入を積極的に認めている国は少ない。

自国民の保護という国家の基本的な義務を果たす意思のない国家に対して国際社会が代わりに国民を保護する「保護する責任」という考え方がリビアでは適用されたが、この時はロシアや中国が拒否権を発動せず安保理の決議があった。

限定的な懲罰的攻撃とはいえ、シリア軍事介入の副作用、反作用がわからないとなれば、英下院の否決は当然の帰結と言えるだろう。

英国では第二次大戦を勝利に導いたルーズベルト米大統領、チャーチル英首相以来、英米の「特別な関係(special relationship)」が外交の軸に据えられている。

しかし、英米の特別な関係が常に順風満帆だったわけではない。スエズ動乱、派兵要請を拒否したベトナム戦争では、英国は米国と対立した。特にベトナム戦争では英米関係は15年間にわたって冷え込んだ。

今回、オバマ大統領が単独でシリアへの懲罰的攻撃に踏み切れば、特別な関係は1つの区切りを迎えるのかもしれない。

産経新聞時代に、ブレア元英首相の外交政策担当補佐官や駐米英国大使(2003~07年)などを務めたデービッド・マニング氏に英米の特別な関係についておうかがいしたことがある。

マニング氏は「文化の類似性、価値観の共有とともに、第二次大戦、冷戦を経験した英米関係は特別だ。だが、その響きがわが国を倦怠(けんたい)や自己陶酔に陥れる危険性があり、対米関係以外の国益を幅広く検討することを妨げている」と指摘した。

マニング氏はイラク開戦前、当時のブッシュ米大統領とブレア首相の会談に同席したことで有名だ。メディア対策についてキャサリン妃に指南したこともあるそうだ。

英国のイラク戦争参戦について「ブレア氏は地上戦を望んでおらず、国連を通じた外交的解決を求めていた。(武力行使を明示的に容認する)新たな国連安保理決議が必要だとブッシュ氏を説得し続けたが、最後は万策尽き、米国と行動をともにすることを決めた」と振り返った。

軍事介入の合法性や正当性より最後は米国に連れ添うことを選んだブレア氏に対して、キャメロン首相は議会の意思を優先した。

ブレア氏は、イラクはすぐにでも大量破壊兵器を配備できるというウソの文書を提出して議会の承認を取り付けた疑惑が残る。イラク戦争の戦闘はわずか43日間で終了したが、イラクは宗派対立による内戦状態に陥った。英軍の駐留は6年余に及び、犠牲者は179人にのぼった(英BBC放送)。イラク戦争の悪夢が今回の否決に大きく影響したのは間違いない。

来週にも予定される国連調査団の報告でアサド政権の化学兵器使用が断定されても、ロシアのプーチン大統領は軍事介入には反対するだろう。

オバマ大統領が単独でシリアへの懲罰的攻撃を先行させ、国連調査団の報告でアサド政権による化学兵器使用が断定されなかった場合、オバマ大統領の国際的な指導力低下とシリア情勢のさらなる混乱は避けられまい。(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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